二つの名前 ―佐藤多佳子『明るい夜に出かけて』
文章添削士がおすすめの本を紹介する、「文章添削士が推す! 秋の推薦図書」シリーズ。
今回は、茅根康義さんによる記事をお届けします。
ビタースイートサンバという曲をご存じだろうか?
タイトルだけを聞くと「???」と思う方は多いだろう。
しかし、実際に流れている曲を聞くと「あぁ、オールナイトニッポンのテーマ曲ね」と理解できる方も結構いる(はず)。
ラジオと言うと世間では「ネクラ」と言われ、あまり良いイメージを持たない方が多いかもしれない。しかし、定期試験や受験前に深夜勉強をしている時にBGMとして聞いていたという経験を持っている方もいるだろう。
この本を紹介している私もかつては「ヘビーリスナー」ということもあり、この作品が持つ独特の空気感と熱量が痛いほど理解できる。
今でこそ、radikoが出てきたことでリアルタイムでなくても聞くことが可能となった。しかし、ひと昔まではリアルタイムで聞くか、あるいは最大120分間まで録音できるカセットテープに録音して後で聞くことでした味わうことができなかった。しかもAMの場合は電波の関係で雑音が多く、チューニングをしながら聞いていた。
それでも、パーソナリティがリスナーからの投稿を読んでいるのを聞いていると同じ時間に同じ空気を体感している人がいるということが実感できる。「自分は独りではないのだ」ということを思うことができるだけでなく、仲間……というか、同士としての一体感にもなる。例えば、職場や学校などで同じ番組を聞いているとわかるとそれだけ親近感を持つことができ、番組の話題で盛り上がることできる。
また、ラジオネームというリアルな自分とは別の名前を持つことで「二つの名前」を使い分けている。特にネタ投稿コーナーの場合は、同じネームの方が採用される頻度が高くなることでその番組では有名人になる。
しかし、リアルタイムの場面でラジオネームが実は○○さんであると自分からではなく他の人から話をされてしまうことでトラブルに発展することがある。
この作品では、他人に自分のラジオネームがバレてしまったことでトラブルに発展した主人公が、通っていた大学を休学し、独り暮らしを始めてコンビニの深夜バイトをしながら自分を見つめ直すというストーリーの小説である。
「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」の内容が良いスパイスになっていて、高校生、大学生時代に誰もが味わう(味わってきた)「心のさまよい」について描かれている。また、時代が変わっても人との距離をどう取っていくのかについては永遠のテーマであるとも言える。
「心のさまよい」という複雑なテーマを「ラジオ」というメディアを使って臨場感あるストーリー展開に引き込まれてしまった。そして、この小説を読んだ後ラジオを聞きながら同じ空間を味わっている人に思いを馳せてみてはいかがだろうか?
(執筆者:茅根康義)
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