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【ぼくは"元"航空管制官】ステージ8 ~夏ならではのお悩み~

こんにちは。元航空管制官の田中秀和(たなかひでたか)です。
今年は特に暑い夏でしたね。実は夏は管制官を困らせるものが特に多く生じる季節でもあります。

管制官として考えた時、夏と冬どちらがより嫌いかは、働いている職場にもよると思います。恐らく北国の管制官ほど冬が嫌でしょうし、南国の管制官ほど夏が嫌いかと推測します。それは、それぞれの環境が違い、業務負荷が異なるからです。ただ、日本全国の管制官を平均したら、夏場の方が嫌だと答える管制官の方が多いのではと私は思っています。その理由は幾つかあります。

まず一つ目は、積乱雲の様な発達した雲が毎日の様に生じることです。パイロットは機上レーダーを確認し、画面上に赤く表示されるような発達したエコーは避けます。では、もし中に突っ込んでしまったとしたらどうなるのか。それは激しい揺れにもみくちゃにされ、雷や雹に打たれ、最悪の場合は機体がバラバラになり墜落します。私が最も分かりやすい描写だと思っているのが「天空の城ラピュタ」で、主人公パズーが凧に乗ってシータと共に竜の巣に飛び込むシーンです。雷が竜の形になって襲ってきたりと誇張はありますが、恐らくは現実もあの様に生き残るのが極めて困難な厳しい状況になると思われます。

では、何故航空機が雲を避けるのが管制官にとって負担となるのか。それは、そもそもその雲を避けるのか避けないのか、避ける場合どちらの方向にどれ程避けるかが航空機毎に異なり、通常なら航空路等を飛ぶことで作られている秩序が崩れるからです。管制官としては出来るだけ航空機側の要求に応えてあげたいところですが、他機との兼ね合いもあり、最優先は航空機の間隔確保でいつも要求に応えられる訳ではありません。管制官が他機との安全確保を第一とする一方でパイロットも自機の安全確保のために回避行動を要求してきている訳で、両者の思惑が一致するとは限りません。例えばですが、正面の雲を右に避けるのか左に避けるのか、航空機毎に意見が割れると。管制官としては非常に頭が痛い状況になります。到着機に間隔を付け、滑走路に向けて一列に並べるアプローチ席が一番分かりやすいと思いますが、上空の秩序が崩壊するにも関わらず、滑走路手前ではいつもどおり等間隔に並べなければなりません。これは非常に負担の大きな仕事となります。テクニック論になりますが、予想困難な悪天回避が続く状況の場合、どの方向に飛ばれても良い様に、先行機と後続機の間に常に1,000ftずつ高度差を確保し続ける管制の仕方もあります。これを「バーティカル(垂直間隔)を確保する」と呼びますが、出勤時にこのような仕事が強いられる入道雲が沸き立つ夏空を目にすると、職場への足が重くなってしまうのはターミナルレーダー管制官の本音です。

次に夏場の管制が難しい理由として航空機性能の悪化が上げられます。気温が上がると空気密度が低くなるため、翼で生じる揚力とエンジンで生じる推力のどちらにも悪影響を及ぼします。つまり高い気温は航空機の運航にとってダブルパンチ状態なのです。ですから、滑走路を目一杯使ってギリギリで浮かび上がる様な離陸は、夏場の方が目にするかと思います。一例ですが、中部国際空港を夏場に離陸する大型貨物機は、まるで伊勢湾を遊覧しているかの様な低空飛行が続きます。これは決して遊覧飛行を行っているのではなく、いつもどおり上がりたくても上がれない程上昇力が悪化しているのです。その様なダブルパンチ状態の航空機の上昇力は、管制官にとっては非常に悩みの種です。他の季節であれば気にしなくて良い高度制限に出発機が引っかかったり、簡単にかわせると思っていた二機が上昇力の悪さが理由で思っていたよりも近付いたり、他の季節よりも安全係数をより高く上げ、意識しなければならない状況が増えます。

このように、夏雲が発達してそこら中に積乱雲が乱立したり、気温が上がって航空機性能が悪化する夏は、まさに『頭痛が痛い』レベルで管制官を悩ませていると言えるのです。本当は更に台風の影響についても紹介したいところですが、既に長文となっているので、また別のステージで取り上げます。次のステージもお楽しみに。
Good day!!

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田中 秀和(たなか ひでたか)
1983年生まれ、愛知県出身。「ぼくは航空管制官」や「ぼくは航空管制官2」をプレイし、航空管制官志望を固める。2001年国土交通省入省、那覇空港での勤務を経て2008年から2020年セントレアで航空管制官として勤務。2020年3月末に退職し、現在は全国の空港やミュージアムでの講演・トークショー、小中高校での職業講話、学童・児童センターで航空教室や紙飛行機教室等を実施する。テクノブレインではテクニカルアドバイザーを務める。Facebookアカウント:元航空管制官のCafe&Bar準備室