くくのぼう

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シロクマ文芸部 掌編小説「月を吸う」

月の色が一瞬、赤く膨れて、現れ、 俺の無意識な瞬きの間に 薄い雲を靡かせながら、 また白々しく 綺麗な満月の装いに戻っていった。 俺には金がなかった。 数多のギャンブルに 口座ごと焼き尽くされてしまったのだ。 何回目の全焼だろう。 しかし今月は特に負けに負け 給料日までまだ10日余りも残っている。 空腹で眠れず 深い夜の小さな公園のベンチに腰掛けた俺は ポケットの中でくしゃくしゃになった タバコの空き箱を未練がましく弄っていると、 そんな俺の醜態を晒すように 頭上から月光

    • シロクマ文芸部 掌編小説「同窓会」

      「懐かしいね。」 そう言えば そう言い合えば 何だか過去の全てが 精算されるみたいだ。 「あの頃は若かった。」 そう言えば そう言い合えば あの頃と対して変わっていない私達は 大人になれるんだよね。 ほら、きめ細かい泡が溢れんばかりの とても冷えたビールがトレイに乗って運ばれてきて ああ、美味しそうな食事が きらきら光りながら テーブルに置かれた。 それを囲って、騒いで 二次会三次会どこへでも そんな雰囲気。 「全員揃って良かったなあ!」 「中学ん時だから、もう皆と会う

      • 毎週ショートショートnote「Kのモンブラン失言」

        「モンブラン!!」 大事な会議の最中に起きた出来事だった。 優秀で真面目な性格のKが 唐突にそう叫んだのである。 周りは当然、唖然とし、 叫んだKに視線を向けると、 Kは自分の言動に 困惑したように青ざめた表情になっていた。 会議を進行する女性社員は 一つ咳払いをしてから、 何事もなかったかのように 会議を再び進めていった。 今にして思えば その後のKの対応は不十分だったのかもしれない。 周りの社員は当然のごとく Kに例の失言に対して問いただしたが、 Kは一向に口を割るこ

        • シロクマ文芸部 掌編小説「レモン」

          「レモンから、あなたをお救いできますわ。」 仕事終わり、駅のロータリーでそう声をかけられた。 確かに、俺に向かって発していたはずだが、 聞き返そうとする頃にはまた別のサラリーマンに声をかけていた。 背の高い若い女だった。 家に帰るとすぐ彼女へその話を持ち掛けたが 「そんなにおかしなこと?よくあることじゃない。」 と不思議がったと思えば 「ねぇねぇ、そんなことよりさあ、いつになったらレモンに会ってくれるわけ?私たち、もう二年も付き合ってるのよ。」 と言った。 俺はま

        シロクマ文芸部 掌編小説「月を吸う」

          シロクマ文芸部 掌編小説「流れるな、星」

          流れ星を観に行った、14歳の夏。 初めてできた彼女、 彼女の家の近くのところにある公園へ向かって、 真夜中、家を抜け出し、 自転車のペダルを思い切り漕いで、 罪悪感で少しジメッとした風を浴びながら、 高鳴る鼓動を押しやって、 やけに広々とした深い夜の空を駆けていく。 あれからもう15年も経った。 今夜、大学の友達何人かと、仕事終わりに集まって、 ペルセウス座流星群をよく観られるという山頂まで 車で向かう最中、ふとそんなことを思い出していた。 「俺さあ、実は流れ星見たことな

          シロクマ文芸部 掌編小説「流れるな、星」

          シロクマ文芸部掌編小説「かき氷の恋」

          「かき氷みたいな恋だった。」 と君は言った。 二年付き合った男と別れたばかりの頃は 衝動的になっていた君も 一か月ほどたった今 悲しみを悲しみ抜いた後の どこか開き直った毅然とした態度で 前へ踏み出すため、恋に名前を付けたんだ。 「彼と会うとき、いつも頭痛がしてたの。」 君は恋愛の盲目的になっていた自分自身を 今、取り返そうとするかのように 話し始める。 「ほら、ちょうど、できたばかりのかき氷の一口目、 口に入れた瞬間のあの頭痛のように。」 君は僕を見ないで、遠くの

          シロクマ文芸部掌編小説「かき氷の恋」

          掌編小説「ちゅうと、はんぱの、間」

          改札前の少し開けたところ、 溶けたチョコレート 無理やり押し固めたようなベンチが四つ 背を向けあって一塊になっている。 屋根はない、から、 昨今著しい夏の暑さを真に受けて 私は座っています。 ICOCAかSuicaかはたまたPiTaPa 改札を抜ける音が 閑散な駅の辺りを啄むように、彩る。 私は改札の方を向いて わざとらしく 足を組み、眉を顰め、 なにやら気難しい表情で 565ページの文庫本を片手で広げていました。 読んではいません。 一文字一文字散り散りで 上手く繋

          掌編小説「ちゅうと、はんぱの、間」

          シロクマ文芸部掌編小説「夏は夜があかんねん」

          「夏は夜があかんねん。」 久しぶりに会った友人は 俺の顔を見るやいなや そう切り出した。 「なんやその久しぶりに会った友人に対する一言目は。」 俺はけらけらと笑いながらも、 そういえばこの男はいつも 話しの切り口が独特なことを思い出した。 確か、前に会ったときは 「ミートスパゲッティが空から降るなら」 だった気がする。 「この蒸しかえるような暑さ、日中の陽気な暑さとは打 って変わって、陰湿な暑さとでも言おうか。」 友人はそう言ってわざとらしく 俺の方を見ないで歩き始

          シロクマ文芸部掌編小説「夏は夜があかんねん」

          毎週ショートショートnote「一方通行風呂」

          「一方通行風呂へようこそお越しいただきました。 ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」 「ああ、はい。いや、予約したような、そうでもないような。どっちだっけ、うまく思い出せない。」 「左様でございますか。 では確認致しますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」 「ああ、はい。名前。名前。 ……。すみません。それも思い出せません。」 「はて、困りましたね。自分のお名前も忘れてしまっただなんて。」 「はい…。 僕は一体どうすればいいでしょうか」 「誠に恐れ入

          毎週ショートショートnote「一方通行風呂」

          シロクマ文芸部掌編小説「爆ぜた手紙」

          手紙には 荒々しくも、どこか震えたような文字で こう綴られていた。 『LINEでええのに、俺とお前の仲でわざわざ手紙を書くってのは、その行為自体、どこか不自然で、どうしたって言い訳がましくなってまうな。  でも、スマホで文字打ってそれを送信するんがなんかできんかった。だからむしろ俺はその不自然さを求めて、あるいは不自然な感情の正体を探るために、 こうしてお前に手紙を書いてるんかもしれん。 きっかけは単純明快。 お前がトモちゃんと付き合い始めて、俺のなかで気持ちが変化したの

          シロクマ文芸部掌編小説「爆ぜた手紙」

          詩「頭痛の嘆き、コロッセオ」

          完璧なだえん形では ないんやな 部分的に欠けているから 痛いんや  なんやったっけ そうやった おれの頭痛は あのコロッセオ     まだ遠いえーえむ7時 やめてくれ 丑三つ時に 鳴るコロッセオ   立ち上がる 若い戦士の 泳いだ目 血塗られた剣 肉を貫く それを見る 大勢の人 熱狂 ファンファーレ えんえんの空    ちょっとは静かにせえや 観衆 唸るライオン 馬のいななき 今何時や思ってるん 寝れんまま  会社へ行く おれとあたまいた     頭痛って わからんもんや 他

          詩「頭痛の嘆き、コロッセオ」

          短編小説「こえる」  創作大賞2024

          「こえる」        五月の終わり、春はもう、とうに過ぎて、日中には曇天の下で初夏の風がふつふつとあった。住宅地から少し抜けた細い道の角、交通量の多い通りに面した所にある黄色い看板を掲げた沖縄料理店の店主と思われる恰幅のいい髭面の男が迷彩柄のアロハシャツと牛乳色の短パンに身を包み、自転車で前を通り過ぎていく俺を吐いたタバコの煙越しに睨んでいた。  そんな何気ない昼間の風景を夜深くになってようやく眠りに入ろうか、と静かに下ろした瞼の裏側に忽然と現れた明るみの中、ふと思い出し

          短編小説「こえる」  創作大賞2024

          シロクマ文芸部掌編小説「十二月の雨の日」

          十二月の雨の日、ぼくは街の小さな商店街のベンチに腰掛け、流れる人波を見ていた。 驟雨はそろそろ止む頃だから、わざわざコンビニで傘は買わなかった。 そのせいでぼくの髪や衣服は雨に濡れ、冬の冷たい風によって、剥き出しになった心が裸のまま街へ晒されている。 悪くない感覚だと思った。 長く続くぼくの憂鬱が雨と一緒に、あの小洒落たドーナツ屋の前にある排水溝へと流れていくような気がしたのだ。 ぼくはそのまま白いベンチに座り続けた。 行き交う人々がずぶ濡れのぼくを傘を差して見る。 傘を

          シロクマ文芸部掌編小説「十二月の雨の日」

          毎週ショートショートnote掌編小説「機械」【着の身着のままゲーム機】

          多忙極める毎日の中 私は常にゲーム機を持ち歩いている。 いや持ち歩いているというより寧ろ 着ているといった方が正しい。 それは些かも過剰な表現などでなく、 実際左太腿の側面にビニールテープで直接ゲーム機を巻き付けてあるのだ。 私は今年で40代半ばに差し掛かるが、 この歳になるまでゲームというものに微塵も興味が沸かなかった。ゲームだけでなく、汎ゆる物事に強い関心を抱かない性格で、幼少の頃より「機械」というあだ名を貰っていたほどである。 私は限りなく受動的に生きてきた。そして

          毎週ショートショートnote掌編小説「機械」【着の身着のままゲーム機】

          シロクマ文芸部エッセイ「にゃあ」【詩と暮らす】

          詩と暮らしている。 大体「にゃあ」としか言わない。 薄紅色の朝の日差しを共に眺めていると、どこからかバケツを地面に置く乾いた音が明け方の街へ響いた。 詩は僕の傍らにて目を細め、何やら感慨深っているが、二羽の小鳥が窓を横切ると焦ったように目を見開き、鳥の飛んだ先を睨んだ。 それから僕の顔をちらりと覗き、 小さく「にゃあ」と鳴く。 僕はそれに微笑み 「なんて言ったの?」 と問うてみるが、やはり少し瞬きをするだけで、またすぐに窓の外へ目をやった。 常夜灯の橙色に包まれた部屋の一

          シロクマ文芸部エッセイ「にゃあ」【詩と暮らす】

          毎週ショートショートnote「ろくでもない世界」【強すぎる数え歌】

          明るい大学生活を終え、就職して社会人になった途端、まるで家の電気をスイッチ一つで消したように暗転し、 世界が変わってしまった。 入社した初日、社員全員が朝の会議に招集され、俺を含む新入社員の自己紹介が終わると、唐突に明朗なメロディーが流れた。 一、一切を会社の為に尽くせ! 二、人間性を捨てたまえ! 三、燦々たる太陽のように燃えよ! 四、死ぬまで働くがよろし! さすれば! 五、極楽往生行き決定!! その狂気じみた歌を皆は叫ぶように歌い終えると、俺は呆気に取られた思考の末に

          毎週ショートショートnote「ろくでもない世界」【強すぎる数え歌】