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「いい兄さん」の日

「本当に可愛らしい人だなあ」

私たち夫婦にまだ子どものいなかった10年ほど前のお話です。

その日は11月22日。新しく入ってきた人の歓迎ということで、私は職場の飲み会に出席しました。

元来大人数が苦手な私は、飲み会で長居することなどめったになかったのですが、その日はアルコールをたくさんいただき楽しくなってしまったのか、珍しく2次会まで参加することになりました。

パートの女性方に乗せられて気分よく十八番のラップを歌っている時にふと時計を見ると、もう11時を回っています。

「もしかしたらAちゃん(妻)が起きて待ってくれているかもしれない」

と思った私は、急いで帰路につきました。

自宅に戻ってきたのは、日付も変わった11月23日の午前0時10分頃。

妻が寝ているかもしれないので、そっ~と玄関のドアを開けて中に入った私。

すると、そこには膨れっ面で食卓に座る妻がおり、テーブルの上にはお菓子とシャンパンが2人分置かれていました。

「ただいま~」

場の空気を察し、恐る恐る妻に話しかけた私でしたが、おかんむりの彼女からは返事が返ってきません。

「待っててくれたんだね。ごめん」

「ホントやだ、ようかん君。今日は『いい夫婦の日』だし、ようかん君もきっと早く帰ってくるだろうから一緒にお祝いしようと思ってたのに~」

「ごめんよ~。僕はあんまり人と関わってこなかったから『いい夫婦の日』だとかいうのに無頓着で、気が付かなくて申し訳なかったです」

私は予想外の妻の剣幕に恐れをなして謝ったものの、彼女の怒りは収まることなく

「もういい。寝るね」

と拗ねながら寝室へと向かい、掛け布団の下にすっぽりと体全部を入れてそのまま寝ようとしました。

焦った私は、

「待ってよ、Aちゃん。せっかく買ってくれたものももったいないし、Aちゃんの気持ちにも申し訳ないから、ちょっと時間は過ぎちゃったけどお祝いしようよ」

と、布団の中の妻に声をかけました。

すると彼女はすぐに、

「でも、もう23日だから『いい夫婦の日』じゃなくて『いい兄さんの日』になっちゃったじゃんか~!」

と返してきました。

この『天然』発言に、私は自分の行動を深く反省しつつも、

「(Aちゃんは怒っている最中で何でこんなに面白いことが言えるんだろう?それにしても『いい兄さんの日』は秀逸過ぎる)」

と、笑いを堪えるのに必死でした。

なんとかそこを耐えきった私はその後も妻の説得を続け、『いい兄さんの日』でこそありましたが、『いい夫婦の日』のお祝いを無事2人で行うことが出来ました。

そして『宴』も終わり、すっかり機嫌の直った妻は寝室でスヤスヤと眠りにつきました。

その横顔を見ながら私は、

「本当に可愛らしい人だなあ。自分のことをこんなに首を長くして待ちわびてくれる人が現れるなんて想像もしなかった。彼女をこれまで以上に大事にしなくちゃ」

と、心に誓いました。

ママへの思いが溢れ出し、とめどなく流れる涙を拭うこともなく、感無量な私は愛しい彼女の横で眠りにつきました。

これ以降、私は飲み会での滞在時間を『1時間半以内』と定め、忠実に守っています。

おかげさまで、現在も夫婦仲は良好。妻は相変わらず、私の仕事帰りを首を長くして待ちわびてくれています。

毎年11月23日は、世間一般では『勤労感謝の日』です。

しかし、私の中では「世界で1番大切な妻への思いを改めて噛みしめ、表現する」べく『いい兄さんの日』として位置付けています。

今日はまさにその日。

普段妻の前ではシャイな私ですが、彼女に今日1日目一杯の愛情表現をすることをここに誓いたいと思います。

仕事頑張って帰るので、待っててねえ🩷

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