掌編小説「ミートスパゲッティが空から降るなら」
「例えば、ミートスパゲッティが空から降るなら、お前はそれをちゃんとミートスパゲッティやって認識できるか?」
古びた街の小さな喫茶店に入った俺と親友の天狗がポン・デ・リングの偉大さを語り終えたばかりの頃、徐ろに天狗がそう話を切り出した。
「なあ天狗、そんなに腹が減ってんねやったら、なんか頼めばええやん。」
俺は今時珍しい喫煙可能なこの喫茶店内に思う存分ラキストの煙を吐き出す。
「腹は減ってへん。真剣な話しや。」
嫌煙家である天狗は人間が出来うる最大限の嫌悪感を顔に出しながら、再び語り始めた。
「ええか、想像して欲しい。このよく晴れた空から、もし何かものが降ってくるとして、この世で一番分別がつかんくて、不気味なもんがミートスパゲッティやねん。それ以上のもんは存在せーへん。」
俺はタバコを吸いながら、ミートスパゲッティが空から降ってくるのを想像してみた。
「まあ確かに、麺状でその上赤いし、そんなもんが空から降ってきたら、ビビるわな。でもそれならナポリタンの方が怖いんちゃうん。」
一体何の話しをしているのか
いつもと同じく分からない訳だが
それが天狗との会話の常だった。
「ナポリタンは全体が赤いやん。それじゃ不気味さは薄れる。人間の恐怖感を一番煽るんは、その得体の底知れなさが最もなわけで、その点赤と黄色が絶妙に混ざり合ったミートスパゲッティに分があるな。」
あだ名の由来となった長い鼻を自慢気に触りながら天狗は話を続ける。
「ミートスパゲッティが空から降ってきたら、人間はまずそれをミートスパゲッティやと認識できんやろ。そんできっと世界の終わりやと悟って、各々信じてる神様に祈りを捧げ、愛する人のことを想い、自分の今までの人生を回顧し、ほんで死を覚悟するんや。」
天狗は饒舌に語り、
もう残っていないアイスコーヒーを一口啜ると
「人は愚かで、ミートスパゲッティにさえ死を感じてしまうもんなんやな。」
と声高らかに笑い出した。
清々しい秋晴れの天気を汚れた喫茶店の窓越しに眺めるのも悪くない。
俺は短くなったタバコの火をカラフルなガラス製の灰皿で消すと
「で、何があったん?」
と天狗に問いかけた。
すると、ただいたずらに続けていた馬鹿笑いをピタリと止めた天狗はしばらく黙り込んた後
「俺が頑張って作ったミートスパゲッティ、リカちゃんに不味いって言われた。」
とその長い鼻を下へ垂らしながら
今にも泣き出しそうな声で答えるのだった。