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「愛がなんだ」と聞かないで。気まずいふたりの愛の行方。-小説 Memories(メモリーズ)Vol.5

※この文章は、映画「愛がなんだ」の紹介と、この映画を観た男女の末路を描いた哀しきドラマです。

痛すぎる傑作恋愛映画だ。

⭐️映画概略

直木賞作家・角田光代の同名恋愛小説を「知らない、ふたり」の今泉力哉監督で映画化。岸井ゆきの、成田凌の共演でアラサー女性の片思い恋愛ドラマ。

人の心を弄ぶ男とひたすらに尽くす女
男の必殺技’追いケチャップ’  らしい 笑

⭐️あらすじ

28歳のOL山田テルコ。マモルに一目ぼれした5カ月前から、テルコの生活はマモル中心となってしまった。仕事中、真夜中と、どんな状況でもマモルが最優先。仕事を失いかけても、友だちから冷ややかな目で見られても、とにかくマモル一筋の毎日を送っていた。しかし、そんなテルコの熱い思いとは裏腹に、マモルはテルコにまったく恋愛感情がなく、マモルにとってテルコは単なる都合のいい女でしかなかった。テルコがマモルの部屋に泊まったことをきっかけに、2人は急接近したかに思えたが、ある日を境にマモルからの連絡が突然途絶えてしまう。

⭐️天豆ショートショート
「愛がなんだ」と聞かないで。気まずいふたりの愛の行方。



エンドロールが終わった。

なんなんだろうこの映画は……。

男はこの場から早く逃げ出したかった。

立ち上がろうとすると、そっと腕に手が添えられた。

ほっそりした女の手に意思が宿る。

👩「面白かったね」

👨「お、おぉ、面白かったね。俺、ちょっとトイレに行ってくるわ」

女の手に力が入った。

👩「私って彼女だよね」

👨「ん?」

女は男をじっと見つめている。

👩「私って彼女だよね」

👨「え? あ、そ、そうだよね」

👩「だって私と寝てるもんね」

👨「ね、寝て? なんか今日眠いよね。ちょっとトイレ先に……」

女の手が肘をロックしている。

👩「寝てるよね、私と」

👨「あ……はい」

👩「最低だよね、この男」

👨「え? 俺? あ、あ、この映画の男ね。いやぁ、そうだよね」

👩「思わせぶりにしてさ。勝手に呼びつけてさ。やるだけやってさ」

👨「ま、まあ、人の恋愛って色々あるよね。きっと深い事情が彼らにも」

👩「誰かさんとそっくりだよね」

👨「だ、誰かいたかなぁ。そ、そんな人いたかなぁ~」

👩「あのマモルって男、‘追いケチャップ’とかってやってたけど、あざといよね」

👨「みんな出ちゃってるから、出ようか」

👩「誰かさんに‘追いマヨネーズ’されたことあるけどね。気持ち悪いだけだよね」

👨「追いマヨ? そんなことあったかな~」

👩「テルコって女も、好きならしょうがないって、結局自分が可愛いんだよね」

👨「そ、そうかもしれないね。ある意味、似た2人なのかもしれないね」

👩「全然違うけどね。あの男が1番クズだけどね」

女は男の腕をぐいとつねる。

ひぃっ!

👩「もっと大切にしてくれる男と付き合えばいいのにね。自分に酔ってるだけだよ、あんなの」

👨「劇場の掃除も入ってるみたいだから。もう迷惑になるから……」

女は微動だにしない。

👩「でさ‘仲原っち’っていう、好きな女に振り回されてた男いたじゃん」

👨「は、はい」

👩「でも潔かったよね、彼。好きでいることを諦めるって決断したんだもんね。『諦めるタイミングくらい選ばせてくださいよ』って泣きながら言ってさ」

👨「ちょっと膀胱が破裂しそう。ヤバい……」

👩「そしたらテルコがさ、泣いてる彼に『うるせーよ、バーカ』って言って、最後まで‘マモルを好きでいる自分’を捨てられないって……見てられなかった」

👨「そ、そうかもしれないね」

👩「私、目が覚めた気がする」

👨「え? どういうこと?」

劇場員「あの~、お客さん、ちょっと」

見ると、困ったような顔で劇場員が立っている。

👨「すみません! もう出ますんで」

劇場員「いや違うんです、後ろの方」

振り向くと、中年の禿げた男がポテトをポリポリ食べている。

劇場員「すみません、持ち込み禁止なんで。あともう次の開場近いんで」

今までずっと聞いてたのかよ、こいつ。

🥸「待ちなさい。今、大事なところなんだ」

👨「は?」

🥸「この2人にとって、今、とても大事なところなんだ」

👨「今までずっと聞いてたんですか! 何、人の話勝手に聞いてるんですか!」

🥸「いや、ただ、聴こえたんだ」

👨「な、なんだこいつ。もう行こう」

👩「いいんじゃない。別に聞いてもらったって」

👨「え?」

劇場員が再び声をかけようとすると、中年は手で制して呟いた。

🥸「人を好きになるのは恥ずかしいことではないのです」

👨「は?」

🥸「と、『ペンギン・ハイウェイ』ではアオヤマ君が言っている。小学4年生にして真理をついた言葉だ」

👨「おっさん、誰だよ!?」

🥸「私は教授だ」

中年は女を見つめた。

🥸「若い時は、なんでもすぐこの世の終わりみたいに思えちゃうもんなんだよ。この先これからも泣く事があるかもしれないけど必ず出会える。君だけを愛してくれるふさわしい男に。」

👩「そうなんですか?」

🥸「と、『セブンティーン・アゲイン』でザック・エフロンが言っている」

👩「あのザックが……」

🥸「そうだ、それとな。誰かを愛して誰かを失った人は、何も失っていない人よりも美しい。」

👩「はい」

女の声が艶めく。心なしか瞳は輝いている。

🥸「と、『イルマーレ』で確かキアヌ・リーブスが誰かに言われていた」

👨「なんだ全部、映画の受け売りじゃねえか! せめて言った誰かを特定しろよ!」

女の掴んでいた手が離れ、男の腕は黄土色になっている。

中年はいきなりバッと青年を指さして、

🥸「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です!」

👨「『カリオストロの城』じゃねえか!」

気にも介さず女に向かって、

🥸「よければ一緒に来ないか? 先のことは約束できないが、それなりに楽しいはずだ」

と女にすっと手を差し出した。

女はポテトで脂ぎった男の手に一瞬怯んだが、青年に軽蔑に満ちた眼差しで一瞥して、中年の手を取った。

🥸「じゃあ、いこうか」

女はこくりと頷く。

👨「ちょ、ちょ、何この展開!?」

🥸「ちなみにさっきの言葉は、『ギター弾きの恋』でショーン・ペンが言っている。ウディ・アレンの映画は恋愛のバイブルだよ、君」

👨「ウディ・アレン、不倫とセクハラで干されてるじゃねえか!」

🥸「そして青年、彼女しかいないと思うだろうが、私は思わない。今は思い出がいっぱいでも振り返ってみればいい」

👨「それ『(500日)のサマー』!」

中年は女を見つめて、

🥸「君はとてもすてきだ。とても特別な女性だよ」

👨「それ『プリティ・ウーマン』! おっさん、リチャードギア気取りやめろ!」

🥸「劇場員の諸君、邪魔したね」

2人はすでに腕を組んでいる。

中年は女の耳元で囁く。

🥸「昔、ある哲人が言った言葉がある。‘私以外、私じゃないの’あなたはこの世でたったひとりだけだよ」

👨「それ”ゲスの極み乙女!”の曲じゃねーか! 映画ですらないし、しかもベッキーと不倫中だった時の歌!」

中年と女は劇場を出て行った。

男は茫然としている。

劇場員「あの、時間ないんでポテトのカス拾ってもらっていいすか」

👨「あ、すいません」

男はシートにこびりついたポテトをつまみ始めた。

気づくと涙が流れていた。

涙はいつまでも止まらなかった。

👨「俺たちもう終わっちゃったんですかね……」

劇場員「てか、始まってもなかったんじゃないすか」

👨&劇場員「『キッズリターン』!!」

2人は思わずハモって照れ笑いして、目を逸らした。

👨「愛って何なんですかね……」

劇場員「わかんないす、もう出てってもらっていいすか?」

男は立ち上がることができなかった。

とうの昔に膀胱は限界に来ていた。

👨「愛ってなんだよ……」

最後まで男にはわからなかった。

男は静かに目をつぶった。

失ったものはもう二度と戻らない。

ただ、なぜだろう。

腹の底からじわりと湧きあがる解放感。

男は柔らかな笑みを浮かべていた。

それはまるで羊水に包まれたような

湿った心地よさだけが男を包んでいた。

男はこの劇場を出禁になった。

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天豆 てんまめ
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