本雑綱目 14 渡辺是広 講談社 日本の歴史 04 平城京と木簡の世紀
これは乱数メーカーを用いて手元にある約4000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。
今回は渡辺是広著講談社『日本の歴史 04 平城京と木簡の世紀』です。
978-4062919043。
NDC分類では歴史>日本史に分類しています。
わざわざタイトルに講談社を入れたのは、『日本の歴史』というシリーズ名で各出版社から出しているから。
1.読前印象
講談社は社風としてわりと証拠ベースに本を作る印象がある(偏見かもしれない。
平城京より長岡京の方が興味があるけれど、ともあれ木簡というのは公文書的なものばかりではなく、例えば長屋王の居宅跡からは当時の蘇民将来のお守りの作りなんかがわかるような木簡も残されているので、日常生活や当時の習俗に関わるものもあって面白い、のだが流石に全集的な本にそんな細かいものは載っていないと思う。
さて平城京というと丁度平城天皇の乱の話を書き途中放置しているのだけど、あそこは宗教と権力闘争と怨霊でドロドロな場所。聖武天皇の逃亡遍歴を見ると呪われた地だなぁと思うのだけど、切り口としてはやっぱり普通の歴史だろう。個人的には佐保川が詰まったことが遷都の理由の一つ、とかまでつっこんでると好み。
さぁ、張り切って開いてみよう~。
2.目次と前書きチェック
目次を見ると天武天皇から桓武の即位ちょっとまで。長岡京未満。
天武天皇を日本の政権の最初とみていて、政権交代で分けるぞっていうスタンスが見て取れる。天智天武は外交と宗教争いという観点が大きい。どの章も気になりはするんだけど、4章天平の日々の『藤原広嗣の乱』と6章平城京の終焉の『仲麻呂専制時代』と『新王朝の成立』を読んでみることにします。
僕の認識では広嗣は嵌め殺されて式家の没落が始まったかわいそうな人、それから仲麻呂のパリピっぷり、あとは大好きな百川について何か描いてないかな的な。種継の話があればいいんだけど、たいていの浅い本には暗殺されたかわいそうな人としか書かれていないのだ。
3.中身
『藤原広嗣の乱』について。
続日本紀(正史)に完ノリしてる。それが良い悪いというのではなく、これが教科書的な本を書くなら正しい歴史と思う。正史は勝者が書いている。そしてこの広嗣の乱の続日本紀での記述は、他の箇所と比べて胡散臭いほど詳細だ。この頃の政情は天然痘の来週やら色々あって甚だ不穏だったわけ。歴史というのはどちらから見るかという問題が生じるけど、これはこれで正史を踏まえていてよい。
なお、広嗣は日本で多分公式で初めて怨霊になった人で、当時怨霊になる人というのは不遇に貶められた人(自分で権謀術数を駆使して勝手に打ち負けて非業の死を遂げた人は含まれない)という認識のはず。
『仲麻呂専制時代』について。
孝謙天皇って小学生レベルの変な名前つけるの好きだよねっていう。
日本霊異記の資料価値を随分重く置いているなというきらいはあるけれど、基本的に正史ベースに話が進む。この本、細かく日付が入っているところがいい。ただ流れを追ってはいるものの、動機づけがちょっと表面的すぎる気はする。でも全集的な本だから致し方なし。正史ベースに出来事を淡々と書いているので、ちょっと目が滑るかもしれない。
『新王朝の成立』について。
桓武の即位は僕も新政権樹立だとは思っているのだけど、血統的な点のみをベースに語っていることになんとなく違和感がある。そこは大きいんだけど、どちらかというと仏教や地場豪族なんかの既存勢力の切り離しのほうが重要なんじゃないかという気はする。でもそんなことは正史には書かれていないので、やっぱり正史ベースだなっていう。
やっぱ正史縛りがあるのかな。
この本が資料に使えるかと言うと、使える。日時を出してその時に正史に記載されていることを平板に並べているので、時系列を整理するのによい。それからやっぱ基本は押さえないといけないので基礎基礎資料にはいいかもしれない。でも小説にするには自説をアクロバット展開させないといけないので、この本だけだとちょっと無理。歴史ジャンルというのは正史の隙間にどれだけ妄想を詰め込むかというのが勝負だと思う今日このごろ。
4.結び
全然木簡の話と繋がらないんだけど、木簡はきっと長屋王のあたりのページにはたくさん出てる気はする。とはいえ長岡京までは木簡はよく使われていたけど平安京以降はあんまりないっていうのは知らなかった。
全集系は思想を出してはいけない縛りがある気がするからなかなか難しいですね。
次回は猪俣津南雄著『調査報告 窮乏の農村』です。
ではまた明日! 多分!