自分の言葉とそれっぽさ。【vol.223】
皆さんこんばんは!
今日から、タイトルに連続投稿の記録を追加させ等と思います。
【vol.223】みたいな感じで格好つけさせていただきます。(笑)
さて、何を書こう、そんなの今日はこれ一択。
熱い熱いzoomでのイベント。自分が大学1年の時、組織の主将を務めていた方がゲストとしてざっくばらんに話すもの。自分の尊敬する先輩でもあり、僕が1年の時点で、「ここに来てよかった」そう思わせてくれた組織を築いた人だ。
結論
.
結論ファーストで言おう。
結論:俺、熱くてもう一回シャワーを浴びる。
19:30開始に合わせて、せっかくご飯も、シャワーも済ませたというのに、なんてこった。(笑)
と、そんなことはさておき、本題に入ろう。今日のイベントでいろいろ感じたこと、思うことはあるが、今自分の中で1番考えている事を。
「自分の言葉なのか」
.
自分のnoteをざっと思い返した。
これまで書いてきたことは「自分の言葉なのか」ということ。
223日間、毎日何かしらを言葉にして発信してきた事実はここにある。
そして、それ以前の記事も含めれば300ははるかに超える。
確かに、自分が発した言葉に違いない。
だが、今、自分自身に問うているのは、表面的なものではない。
心の底から、本音で、本心で、自分の思ったり、考えたりしているのかということ。
というと、また本音とはなんだとか、どのレベルで気持ちを込めれば本心だとかの話になってきて、脱線しそうなので、そこは、何とか理解してほしいところ。過去に自分なりの「本音」の考え方を書いていたので、良かったら是非↓↓↓
で、ざっと振り返ってみて、言わせてもらうと、
その日ごとに苦しみながらも振り絞って書いた記事もあれば、その日に何か自分の考えるキッカケとなった出来事があってすらすら書けた日もある。
本音かどうかで言うと、違った日も勿論ある。
自分のnoteの目的には、考えや思いを届けて気づきや考えるキッカケを与えるということと同時に、そもそもの自分の発信力をつけるというものもあるからだ。
どうしても、発信する(一記事完成させる)ことで手一杯になってしまう日もあった。
目的には即しているかもしれないが、本音かと言われれば、ちょっと違う。
その日を思い返す。確かに、それっぽいことはいくらでもいえる。
興味のないことだって、google先生に頼んでちょっと調べれば、誰かしらの考えは出てきて、あたかも自分で考えたかのようにだって言うことはできる。
考えなくても、「っぽさ」は表現できる時代なのだから。
「発信するということ」
.
そんな時代に、自分がこうして発信するということは、より本音というものはカギを握っていると思う。と同時に、それを伝える難しさは生じる。
情報が溢れるこの世の中で、自分の記事を拾ってくれて、さらにその人に自分の思いや考えが届くかなんて、可能性で言えば低い。
そんなことに挑戦しているのか!と書きながら今気づくわけではあるが、だからこそ、考えなきゃいけないし、そこに面白さを感じる。
昨日の記事にも書いたが、これから学ばなければならないことは山積みだ。
最後に
.
本音をどう引き出して、言葉にするかというと、やっぱり自分・自分の考えや思い・心と徹底的に向き合わなければならない。そう考えた時、自分はまだまだ未熟だなと感じた。
考えてる風で、発信してる風で。そんな自分がいた日も少なくなかった。
上には上がいるように、そして世の中には自分の知らない世界が山ほどあるように、もっと考えている人なんて腐るほどいる。
もっともっと試行錯誤、自問自答を繰り返す必要があるなと感じた時間だった。
はい、本音です。(笑)
※過去に、その先輩にお会いすることがあり、その時の心に残ったことを記事にしたものがあったのでそちらも是非ご覧ください。↓↓↓
「ココロ、オドル」
過去の記事とマッチするようなことが多かったので紹介記事が多くてすみません!
以上、今日のイベントで感じたことでした!
では、皆さん明日も元気で!