くくのぼう

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シロクマ文芸部掌編小説「紐」

「働いてみれば。」 今朝、仕事へ出かける前のミヨちゃんに そう言われた。 同棲して三年目、初めてのことである。 ミヨちゃんは一頻り化粧を終えると テーブルに置いた鏡から 少し目線をあげて 冬へと向かう季節の 朝の細い陽が差し込む窓の外側を見つめながら 寝起きのぼんやりとした口調であったのに やけに芯のある声でそう言ったのだ。 平日昼間の住宅街を抜けて 小学校近くの通りに入った時 学校のチャイムが丁度重たく鳴り響いた。 街全体を覆う巨大なその音は 閑静な街中で一人何となく歩く

    • シロクマ文芸部掌編小説「噂」

      霧の朝、 ベッドで静かに寝息を立てながら眠る彼女を 起こさないように 僕は厚手のコートだけ手に取って 外へ出た。 秋から冬へ季節が移ろいゆく過程にできた境界線を 人に悟られまいと霧は街全体を覆っている。 そんな濃い霧が立ち込めた道を歩いていると 風や人の気配と完全に断たれたような静けさに 僕は少し不安な気持ちになり 悴む寒さと逆行して 薄気味悪い身体の火照りを感じていた。 「彼女はどうやら 色んな男の部屋を出入りしているらしい。」 「セックス依存症だって聞いたぜ。」 「

      • シロクマ文芸部 掌編小説「紅葉するひと」

        「紅葉から誘いが来てさ、俺も、馬鹿な頭なりに色々と考えたんだけど、やっぱり、この先の人生を考えた時に、このまま生きているのも辛くなっちまって、その誘いに乗ったんだよ。」 恐ろしく冷え込んだ、 風の強い11月の終わりのことだった。 久しぶりにかかってきた電話を受け取ると 彼は切れ切れになった言葉をなんとか紡いで話し始めた。 「そうしたらさ、みるみるうちに身体が赤くなってきて、それと同時に、足は地についているんだけど、自分の肉体としての重みが一切なくなったみたいに軽くなったん

        • 毎週ショートショートnote「沈む寺」

          夜の一番深いところを選んで、 この公園まで辿り着けば 後は誰も通り過ぎないことを祈るだけ。 公園の隅にある大きな土管の近くには いつもの仲間たちが 燻した甘い臭いに包まれて集っている。 「おお、今日も来たんか。」 仲間の一人が俺の顔を覗き込むように言った。 夜もだいぶ冷え込むようになってきた季節だが、 この場所はいつも仲間の興奮と熱気が沸々としている。 「しっかし、ええんかねえ。寺の坊ちゃんがこんな悪いことしてえ。」 夜の外灯の光で色濃くなった煙の奥で 憎たらしい笑

          毎週ショートショートnote「AI異端」

          「それでも地球は曲がっている。」 「ん?それでも地球は回っている、だろう?」 「それでも地球は曲がっている。」 「いやだから、曲がってねぇよ。回ってるんだ。」 「それでも地球は曲がっている。」 「もういいよ。面白くない。」 「それでも地球は曲がっている。」 「が、じゃなくて、わ!なに?君はつまり、一つの文字を変えただけで意味が全く異なってしまうということを僕の笑いのツボだと判断したわけか?」 「それでも地球は曲がっている。」 「…。」 「それでも地球は曲が

          毎週ショートショートnote「AI異端」

          シロクマ文芸部 掌編小説「月を吸う」

          月の色が一瞬、赤く膨れて、現れ、 俺の無意識な瞬きの間に 薄い雲を靡かせながら、 また白々しく 綺麗な満月の装いに戻っていった。 俺には金がなかった。 数多のギャンブルに 口座ごと焼き尽くされてしまったのだ。 何回目の全焼だろう。 しかし今月は特に負けに負け 給料日までまだ10日余りも残っている。 空腹で眠れず 深い夜の小さな公園のベンチに腰掛けた俺は ポケットの中でくしゃくしゃになった タバコの空き箱を未練がましく弄っていると、 そんな俺の醜態を晒すように 頭上から月光

          シロクマ文芸部 掌編小説「月を吸う」

          シロクマ文芸部 掌編小説「同窓会」

          「懐かしいね。」 そう言えば そう言い合えば 何だか過去の全てが 精算されるみたいだ。 「あの頃は若かった。」 そう言えば そう言い合えば あの頃と対して変わっていない私達は 大人になれるんだよね。 ほら、きめ細かい泡が溢れんばかりの とても冷えたビールがトレイに乗って運ばれてきて ああ、美味しそうな食事が きらきら光りながら テーブルに置かれた。 それを囲って、騒いで 二次会三次会どこへでも そんな雰囲気。 「全員揃って良かったなあ!」 「中学ん時だから、もう皆と会う

          シロクマ文芸部 掌編小説「同窓会」

          毎週ショートショートnote「Kのモンブラン失言」

          「モンブラン!!」 大事な会議の最中に起きた出来事だった。 優秀で真面目な性格のKが 唐突にそう叫んだのである。 周りは当然、唖然とし、 叫んだKに視線を向けると、 Kは自分の言動に 困惑したように青ざめた表情になっていた。 会議を進行する女性社員は 一つ咳払いをしてから、 何事もなかったかのように 会議を再び進めていった。 今にして思えば その後のKの対応は不十分だったのかもしれない。 周りの社員は当然のごとく Kに例の失言に対して問いただしたが、 Kは一向に口を割るこ

          毎週ショートショートnote「Kのモンブラン失言」

          シロクマ文芸部 掌編小説「レモン」

          「レモンから、あなたをお救いできますわ。」 仕事終わり、駅のロータリーでそう声をかけられた。 確かに、俺に向かって発していたはずだが、 聞き返そうとする頃にはまた別のサラリーマンに声をかけていた。 背の高い若い女だった。 家に帰るとすぐ彼女へその話を持ち掛けたが 「そんなにおかしなこと?よくあることじゃない。」 と不思議がったと思えば 「ねぇねぇ、そんなことよりさあ、いつになったらレモンに会ってくれるわけ?私たち、もう二年も付き合ってるのよ。」 と言った。 俺はま

          シロクマ文芸部 掌編小説「レモン」

          シロクマ文芸部 掌編小説「流れるな、星」

          流れ星を観に行った、14歳の夏。 初めてできた彼女、 彼女の家の近くのところにある公園へ向かって、 真夜中、家を抜け出し、 自転車のペダルを思い切り漕いで、 罪悪感で少しジメッとした風を浴びながら、 高鳴る鼓動を押しやって、 やけに広々とした深い夜の空を駆けていく。 あれからもう15年も経った。 今夜、大学の友達何人かと、仕事終わりに集まって、 ペルセウス座流星群をよく観られるという山頂まで 車で向かう最中、ふとそんなことを思い出していた。 「俺さあ、実は流れ星見たことな

          シロクマ文芸部 掌編小説「流れるな、星」

          シロクマ文芸部掌編小説「かき氷の恋」

          「かき氷みたいな恋だった。」 と君は言った。 二年付き合った男と別れたばかりの頃は 衝動的になっていた君も 一か月ほどたった今 悲しみを悲しみ抜いた後の どこか開き直った毅然とした態度で 前へ踏み出すため、恋に名前を付けたんだ。 「彼と会うとき、いつも頭痛がしてたの。」 君は恋愛の盲目的になっていた自分自身を 今、取り返そうとするかのように 話し始める。 「ほら、ちょうど、できたばかりのかき氷の一口目、 口に入れた瞬間のあの頭痛のように。」 君は僕を見ないで、遠くの

          シロクマ文芸部掌編小説「かき氷の恋」

          掌編小説「ちゅうと、はんぱの、間」

          改札前の少し開けたところ、 溶けたチョコレート 無理やり押し固めたようなベンチが四つ 背を向けあって一塊になっている。 屋根はない、から、 昨今著しい夏の暑さを真に受けて 私は座っています。 ICOCAかSuicaかはたまたPiTaPa 改札を抜ける音が 閑散な駅の辺りを啄むように、彩る。 私は改札の方を向いて わざとらしく 足を組み、眉を顰め、 なにやら気難しい表情で 565ページの文庫本を片手で広げていました。 読んではいません。 一文字一文字散り散りで 上手く繋

          掌編小説「ちゅうと、はんぱの、間」

          シロクマ文芸部掌編小説「夏は夜があかんねん」

          「夏は夜があかんねん。」 久しぶりに会った友人は 俺の顔を見るやいなや そう切り出した。 「なんやその久しぶりに会った友人に対する一言目は。」 俺はけらけらと笑いながらも、 そういえばこの男はいつも 話しの切り口が独特なことを思い出した。 確か、前に会ったときは 「ミートスパゲッティが空から降るなら」 だった気がする。 「この蒸しかえるような暑さ、日中の陽気な暑さとは打 って変わって、陰湿な暑さとでも言おうか。」 友人はそう言ってわざとらしく 俺の方を見ないで歩き始

          シロクマ文芸部掌編小説「夏は夜があかんねん」

          毎週ショートショートnote「一方通行風呂」

          「一方通行風呂へようこそお越しいただきました。 ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」 「ああ、はい。いや、予約したような、そうでもないような。どっちだっけ、うまく思い出せない。」 「左様でございますか。 では確認致しますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」 「ああ、はい。名前。名前。 ……。すみません。それも思い出せません。」 「はて、困りましたね。自分のお名前も忘れてしまっただなんて。」 「はい…。 僕は一体どうすればいいでしょうか」 「誠に恐れ入

          毎週ショートショートnote「一方通行風呂」

          シロクマ文芸部掌編小説「爆ぜた手紙」

          手紙には 荒々しくも、どこか震えたような文字で こう綴られていた。 『LINEでええのに、俺とお前の仲でわざわざ手紙を書くってのは、その行為自体、どこか不自然で、どうしたって言い訳がましくなってまうな。  でも、スマホで文字打ってそれを送信するんがなんかできんかった。だからむしろ俺はその不自然さを求めて、あるいは不自然な感情の正体を探るために、 こうしてお前に手紙を書いてるんかもしれん。 きっかけは単純明快。 お前がトモちゃんと付き合い始めて、俺のなかで気持ちが変化したの

          シロクマ文芸部掌編小説「爆ぜた手紙」

          詩「頭痛の嘆き、コロッセオ」

          完璧なだえん形では ないんやな 部分的に欠けているから 痛いんや  なんやったっけ そうやった おれの頭痛は あのコロッセオ     まだ遠いえーえむ7時 やめてくれ 丑三つ時に 鳴るコロッセオ   立ち上がる 若い戦士の 泳いだ目 血塗られた剣 肉を貫く それを見る 大勢の人 熱狂 ファンファーレ えんえんの空    ちょっとは静かにせえや 観衆 唸るライオン 馬のいななき 今何時や思ってるん 寝れんまま  会社へ行く おれとあたまいた     頭痛って わからんもんや 他

          詩「頭痛の嘆き、コロッセオ」