「地域は賑わいがなくてもいい」から始まる地域の幸せづくり〈ローカルグッドの視座〉
地球環境や地域コミュニティなどの「社会」に対して「良い影響」を与える活動・製品・サービスの総称を「ソーシャルグッド」と言います。こういったソーシャルグッドな活動をより地域に根を張って活動されている方々を今回、“ローカルグッドな人たち”と定義。彼らはどのような視点でローカルグッドを実現しているのか、本人に聞いた。
2015年に独立し、山梨県甲府市にDEPOT Inc.(以下、DEPOT)を創業した宮川史織さん。「社会を豊かにする仕事×クリエイティブな力」をコンセプトに、企業のブランディング、自治体と連携した企画制作などを行ってきた。デザインと同じように言葉の力も重視する宮川さんは「地域活性化」というキーワードに疑問を感じているという。生まれ故郷で起業した想い、日本のローカルが元気になるための鍵とは――?
社員5人×クリエイターネットワークで価値を創造
近年の日本のローカルの盛り上がりは、ブランディング会社が立役者となっていることが多い。DEPOTも山梨になくてはならない企業のひとつだ。
「私以外の社員は5人という小さな会社なのですが、クリエイターさんや、社外のディレクター、職人さんなどを含めると、プロジェクトで協業する方々は50人程います」
DEPOTは、社外のクリエイターとのネットワークを構築。宮川さんたちDEPOTのスタッフは、ディレクターやプランナーとして企画を立て、クリエイターと協働していくスタイルだ。
「素晴らしいクリエイターがデザインを形にしてくれています。どんな未来ができていくか、ビジョンをチームとして共有することを大事にしています」
これまでDEPOTが手がけた仕事は多岐にわたる。企業からの依頼に応えるときは、経営者や担当者の方の目線にできる限り寄り添うという。
「地方は人材不足が課題。山梨にある半導体の企業さんから(リブランディングの)依頼をいただいたことがありました。そこでは合同説明会を開催しても、参加する方も少なく、応募者は毎年1名ほどだったそうです。そこで企業イメージの一新などのお手伝いをさせてもらいました」
「すると企業さんが発信する情報に一貫性が出て、売上だけでなく、毎年の応募が60〜70人に増えるなど、採用面でも効果が出たようでした。ですがそれは、DEPOTの力だけで得た結果ではないと考えています。元々企業さんが持っていた力量に、私たちの力が加わったようなイメージです」
1918年に創業した老舗書店・春光堂書店とは、共同経営でシェアラウンジ「TO-CHI(トーチ)」を運営。地域の文化発信、コミュニケーション促進の場として活用されている。
「その会社がどういう歴史を辿ってきたか、経営者にどういう想いがあるか、従業員はどんなモチベーションで働いているか。そういう無意識下にある共通言語を表して、みんなが同じ方向を見られるように旗を立てるのが私の得意畑なのかもしれません」
人脈ゼロで起業を決意! SNSで探した価値観の合う仲間
宮川さんは山梨県甲府市出身。京都工芸繊維大学で建築を学んでいた頃、まちとの関わりについて考えるように。
「京都が好きなんです。古い建物の中におしゃれなカフェがあったり、通りも綺麗だったり。景観もすごく守られていますよね。ですがそれは、どこかの誰かがやってくれるものじゃない。まちの人が自分たちのまちを良くしているんです」
「しかも京都に住んでいる人たちって、まちのことを誇りに思っている。そう感じたとき、『私の地元はどうなるんだろう。勉強してきた建築やデザインの知識を活かして地元に貢献できないだろうか』と考え始めました」
山梨、京都、東京で就職活動を進めたが、「山梨で働きたい」という気持ちから、地元で就職することに決めた。
「商業空間のデザインや総合的な企画やディレクションを行う会社で働かせてもらい、いろいろな施設を回りました。そのとき初めて、自分が企画したものを、クリエイターや作り手たちと一緒に形にしていく職業があることを知ったんです。今でいうプランナーやディレクターですね」
キャリアプランがはっきりとしてきた一方で、現実ではもどかしさを感じていたという。
「デザインやクリエイティブの力でまちを元気にしていきたいと考えてはいたのですが、ずっと先輩方に頼ってばかり。自分と同世代のクリエイターさんや価値観が近いクリエイターさんと一緒に、自らのアイデアや感性を形にするチャレンジが必要だと感じました。何の人脈もないけれどやってみようと思って、ボスに独立したいと伝えたんです」
26歳の若さで起業を決意し、約3年間働いた会社を退職。2年程はフリーランスとして働き、基盤を作っていった。0人だった人脈も、今では県内外を超える仲間ができた。仲間づくりの最初の一歩は、どんな風に踏み出したのだろう。
「1人目はSNSで募集しました。NPOからパンフレット作成の依頼があったのですが、より質の高いものを提供したいと考えて協業パートナーとしてのクリエイターを探したんです。全国から10人位の応募があり、その内の1人は山梨のデザイナーさんでした。そのデザイナーさんと仕事をするようになって、今でもずっと信頼しています」
「そんな風に続けていたら『こういうクリエイターが山梨にいるよ』と紹介してもらったり、 クリエイターさんの方からご連絡をいただいたり。どんどんネットワークが広がってきました」
地域の人にとっての“いいまち”とは? 共通言語で描くビジョン
宮川さんはDEPOTの代表取締役でありつつ、社外の組織でも活躍中だ。甲府市役所や商工会議所、地域の企業や事業者が参画する「甲府まちなかエリアプラットフォーム(甲府AP)」では、副会長を務めている。
「市が『(公民連携の)組織体を作ろう』と発案しました。『将来的にこういう風景になったらいいよね』『こんな暮らしがいいよね』というビジョンを描き、まちの日常として形にする、という社会実験にみんなで取り組んでいます」
プロジェクトの方向性が決まるまでには、たくさんの意見が交わされたという。
「“いいまち”って、言いたいことはわかるけれど伝わらないんです。いろいろなメンバーが関わっていて、それぞれから見える世界が違うんですよね。たとえばイベントをしたいという人もいれば、イベントに疲弊する人もいる。イベントを開催すると人は集まるけれど、数日後には去って行ってしまいますし、さまざまな意見が出ます」
甲府APの今後を決める議論が続く中、宮川さんはどんなキーワードであれば共通言語になり得るかを探っていた。
「私は会話の中から『日常』を感じ取っていました。一時的な賑やかしではなく、自分達が描いた未来像の『定常化』を目指していることや、イベントや観光などだけでなく、日々の暮らしをよくする意識がみんなの根底にあったんです。そこで、『大好きな甲府の日常を、まちなかにつくる!』というミッションを提案し、皆さんが賛成してくださいました」
甲府APはこのコピーを掲げ、ビジョンを描き始めた。甲府城前にテラスを設けた「KOFU SHIRO-SIDE TERRACE」、「みんなの好き」を集めた偏愛掲示板など、まちを舞台に社会実験中だ。
「甲府APに参加させてもらって感じたのは、組織の枠を超えたビジョンを描き、形にすることの重要性。そういう意味で新しいフェーズに進んだようにも思います」
まちの人の意思とアクションでつくる幸せ
地域を元気に、より良くすることをコンセプトに活動してきた宮川さん。行政と連携したイベント「甲府のゆたかなWEEKEND 2023」などにも携わってきた。一方で「地域活性化という言葉はあまり使わない」と語る。
「メディアがよく取り上げてくださるんですが、そうすると『地域活性化のために』『賑わいのために』という言葉が出てきます。わかりやすい言葉ではありますが、地域活性化のためにやっているわけじゃないんです。賑わいだって、なくてもいいと考えています」
「たとえば私は人混みが苦手ですし、賑わいがなくても幸せなのがいい。そこに住んでいる人が『幸せだな』『いい暮らしだな』と思える場所を作っていった結果、自然と人が集まってくるはずなんです」
そのためには、まちの人のマインドセットも必要だと考えているそう。
「まちの人も『市や行政がやってくれるでしょ』という感覚ではなく、自分の意思がまちをつくっていることを認識してほしい。自分たちのアクションで幸せなまちを作っている、と実感できたらいいなと思います」
これからの時代、ローカルのまちにはどんな要素が求められているのだろう。
「自己決定感というか、自分で人生を決めている感覚が大切です。会社に勤めていてもそうですよね。『会社に言われたからやってます』『誰かに言われてやってます』じゃなくて、『あなたがやると決めたんだから、あなたがやっていいんだよ』という感覚です」
「DEPOTを立ち上げた当初は、デザインの力でまちを良くしたいと思っていました。ですが今は、まちを良くする会社さんや事業者さんがいて、私たちのような会社がクリエティブな力で応援することで、まち全体がデザインされていって元気になっていくと考えています」
「私たちに依頼してくれる方々は、社会や地域を豊かにする事業をしていて、未来を見ていることが多いんです。(依頼を通して)経営者の意思決定に関わっているのは、振り返るとすごいことですよね。その先にはたくさんの従業員や、顧客など、多くの多様な関係者が広がっていて、まち全体の意思決定に関わっている仕事とも捉えられます。クリエイターにもそのことをいつも伝えていて、一緒にアイデアを考えています。私もこれからは、企業さんや事業者さんを応援するだけじゃなく、自分が考えたアイデアや事業を、きちんと自分自身が行動し、形にしていくことに力を入れていきたいと考えています」
日本のローカルが持つ多様性は、「地域活性」「賑わい」に集約されるものではない。各地域が進むべき方向に悩む中、宮川さんが示した「まちの人自らのアクションで幸せをつくる」というビジョンは、多くの地域を励ましてくれそうだ。