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世界を前に進めよう。『未来を構想し、現実を変えていく イノベーターシップ』徳岡晃一郎著

(東洋経済新報社,2016) 
「イノベーターシップ」は、2012年の『ビジネスモデル・イノベーション』(野中郁次郎・徳岡晃一郎編著)で初めて言われた概念で、マネジメント、リーダーシップを超える第三の力を指す。管理のための「マネジメント」と変化を乗り切る「リーダーシップ」はともに経営の目標を達成していくのに不可欠な力であるが、あくまでも所属する組織(企業)の目標達成がゴールであり、より大きな世界(社会)へのインパクトを出していくには、一歩先行く「イノベーターシップ」が必要だ。イノベーターシップは、新しい世界や新しい社会を構想し、そこへ向けて自分がなすべきことを考え出し、主体的に実践していく力であり、起業家魂とも言える。社会のための企業に生まれ変わらせる変革を仕掛けていくリーダーの力量、それがイノベーターシップなのだ。
 紹介している伊那食品工業の塚越寛会長のたとえが秀逸である。利益は健全な企業が生み出す「ウンコ」だというのだ。人間はウンコを出すために生きているのではなく、さまざまな良い活動をするために生きていて、それらにエネルギーを使った残りがウンコである。企業も同じ、と。
 本書は、現状課題を整理しなぜイノベーターシップが必要なのかを見たのち、イノベーターシップに必要な5つの力と、それを身につけるためのトレーニング方法について詳述している。

0.現状に存在する各種不条理(の一部)
・問題の複雑化、専門化▶専門家ゆえに複数領域にまたがる問題に立ち往生
・大きな社会課題に向き合わず「持ち場で頑張る」美名のもと課題を矮小化
・自部署の利益代表となり、他部署のメリットになることには及び腰
・保身のため自分の庭先ばかり掃いて一向にお客様の立場に立とうとしない
・組織の長同士が話さず下を使って調整させ利害対立が解消されない「U字管現象」(成果主義影響)

1.未来構想力

~大きな夢を描けるか~
WhatでもHowでもなく、Whyを意識し、高い志と共通善につながる大きな目的(Bigger purpose)と大きな文脈(Larger context)で人々をひきつけ共感を呼ぶ。四方よし(自分よし、顧客よし、世間よし + 未来よし)となるような未来に向かう布石を打つ大きな挑戦を構想する。以下の3つを自らに問いかけるとよい。
①未来の社会を見据えた自分の目的・夢・信念は何か?
②共通善に根差した四方よしのビジネスモデルイノベーションを構想できるか?
③自分らしいオーセンティックな生き方に即しているか?

2.実践知

~適時適切な判断を下せるか~
実践知(Practical Wisdom)とは、その場の一回性の文脈を読み、適時適切な判断を下し、実行する知恵。すべてを計画し予定調和的に粛々とやっていくのではなく、常に考え、発見し、学んで方向をアジャストしていく、そんな姿勢から生まれてくる知恵である。構想したビジョンは、これがないと実現できないと言えるだろう。
実践知は「人を見る目」でもある。最適なフォーメーションを組み、役割設定と評価、モチベーションマネジメントをしていく必要がある。「言葉の力」も必要だ。重要になるのは以下の3つ。
①事象の文脈を読み適時意適切な判断を下す判断力
②考えてばかりいずに、あるいは自分の殻や持ち場、立場にかかわらずに、まず動く行動力
③自分の経験を内省し、的確なキーワードで共感を呼び起こすコンセプト力

3.突破力

~「しがらみ」を打破できるか~
柳に風折れなし。突破力で重要なのは以下の3点だ。
①しがらみに挑む自分の立ち位置を明確にする決断力
②大きな目的は維持しつつも現実を直視して粘り抜く度量
③人の話を聞いて自説にこだわらずに仲間に引き入れる柔軟性
 ※人の話から学ぼうとしているか?人の話を聞いて自分の考えを修正したり、共創するのが楽しいか?
<トレーニング>
・目的志向(⇔無目的に言われるがまま作業をこなす病)。Why。
・ゴールデンサークルチャートで訓練を積む
 WHAT(今やっていること)、WHY(その高次の目的は何か)、HOW(どのようなブレークスルーを行っているか)
<イノベーターシップストーリー>
獺祭の旭酒造、代表取締役社長 桜井博志氏
様々なしがらみに縛られていた日本酒の世界で、お客様と対峙することでそれまで業界になかった「おいしさ」を追求するという発想に。突破力を発揮するポイントは、大きな壁を突破するにも小さなといころから行くこと。本質を突き止めるには、競合や業界内を見てはいけない。しがらみに挑戦するのに必要なのは理論武装より現場を知ること。嘘が嘘とわかる。突破力は時間がかかる。10年かかった。時間軸を長く持てるかということもカギである。スピード経営では本質は変えられない。突破力はオーナー経営者的な発想がないと発揮できない。本当にその仕事が好きで自分そのものになっている状態だからこそ、ちょっとした疑問も見逃さず、違うでしょと言わざるを得ないし、挑戦できる。仕事のオーナーになれるか

4.パイ(Π)型ベース

~知見の深さと広さを併せ持っているか~
パイ(Π)型ベースとは、ギリシャ文字のパイ(Π)の形の治験の深さと広さ、すなわち、1つの専門分野において深いだけでなく、複数の専門分野(Πの2本の足)と、幅広い教養(頭の横棒)を持つことをイメージしている。「一流への強い思い」が専門分野を突き詰める原動力であり、弛まぬ自己鍛錬に通じる。一流を目指すにあたり、「すごいこと」への思いや憧れといった美学だけでなく、社会的意義、社会的使命が重要。松下幸之助の「産業人の使命」の話が紹介されている。ビジネスの世界で一流になり、人生をかけた仕事をする。そのためにも、1つの専門分野だけでなく、「知の交差点」が必要だ。したがって、多くの場を経験し、かつ単なる経験で終わらせぬために、広い教養への関心と知的好奇心を持って知の交差点ができるほどの深い経験にする。
重要なのは以下3点
①複数の分野での一流の専門力
②目的形成につなげる広い教養
③知のベースとなる情報収集力
<トレーニング>
・専門分野を設定し、1万時間の勉強をする
・問題意識ワークシート(自分の知の体系をつくる)
・読書と書評ライティング
・教養と結びつけた知の体系化
 田坂広志氏の「垂直統合の思考法」の7階層の知を磨く。
 ①思想 ②ビジョン ③志 ④戦略 ⑤戦術 ⑥技術 ⑦人間力
<イノベーターシップストーリー>
IGS、igsZ代表取締役社長 福原正大氏
フランス留学中のやり取りの話から、教養が前提になっている専門性のすごさがひしひしと実感できる。氏のΠの足は国際金融と統計学。横棒の教養も幅広い。パイ型についてはリアル見本が少ない日本人には概念がピンときづらいが、この具体例により、理解が一気に進む。

5.場づくり力

~人々をつなげ、知を共創するハブになっているか~
構成要素は以下の3つ。
①つながり力
②共感力
③コミュニケーション力
<トレーニング>
・発信力:思いを深め、思いを表現し、思いを語る
・質問力:「お近づきのしるし」。相手に絡むことは関心を持っていると伝えること。
・対話力:場全体の盛り上げ。ファシリテーションの応用。
<イノベーターシップストーリー>
スターバックス コーヒー ジャパン執行役員(人事・管理担当)荻野博夫氏
理念を重視し、共感の文化をつくり感動の場を広げる
エンゲージメント(愛着)が高い職場=前向きな職場。このポイントは人間性を感じられるかである。皆が助け合い、互いの成長を気遣う利他の心がある職場に愛着を持たない人はいない。愛着こそ、共感の原点。
共感の場をつくっていくリーダーには、それぞれの社員と心を通わせることが極めて大切。皆の右脳を刺激するようなイベントや映像、理念を徹底的に自分の言葉に置き換えて理解してもらえるようにするなど地道な活動も。同じ目線で、社員の心を鷲づかみにする人間力やコミュニケーション力を持っていることが必要。※ブランディングに通ずる。

終章 自分の信念を持つ

 しかし、リーダーシップが単に企業収益を念頭に置いた変化対応力であるとするとき、人としての幸せ、コミュニティの幸せを達成しようとするものではないとき、そのときにおいて、ビジョンの位置づけとはどのようなものであるのだろうか?
 その場合のビジョンとは、おそらく単に「ひとつの方向性」(より儲かり、より実現が容易な変化の方向」としての道しるべであって、それ以上でもそれ以下でもない。すなわち、とりあえず変化に対応するためにどっちがより有利なのか、という浅薄な議論に堕すのではないだろうか?

未来を構想し、現実を変えていく イノベーターシップ / 徳岡晃一郎著(p244)

日本企業のリーダーたちだけは、自分の掲げた未来のビジョンを信じなくてもいいのだろうか? それで企業を率いてもいいのだろうか?(中略)自分は信じていなくても、仕事としてビジョンを掲げるということがあり得るのだろうか?

未来を構想し、現実を変えていく イノベーターシップ / 徳岡晃一郎著(p245)


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