
「大使とその妻」上巻を読み終えて
先月出たばかりの水村美苗の新刊、先ほど上巻を読み終えた。
「本格小説」と比較すると、最初から熱に浮かされた様に物語の世界にグイグイ引き込まれるという感じではなく、主人公の男性と少しずつ友情を深めていっているような感覚を覚える読書体験だ。彼が謎めいた隣人たちとゆっくりとしたペースで親しくなっていく過程を共に体験しつつ、彼のそれまでの身の上話も少しずつ説き明かされて段々と彼という人がどんな人間なのかがわかってくる。まるで新しい友人との距離を少しずつ縮めていく様な感じで。
主人公の男性は日本に住みついたアメリカ人男性。今はほとんど失われつつある古き良き日本の文化が存在したことを後世に残すため"In Search of Lost Japan"というオンライン・プロジェクトを立ち上げて運営している。
彼の目を通して見る日本という国、彼が日本に対して抱く愛着と憤りに共感するところは大きい。
実際、どの国に住もうと、好きなところと嫌いなところとがあってあたりまえであった。そういう風に考えれば、日本は嫌いではなかった。ことに日本人の優しさはありがたかった。外国人としていやな思いをせずに済んだのは、私が見るからに西洋人だったせいもあるだろうが、そして例外もたくさんあるだろうが、見ている限り、日本人は他の日本人に対してもおおむね優しかった。
そうは言いつつも、この主人公ケヴィンは口癖のように
「ああ、だから日本はいやなんだ…」
とも良く口にする。
そんな主人公ケヴィンと自分の夫が重なる部分もある。
"Japan is the greatest country in the world!"(日本は世界で一番いい国だ)
と事あるごとに口にしながら、
運転中に譲り合いの精神がありすぎるドライバーや歩行者に気を配るあまり後続車への配慮が欠けて渋滞を引き起こす「優しい」日本人について
"These people drive me nuts"(この人たちにはイライラする)
というのも口癖。
日本人同士で話していると、しかも多少海外の事情に精通している人間がその中にいると、「日本はこのままじゃダメだ」みたいな話になる事が多い。その反面、外国人が日本で何かをしようとすると「日本では今までずっとこのやり方でやってきたから変えることはできないんです。」という壁にぶち当たることも多い。それでいて海外の知識人が有り難がる古き良き日本文化はどんどん廃れていっている。
日本はこの先どうなってしまうんだろうと日本の将来を憂える主人公ケヴィンはこんな風に考える。
この国は変化をしながらも図太く独自に生き延びるのかもしれないという気がしたりもする。私が日本に求めている「何か」の根源にあるものは、形を変えながらも、太古の昔から今もまだ大河のように地下深くに流れているのではないかという気がしたりするのである。海に囲まれていたおかげで、大陸の儒教的な教えも結局は根づかなかったように、グローバル化が大波のように押し寄せてきても結局は表層だけで終わってしまうのかもしれない。知らずしてそんな自信があるから日本人たちは自分の旧い文化をないがしろにして平気なのかもしれない…。と、そこまで考えると、今の時代、そんな自信をもつのは危ういという思いが頭をもたげる。
この小説の題名でありストーリーを引っ張っていく大使とその妻については敢えて触れなかったが、いずれも興味深い生い立ちと経歴の持ち主。上巻の最後になって、主人公がその大使の妻に抱いていた思い込みが覆される事実が判明し、もしかしたら下巻からはめくるめく物語の世界に引き込まれていくという展開になるのかもしれない。
さて、読書を続けるとしよう。