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知るべきだが戻ってはならないところ -桶谷秀昭『昭和精神史』

文章添削士がおすすめの本を紹介する、「文章添削士が推す! 秋の推薦図書」シリーズ。
今回は、雨宮幸一さんによる、桶谷秀昭『昭和精神史』の紹介記事をお届けします。

本作の著者桶谷秀昭は、昭和7年生まれの文芸評論家で、夏目漱石や伊藤整などの文学作品を通した評論や書籍を多く残している。本作は平成4年に出版され、いったんは絶版となったが、新装版として令和2年に復刻し長きに渡って読み継がれているという。タイトルは『昭和精神史』だが、本作では昭和改元から太平洋戦争敗戦1年後までの、日本人の精神が描かれている。

日本がそれまでの歴史のなかで経験したことのない戦争へと向かっていく過程やその戦争の悲惨さは、数々の書籍や論文を読むことである程度は理解できる。例えば、政治や外交の動きは加藤陽子の『それでも日本人は「戦争」を選んだ』などで知り、戦地の様子は梯久美子の『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』などで知ることができる。

本作も、巻末の参考文献一覧に示されているように、伊藤整、保田輿重郎、小林秀雄ら多くの文学作品、評論集、あるいは記録集を引用して論じられている。しかし、このような歴史的な事実をならべたとしても、その当時の実相は見えてこないのである。第1章にあるように本作は「文学史でもなく、思想史でもなく、あるいはまた思潮史でも」ない。「日本人の心の姿」を描く精神史となっている。

そして、本作の最終段階では、それまでに描かれた精神を受けて、戦艦大和の最期が描かれる。周知の通りこの出撃は必敗を覚悟したいわゆる特攻作戦の一つとされ、今となっては「なぜ出撃したのだ」「犬死だった」と言われることがある。もちろん、ゼロ戦の神風特攻隊、人間魚雷の回天そして戦艦大和最期の出撃などをその当時の精神性を持って、今現在美化することは許されない。しかし、軍国主義に疑問を持ち反対しながらも、世の中の雰囲気や思想に抗うことができず出撃していった方々の気持ちを考えると、冷徹な言葉で済ませる気にはなれない。

推薦図書としての本作は、650ページを超える大作であり、ある程度の予備知識と立ち止まりながら読むことが必須である。私は繰り返し読むようにしているが、サクサクと読めるようなものではなく、この一冊を読み終わるにはおよそ3か月が必要である。未知の作家や言葉を目にした時には参考文献にあたり、“ググる”こともあるため読むスピードは格段に遅くなる。

ただ、その当時の日本人の精神を理解し悲惨な戦争を考えるために、完読することをお薦めしたい。全20章を1年かけて読むのはいかがでしょうか。

(執筆者:雨宮幸一)

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