(5)助動詞shall:義務表現を求めて(「する」の検討)
こんにちは。テクノ・プロ・ジャパンの法務翻訳担当です。今回も助動詞shallについての話を続けましょう。
前回のまとめと今回のテーマ
前回の話の要点をまとめると、以下のとおりです。
「shall」も「ものとする」も多義的で、その意味領域には被っている部分も少なくないので、「shall」の訳として「ものとする」を使うべしという意見には頷けるところがある。
ただ、契約書を読む目的、具体的には「どのような権利義務が書いてあるかをスムーズに把握したい」というニーズを考えると、義務としてのshallに使えるもう少し良い表現はないものか。
「ものとする」が多義的なのであれば、「ものとする」を使っても「義務が書いてある」ことを示しているとは限らないじゃないか、というわけです。逆に言えば、日本語でも義務が書いてあることがわかる表現を使えばよいということになります。そして、それこそが今回のテーマです。
そもそも、日本語の義務表現にはどんなものがあるのか
では、日本語の義務表現にはどのようなものがあるのでしょうか。思いつくものを挙げると、「義務を負う」「なければならない」「ものとする」、それから「する」あたりが考えられます。以下、それぞれ軽く検討してみましょう。
「義務を負う」:最も単純かつ明快ですが、(義務としての)原文shallが出てくるたびに使っているようではややうるさいかもしれません。
「なければならない」:こちらも義務であることがわかりやすい表現ですが、やはりshallの頻度で使うのはうるさいかもしれません。それから、翻訳実務という観点では、mustを訳す場合に備えて取っておかれる傾向にあります(mustは義務を表す場合と、要件を表す場合とがあります。『英文契約書の基礎知識』(宮野準治、飯泉恵美子著)など参照)。
「ものとする」:shallに対する訳や語呂調整の結果としてよく見ますが、前回の記事で書いたとおり、その意味は文脈に左右されます。
「する」:これ単体でも義務の創出を宣言できます。厳密に言えば、「する」というよりは「余分な語句(助動詞など)がない動詞単体の表現」(例:「支払うものとする」ではなく「支払う」)なのですが、以下「する」で統一します。
さて、以上4つのうち、現実的に少なからず見る・使うことになるのが、4番目の「する」です。そこで、以下ではこちらをもう少し詳しく見ていきたいと思います。
義務表現としての「する」
以下は、「する」を使った例文です。どちらも「義務を負う」を補っても問題なく読めますので、義務を示していると言えそうです。
じゃあshallの訳はこれで決まりだ、となるかというと、そうではありません。同じ「する」であっても常に義務を表すとは限らないからです。以下の例文をご覧ください。
まず上記1つめの例文は、「そういうことにしますよ」という方針・事実を示した文です。「金○円」にしないと義務違反に問われるといったようなことはありません。2つめの例文は、一種の「遂行文」と呼ばれるもので、例文の場合だと「ここでこういうことを確認しましたよ」ということを宣言する文です。「売主及び買主は」で始まっていて「確認する」で終わっている点だけに着目して中身を考えなければ、「確認しなければならない」と読みうるかもしれませんが、内容的にはそのような解釈が成り立たない箇所です。
さらに、「する」が義務とそれ以外のどちらの意味になるかは、「どの動詞を使ったか」によって決まるわけではありません。たとえば、以下の条文には上と同じ「確認する」が使われていますが、遂行文ではなく「確認しなければならない」の意(※)です。
(※)確認しないと義務違反に問われるわけではなく、単に修補を請求することができなくなるだけですので、義務ではなくて条件の一種だと思いますが、「やらないとダメだと示す」という点で機能が共通しているので、その差は無視します。
さて、少々困ったことになってきました。訳す側としては、多義的な「ものとする」に代わる義務表現が欲しいわけですが、その候補たる「する」もまた、(文脈に左右されるという点で)語句レベルでは多義的な表現だからです。残る2つは「義務を負う」と「なければならない」でした。どちらも、shallの頻度を考えるとちょっとうるさい表現ですので、これだけに統一するわけにもいきません。
すると、どうしても、冒頭で示した義務表現の選択肢のなかから、状況に応じて最善と思われるものを選んでいくしかないだろうということなります。最善の選択肢を選ぶためには、その長所・短所をそれぞれ整理しておく必要があります。
が、今回は字数を使いすぎました。続きは次回に回すことにしましょう。