新天地と愛着と~変わりたい、でも変わりたくない~
私以外には訳がわからんかもしれないタイトルでごめんなさい。
これは自分の脳内で、数ヶ月、いや数年、エンドレスにループ中の問題なのです。
頭と心でずっとずーっと迷っていること。
私のなかには
「すごく変えたい、変わりたい」衝動と
「どうにも変わりたくない」という「愛着による行動」のようなものがあります。
何からこんなことを考えたかといえば、
「引っ越し」のことです。
しばらく前から今の住居に違和感があり、それを感じつつも引っ越せずにいます。
賃貸なので二年契約。更新まではまだ一年あります。
結構な勢いで物件を見て回った時期もありました。が、満足できるものがなく、またその後、仕事で体調不良になり、物件探しがフェイドアウト。。
以前の記事「ジャンルでくくれなくてもいいや!」にも書きましたが、私には、「長年の不動のルーティン」のようなものがありません。
趣味や生活様式も、常に形態が変わっていきます。おたまじゃくしから前足、後ろ足が生え、尻尾が無くなり、カエルになるが如く。。
仕事により、住む家により、本当にがらっと一変してしまう。
(変わらないのは宵っ張りなところと寝るのが好きなことぐらい😅)
旅先でも人の家でも、自分のペースを崩さずに暮らせる人がいますが、すごい人だ!羨ましい!とさえ思ってしまう。
なので、「自分を形作るもの」が希薄なことの代わりとして、
「今、よくやること」がそのまま「愛着」のようになります。
よく行くスーパー。
よく行く整体やマッサージ。
よく行くお店。
よく行くカフェ。
よく行く公園。。。。
そういったものを「変えたくない!」と思っているフシがあるのです。
「今ある、ささいなこと」が「無くなるかもしれない」ということが怖いのですね。
たとえば。。。
よく行く公園が心のリフレッシュと安定になっていて、とても良いと思っている。
なぜなら、
家からとても近くて、設備が便利で人が混みすぎない。
人工物と自然のバランスが良い。
広くてリラックスできる。。
そういったことが大事で、愛着を感じるのですね。
この恵まれた公園と環境条件を失いたくない!という思いがあるのです。
スーパーの場合も全く同じ。
営業時間だったり、価格、品揃えだったり。。
現在のお気に入りがなくなってしまうことに恐怖を覚える訳です。
(大袈裟な、と思われるかもしれませんが。。。かつて私は、元夫の実家で暮らしたときに、スーパーの品揃えについてとてもストレスを感じた経験があります。あ、もちろん、義実家に同居という別のストレスもありました。)
でも、その反面、どうしようもなく新天地に行きたい。
リラックスできて安心できる、お家に住みたい。
大好きな海まで1時間以内で着くところに住みたい。。。
暑くなく寒くない、新しくて住み心地の良い家に住みたい。。。
拮抗するこういった2つの思いが常に綱引きしてる。
私のなかで結論が出せずに終わるパターン。
人生、それで葛藤してる時間のが多いんじゃないか?ともふと思う。
例のの公園でぐるぐる歩きまわりながら、自分の思考パターンを明文化したくなったので記しておきます。備忘録みたいなものです。
実は、変わることが怖いから、変わらないための理由付けをしている、という説もある。
エゴの声と魂の声??
まだ、自分では、どこまでがエゴなのかよくわからない。
何が魂の望みなのかもわからない。
これは、適当な薄ぺらい答えにしたくないので、結論も出さずに終えます。
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