才能について パート2
友人から数日前に書いた「才能について」という文章の感想をもらい、それについて考えていたら思い出したのがこの短編集に収録されている一編。
堀江敏幸の「雪沼とその周辺」は雪沼という山あいの田舎町に住む普通の人々の人生の幾つかの場面を優しく丁寧に切り取って並べたような作品集。とりたてて大きな事件が起きることもなく、真面目に静かに淡々と生活を営んでいる人々の話。表面上どんなに地味な暮らしの中にもちょっとしたドラマはある。そんなどうってことない話の一つ一つが心に沁みるのはこの作者の力量。この様な文章を私も書きたい。
さて、才能について考えていてふと連想したのはこの本の中にある「ピラニア」という話。
主人公は町の中華料理店のオーナー兼料理人の安田さん。料理人になったきっかけは、たまたま知り合いの店で見習いを募集していたからだろう。料理人になっていなければ自動車修理工になっていたとしても不思議ではない。
安田さんは一緒に働いていた他の2人の見習いよりも覚えが悪く不器用でいつも店長に叱られていた。他の2人は料理人としての野心もあり、その店で教えてもらえる事を全て習得すると、さっさともっと条件の良い店に移ったり、調理師学校に進学したりと安田さんを残して去っていく。結局安田さんは店長が体調を崩してから店を任されるようになり、やがて店長が店を閉めるという段になって行きがかり上仕方なくといった感じで独立する。
この短編は安田さんが独立して20年が経過した頃が舞台となっている。『じっさい、店を開いてもう二十年がたつのに、道を究めるような努力などまったくしてこなかったなあ、とわれながら呆れることがある。』なんて思っている。自分は不器用で鈍くて向上したいという欲に欠けている否定的に考えている。
片や、安田さんの料理を実際口にしているお客さんたちは彼に面と向かって褒める事はなくとも彼の味を評価している。
「いろんな味がしっかり混じってるねえ、だってほら、冷めても食べられるじゃないか、冷めた揚げ物が食べられるってことは、材料も油もけちってないし、腕もいい証拠だよ。」と口うるさい果物屋のおばさんも褒めている。
安田さんの料理人としての腕。
本人が好きでやっているわけでもなく、上手くなろうと敢えて努力しているわけでもなく、ただただ生活のため長年コツコツ真面目に続けてきた。本人の思いはどうであれ他人はそれなりに彼の料理を評価している。これも、紛れもなく一つの才能だ。
そういう意味でこの「雪沼とその周辺」に収録されている作品はどれもそれぞれの登場人物の生きていく上での才能について書かれていると言える。
それはまた堀江敏幸という作家の才能。