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【作品紹介】磯蟹

 考える時間を過ごす充足感・・・
 木を彫るという喜び・・・
 そして仕上がった時に湧いてくる充実感・・・
 それらは云わば『誰かを想いながら創作できる喜び』に通じています。
 本作では、それらを存分に堪能することができました。
 本稿は、そんな嫋やかな時間を過ごした作者と、題材となった蟹が織りなす備忘録です。お時間の許す方はお付き合い下さい。 



§ 磯蟹

本作は、緒締めおじめの役割を果たす木玉きだまになります。
木玉と言うからには、根付と組み合わせて使うことになるのですが、この磯蟹いそがに君のバディーは何処どこの誰になるのでしょうか?

正絹紐に通した状態

実は、拙作陸前國 大蛸りくぜんのくに おおだこの相棒になるのです。

因みに、この木玉は『陸前國 大蛸』を所望して頂いたオーナー様からのご依頼により製作することになった作品です。有難いことに、時間的な猶予を賜っただけではなく、全てをお任せさせて頂けたことで、平素の創作活動と同じく自由闊達きままに、そして心明るく手を動かすことができました。

§ 何故 磯蟹を?

さて、木玉に磯蟹を用いた理由ですよね・・・。
それは、蛸の大好物だからです(笑)。
蛸の好物と言えば、甲殻類(蝦・蟹)や貝類、そして(鯵・鯖など)が挙げられますが、南三陸地方陸前國の海域に棲む水蛸みずだこと言えば、やはりが好物の筆頭に挙げられるでしょう。

トピック
近年は、海水温の上昇や海流の蛇行によって、南東北地方の海域でも大型のエビ類(伊勢海老等)の生息が確認されはじめているので、当該水域の水蛸も随分と贅沢になっているかもしれませんね(苦笑)。

磯蟹の目は、細く加工した水牛の角を象嵌しました。

こうした生態的な特徴を鑑みて、蛸と蟹という分かち難い関係性を表現できればと考えたわけですが、そこはやはり根付のバディですからね。しっかりと縁起を担がせて頂きました(笑)。

§ 蟹もまた万能の縁起物

まずもって『蟹の縁起』と言えば・・・。
茹でると赤くなることから『ハレの日の食材』として重用されてきたことが挙げられます。また、古の人々は、硬い甲羅や丸味を帯びたフォルムから『長寿』を想起してみたり、蟹の生態や動作(ハサミを上下に動かす・泡を吐く等)から『幸運を招く』『財が湧いてくる』といったイメージに繋げたり、卵を抱いて育てる様子から『子宝に恵まれる・安産』といった縁起を見い出していたようです。

甲羅に鋭い棘をもつ磯蟹ですが、布地を傷つけたり、引っ掛かったりしない程度に抑えました。

このように、蟹にまつわる縁起を眺めてみると、古の人々もまた、蟹の生態や生活を隅々まで観察し、そして気持ちが前向きになるような縁起に結び付けていたことが分かります。実に微笑ましいですね。

§ 捉え方はいろいろ

あっ! 重要な縁起を忘れていました。
蟹と言えば、忘れちゃならない『蟹の横這いヨコバイです!
『ヨコバイ』というと、右肩上がりの成長を目指す人々にとっては魅力を感じない言葉になってしまうかもしれませんが、古の人々は『安定』という意味を見い出していたようです。

『安定』それは好ましい状態ですよね。
殊に、昨今の浮き沈みの激しい世況を鑑みれば、『安定』という言葉の中に『幸せ』『平和』という言葉を連想してしまうのは、作者だけではないはずです。(無論、成長自体を否定する必要はありません。)

この蟹さん、何かを抱えてますよ?!(※答えは最後の写真にて)

と言った具合に贅言を尽くしてみたものの、よくよく考えてみれば、私が作った蟹の木玉は、緒締めの役割を果たすべく絹紐を上下に移動するので『蟹の縦這いタテバイになってしまっております(汗笑)。
※前進できる蟹の種は少なからず存在します。

普通に考えれば『カニのタテバイ』なんて珍妙な話ですよね。
さわさりながら、作者がイメージする『カニのタテバイ』は、磯蟹が暮らす海から遠く離れた山の峰々に刻まれた痕跡に繋がるのです。

§ 海から山へ『岩稜を登る蟹』

ここから話は、海から山へと舞台を移します。
日本屈指の名峰 剣岳 の登山ルート上に『カニのタテバイ』という難所があります。

剣岳頂上と平蔵コルの間にある鎖場が『カニのタテバイ』(1999年8月撮影)

この人跡まばらな剣呑けんのんとした場所に足を踏み入れた先人は、「この場所は、横にしか歩けない蟹ですら縦に登らざるえない難所だぞ。』などと、汗を拭いながら呟いたのかもしれませんね。

いずれにしても、古き時代に立山連峰を闊歩した修験者や山人たちの豊かな感性が生みだしたと思われる奇天烈な名前『カニのタテバイ』は、今を生きる私たちに『古より人間に備わっている発想力』の存在を伝えてくれているように思われてなりません。

§ 謝辞

毎度の如く、長話となりました。話がとり散らかるのは毎度の事とは言え、全く以てお恥ずかしい限り。

とまれ、私が彫った『磯蟹』は、ヨコバイもタテバイもこなす器用な蟹であり、難所に負けないタフな蟹だと捉えて頂き、オーナー様にあられましては、愉快な心持ちなってお使い頂ければ幸いです。
この度は、貴重な機会を賜り、誠に有難うございました。この場を借りて、感謝の意を伝えさせて頂きます。


§ ご案内

 興味をお持ちになって頂けた方は、クリーマ内の拙ショップもご覧になって頂ければ幸いです。(※本品はオーダー品となりますが、ショップに掲載しております。)

【作品名】木玉・緒締め 磯蟹(いぞがに)
【製作年月】令和7年2月完成
【使用材料】
 本体:黄楊(ツゲ:御蔵島産)
 仕上げ材:染料(ヤシャブシ)、イボタ蝋
【サイズ・長さ】 ※最大部分で計測した凡その寸法 
 本体サイズ:高さ 15㎜ × 径 15㎜ 穴径 Φ3㎜弱

蛸と多幸

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