異文化の食べ物を美味しく食べること
先月この本を買った。
ほんとにすごい本である。酒徒さんが三十年間記録し続けてきた本場の中華料理の中から、選りすぐりの料理の魅力を紹介した本だ。
「日本で知られている中華料理はほんの一部」と言い、「大海原の片隅」でしかないと言う。大海原の中から
「その料理のことを思い出すだけで、僕が思わずニヤけてしまうもの」
「その土地にもう一度行くとしたら、僕が必ず食べたいと思うもの」
「その料理を愛するあまり、僕が自分でも作って食べるようになったもの」
を紹介してある。
手に入れてからというもの、枕元に置いておいて、少しずつ読んだ。
なんか、もったいないからだ。
どんな料理なんだろう? どんな味がするんだろう?
写真と文章を全力で噛み締め、頭の中で咀嚼する。
美味しそう。この料理は辛すぎて食べられないかもしれないな。これ、見た目のインパクトがすごい! ちょっと食べられるかな。
うわーこれはいい! 絶対食べたい。誰かここに持ってきて!
なんていうふうにやっていると、なかなか進まなかった。
私も何度か中国には行ったことがある。ツアーだったし、短時間だったから、そんなにすごい中華料理にはお目にかかっていない。
それでも「蘇州は揚げた魚の甘酢あんかけが名物なのか。確かに出てきたなあ」とか、「北京で食べた炸醤麺、おいしかったけど、こんなすごい作り方じゃなかったよなあ」「西安のパオモー、看板を見かけたけど食べなかったんだよなあ。やっぱりチャレンジすべきだったか」などと、いろいろ思い出し、「ちゃんと分かって味わっていたら、もっとおいしかったのかもなあ」と思う。
さてさて、こういう料理の紹介も面白いのだけど、時々はさまっているコラムも面白い。その中でも考えさせられたのがこちらのコラムだ。ちょっと引用させていただく。
そうなんだよなあ、としみじみ思う。私は基本的に料理に関しては好奇心が強い。旅先で食べられないと思ったものはそんなにない。だいたいは美味しくいただいている。でも、中国旅行の際に「なんかピンとこない味だなあ」と思ったことは確かにあった。そして「だからといって、日本人の舌にあうようにした料理なんて、本当の中華料理とは言えないんじゃないか」なんて生意気に思ったこともあった。
酒徒さんは何度も現地の中華料理を食べ、最初は馴染めなかった味にも何度も挑戦して、自分のものにしてしまっている。こうやって現地の中華料理を開拓していくのってすごいなあ。「味覚の幅が広がる」かあ。
さて、ここまで中華料理の話だったのだけど、この「現地の昔ながらの味を好きになっていく」感覚は、外国の料理に関してだけのものではないと思う。
初めて沖縄そばを食べた時、どうにも不思議な料理だと思った。そばでもラーメンでもない麺も、透明な汁もぴんとこなかった。それが何度か食べているうちにおいしいと思うようになった。最後に沖縄を訪れたのはもう随分前のことになるけれど、このときは現地のタクシーの運転手さんから聞いたお店に行った。汁も、麺も本当に美味しかった。でも、それは何度も食べて「味覚の幅」が広がっていたから分かった味のように思う。
長野県には年越しに「鮭の粕煮」を食べる風習がある。板粕を刻んで煮てどろどろにしたものの中に、茹でた塩鮭を入れて更に煮たものだ。夫も最初見たときは驚いていた(夫の家はブリを食べます)。子どもたちも「塩鮭なんだから焼けばいいのに」と言っていた。
それが今は喜んで食べる。酒粕の甘みと、塩鮭の塩味が溶け合って美味しい。
やはり、何度か食べないと美味しさが分からないものってありそうだ。
長野県名物「おやき」というものがある。他県の人でも食べられるように、いろいろ食べやすい具材が増えてきた。先日もテレビで特集をやっていて、すごいおやきがいっぱい紹介されていた。
けれど、私からすると「おやきの具はなすでしょ」である。
他の具材も美味しいし、新しい具材のおやきも「この手があったか!」という感じで美味しいけれど、どうか、他県の皆さん、なすのおやきも食べてみてください。これが地元では1番おいしいおやきです。
私も他県の味、異国の味を食わず嫌いで(または1度食べただけで)だめだと思わないで「味覚の幅」を広げていきたい。