見出し画像

悲劇の巨獣

ゾウは、激しい生存競争と人類との対峙に振り回された悲劇の生き物である。

現存するゾウはアフリカに棲むサバンナゾウ(ヘッダー画像参照)とマルミミゾウ(シンリンゾウ)、そして南アジアに棲むアジアゾウの3種類だけである。

アジアゾウ。オスにのみ牙がある


マルミミゾウ。サバンナゾウと比較して体がやや小さく、牙が下向きに伸びると言う相違点がある


東南アジア各国では古くからアジアゾウの子供を捕らえ、飼い馴らして役畜として用いた。他方、アフリカのサバンナゾウは、スポーツハンティングの獲物としてハンターに追い回され続けた。
そしてゾウと言えば【象牙】を抜きには語れない。昔から工芸品の材料として珍重され、牙を取る為に多くのゾウが殺されるに至っている。日本では印鑑が様々な局面で必須となっているが、その印鑑の材料として最もありがたがられているのは他ならぬ象牙である(次点はスイギュウのツノ)。
象牙の流通経路には様々な国に関する黒い噂が数多くあり、うっかりオープンな場所で漏らすと国際問題に発展する程事情が複雑である。取り敢えず特定の国に対する批判はワタクシの主旨では無いのでこの場での言及は避ける。

良く【サバンナゾウは凶暴でアジアゾウはおとなしい】と言った俗説が取り上げられる事がある。然し、近年欧米圏を中心にこの巷説を否定する動きが出てきた。それによると、サバンナゾウが凶暴とされるのは長らくスポーツハンティングの標的としての対峙が多かった為であり(ゾウの記憶力は人間に匹敵すると言われおり、代々ゾウ達が人間の恐怖を何らかのカタチで子孫に伝播している可能性は十分に存在する)、アジアゾウが従順とされるのは役畜として利用された長い歴史があるからに過ぎないのだと言う。
実際、特に20世紀末辺りからアジアゾウが民家を襲撃し、農園を荒らしたり、家屋を破壊したり、時にはヒトを死に至らしめた事例が増えている。
多くは群れから離れ放浪するオスの個体による被害が多いようだが、時にはメスと子による群れがプランテーションを壊滅させてしまったと言う例もあるらしい。いずれも環境破壊が原因である。ゾウも生きる為に切羽詰まっているのだ。
そもそもゾウは人間よりも遥かに体が大きい。高性能な猟銃を持つハンターならばともかく、丸腰の人間が対峙して敵う相手ではない。煉瓦や木で作られた掘っ立て小屋にゾウが体当たりすれば簡単に潰れてしまうし、もしもゾウがほんの少しでもその気になったら人間なぞ瞬時に命を奪われよう。
そう言う意味ではサバンナゾウもアジアゾウも等しく危険であり、アジアゾウがサバンナゾウに比べおとなしく従順だと言うイメージは幻想だ…と言っても過言は無いだろう。

ゾウは、今でこそ3種類しか現存しなくなったが、嘗てはもっと多くの種類が生存していた。その歴史については此処で語ると長くなる為割愛するが、太古のゾウの中には先史時代の人間の生産活動の脅威に晒され続けたと思われる種類が幾つか存在する。
代表的なものは、嘗て北半球の極地に棲んでいたウーリーマンモス(ケナガマンモス)だろう。ふさふさの体毛と長大な牙が特徴的な古代ゾウである。マンモスと言えば巨大な生き物の代名詞みたいなイメージがあるが、意外な事にウーリーマンモス自体はゾウとしてはそれ程大きい種類ではない(それでもアジアゾウと同じ位のサイズにはなった)。

ウーリーマンモス(ケナガマンモス)の復元模型


ウーリーマンモスは、当時台頭していたクロマニヨン人による過剰な狩猟圧に晒され続けていた。肉を食料に、毛皮を衣類に、骨や牙を道具の材料とする為に狩られていたのである。ある学者はクロマニヨン人を指して【マンモスハンター】と呼称した程だ。それだけクロマニヨン人のウーリーマンモスへの依存度は高かったと言う事なのだろう。
ウーリーマンモスの絶滅は今から4000年程前の事だったとされているが、ウーリーマンモス絶滅の原因については意見が分かれている。クロマニヨン人の狩猟圧を原因とする学者が多い一方、大規模な気候変動について行けず衰退したとする説も有力だ。ひょっとしたら両方とも…だったかも知れない。クロマニヨン人の狩猟圧により個体数が激減したところに気候変動が追い打ちをかけた…と言う筋書きは十分に考えられる。

マンモスより時代が古いゾウで、人類の狩猟圧が原因で絶滅したと推測される古代ゾウにアメリカマストドンが居る。現存のゾウとは系統が異なる(長鼻目マムート科)動物で、ウーリーマンモスのように豊かな体毛と長い牙を持っていたが、ウーリーマンモスと比較すると胴体が長く四肢が短いと言う特徴がある。また、現存のゾウやマンモスが多彩な植物を食べていたのに対し、アメリカマストドンは木の葉を選択的に食べる葉食性の動物だったらしい。

アメリカマストドンの復元イラスト


アメリカマストドンの化石が出土しなくなる地質学的時期と、アメリカ大陸にヒトが定着した時期は奇妙な位に符合する。もしかしたらアメリカ大陸に至ったヒトにとって、アメリカマストドンは狩りやすい獲物のひとつだったのかも知れない。

他の古代ゾウにも、当時の【ヒト】との軋轢を連想させる種が居る可能性があるが、本記事ではこれ以上触れない事にしよう。

近頃、世界各地の動物園で飼育下のゾウの繁殖に向けた様々な取り組みが為されるようになっている。日本でも各地の動物園が名乗りを上げているが、口蹄疫(蹄がある動物を通じて媒介される重篤なウシの伝染病)に対する懸念や施設の準備に莫大な費用がかかる事があり、道はかなり険しいようである。
その一方で、野生のゾウと人間との軋轢は未だに止む気配が無い。

漫画家・手塚治虫先生のイラスト作品に【最後のゾウの死】と言う一葉がある。願わくば、漫画のカミサマによるこの"予言"が外れる事を期待したいものである。

(ヘッダー画像以外の画像は、全てウィキメディア・コモンズより借用しました)

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集