【1話完結小説】140字の向こう側
「140字で紡げる物語なんてたかが知れてる!限界だ!もう、このジャンルは限界なんだよ!」
トーマは突然悲痛な叫び声をあげその場に崩れ落ちた。
「150字じゃダメなんですか?160だと不都合あるんですか!?」
頭を抱えながらブツブツ呟き続けているトーマは、Twitterの創作アカウントですでに300以上の140字小説を発表していたが全くもって鳴かず飛ばずであった。
俺は震える彼の肩に手を置いた。
「もういい、もういいんだトーマ。君は十分頑張った。」
文字数制限の中、わかりやすい文章を書き、なおかつ最後にオチをつける…そんな当たり前の作業がいかに辛く難しいか、かつて140字小説アカウントを運営していた俺は人並み以上に理解しているつもりだ。
鉤括弧を使った日には大幅に文字数をロスする苦悩。“お母さん”と書いた方が目指す雰囲気に近づけるが文字数を気にして“母”と書かざるを得ない悲哀。良いオチを思いついたのにどうしても140字以内にまとめきれず、悪戦苦闘の果てに散っていった物語のカケラ達。あえてオチをつけず、雰囲気を描くに留めた実験的作品群に走った時期もあった。
そうやって日々もがき苦しみながら生み出した魂の結晶とも言える物語に、「いいね5」という恐るべき現実のナイフを突きつけられる事も数知れず。
「5人もの人が認めてくれたのだからいいじゃないか」「プロでもないのに自分の作品を読んでもらえるだけ有難いじゃないか」「そもそも俺はいいねが欲しくて物語を紡いでいるのか?違うだろう?」「いや、こんなに時間をかけて作ったのだから誰かに評価されたいと願うのは必然じゃないか」
そんな出口のない自問自答を繰り返す日々。
時には自分の作品と似たような作品がやたらバズっている場面に出くわしたこともあった。「結局フォロワー数が多いやつが勝つのかよ」「いや、そんなのは関係ない、彼と俺とでは微妙に表現方法が違う。その差が実力の差なのだ」「内容うんぬんより“〇〇さんだからいいねしとこ”っていう事だろ」「いや、フォロワー数も実力のうち。フォロワーが少ない時点で土俵にも上がれてないんだよ」「文字だけじゃ注目してもらえないからキャッチーな画像も載せるべきだ」「小手先の映えなんかじゃなく文章だけで勝負したいんだよ!」
ここでもまた俺は果てのない自問自答を繰り返した。
「…トーマ、しかし俺は自問自答の果てにやっと気づいたんだよ。物語を紡ぐ事は生きる事と同義だ。自分の人生、自分の好きに生きればいい。だから、物語も好きに紡げばいいんだ。文字数も他人の評価も何も気にせず心のままに!!」
俺はトーマからスマホを取り上げ、彼のTwitterアカウント“とま蔵@140字の可能性∞”を削除した。
「…あっ!!」
驚愕するトーマ。
「Twitterにこだわるから140字にこだわってしまうんだ。目を覚ませ!お前の自由な発想をわずか140文字の檻の中に永遠に閉じ込めたままでいいのか!?お前の中の!うごめく強大なドラゴンは!そんなちっぽけな文字数に大人しく納まる器なのか!?」
俺はトーマの真心に問うた。トーマはいつの間にか泣いていた。窓の外からおあつらえ向きな朝日が差し込んでいる。長いトンネルを抜けたトーマにたった今、夜明けが来たのだ。俺は彼が紡ぐ新しい物語の∞の可能性に大いに期待している。
そうしてふと気づけば、本当は140字小説になるはずだったこの物語は、いつの間にか1400字over小説になっていた。
それでいい、それでいいんだ。決して簡潔明瞭にまとめる力がないとか、そんなんじゃないんだから。
〈了〉
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