先生たちを助けたい。〜はじめて学校を外から観て〜
先生から、ワーママになって、療育をして、さまざまな保護者の気持ちが少しずつわかるようになり、「大変な子育てをするママたちを救いたい。それは、子どもを救うことになる。」って、ずっと思っていたんです。それは、今も変わりません。
でも、今この瞬間、強烈に、自分の胸の中にある感情は、「先生たちを助けたい。」という感情です。これから私は先生を辞めるのに…。自分でも驚いています。
このままじゃ学校がなくなる
昨日、PTAの広報誌作成にむけ、委員会活動の写真を撮影しに、長男長女の通う小学校へ赴きました。
去年も、広報委員はしていたのです。(育休中にPTAノルマをこなしてしまおうと思い、立候補。復職してからPTAなんて、ゲロ吐いちゃう…でも、教員としてやらないわけにはいかないなぁと思って。)
奇跡的なメンバーが揃い、県で銀賞をいただくような広報誌を作ることができていたので、それなりに学校に行く回数がありました。行事や授業参観、面談や息子早退の迎えだってありましたから、3年間で保護者として何度も学校の中を、興味津々に、同業者として覗いていました。
でも、昨日は、私が退職願を出してから初めて「学校」に行った日でした。
つまり、先生でなくなって、初めて学校を垣間見たのです。
(9月下旬、管理職と面談しました。正式には、年度末まで教員です。その話も、また書きたいです。読んでくださると嬉しいです。)
小学校入学から、児童、生徒、教員とずっと学校の中の人だった私。(世間知らずだなと思います。)
子どもを授かってからは、家にいるだけの日もたくさんあります。それでも、自分の中で私はずっと先生でした。
国語の先生として、特別支援の先生として、15年生きてきたのです。
ついこの間までは、保護者の立場やお気持ちが本当の意味でようやくわかってきた「初級中堅先生」でした。
そして、もちろん、先生たち毎日本当大変だよね…とまずは考えるものの、もっとこうしてくれたらいいのにとたまに思ってしまう「新米保護者」でした。
本当に。数日前までは。
ところが…
「先生」という名札が心についていない状態で、初めて先生たちのお顔を一人一人見て、「これはとんでもなく大変な事態だ」と思いました。
自分も先生、夫も先生。どんなに自分の生活を削って先生方が働いているかよく知っています。数ヶ月、休職したこともあります。
それでも、私は事態の深刻さに気が付いてはいなかったのです。どこかで、それを含めて「先生」という生き方なのだと、仕方ないことで当たり前のことなのだと思っていたのかもしれません。できちゃう人とできない人をたくさん見てきたからかもしれません。
昨日、先生たちは、青い顔をして働いていました。
昨日、夫は、夕飯のお皿洗いをしてくれて一息つくと意識を無くすように眠ってしまいました。
本当に先生が天職な人たちなのに…です。
「ああ。このままでは、日本の学校は、無くなってしまう。」
本気で、そう思いました。
「学校」はなくなってもいいけど、「先生」はいなくなっちゃいけない
息子たちの学校は、今、少なくとも、2人先生が足りません。夫の中学校は、定数より3人足りません。ちゃんと定数先生がいたとしたって、仕事量とその内容からして、圧倒的に人員不足なのに!です。
育休をいただいたまま退職願を出した私が言えることではありませんね。
復職するつもりでした。復職するか退職するか、吐きそうなほど悩んでいました。本当にこの間まで。
でも、我が家には、私にしかできないことがありました。今しかできないことが私にはありました。
ありがたいことに、みなに退職を惜しまれた同じ職場の素晴らしい国語の先生が、「娘が大学卒業するまで、もう少しだけ働きたい」とおっしゃったのと、私が産休に入るのが同じタイミングで、私がみるはずだった大切な子どもたちをおまかせできることとなり、私はその先生が3年間最後まで同じ子どもたちを担任をしていただけるよう育休取得期間の設定に心を砕きさえすればよかったので、(無収入の日々に耐えねばならず夫に迷惑をかけますが)跡を濁さず飛び立つつもりです。新しく、家にいながら、教育に携わる仕事ができるよう動き始めています。
おっと、話が逸れました。
でも、あながち違う話でもありません。安定していると言われる地方公務員で、福利厚生も整っているようにみえるのに、私のように離職する人がいるのはなぜかということも考えなくてはなりません。時短、部休、校内異動などいろいろ試したけれど、難しかったのです。
離職したたくさんの方も、そのほとんどは、先生になりたくて、勉強して、実習して、試験を受けて、面接で熱く語って、そして掴み取った職だったはずです。
(もちろん、いろいろな人がいるのも事実です。それでも、やはり、志がある人がほとんどだと思います。)
今の日本の学校の状態は、限界にきていると思います。時代と子どもたちのことを考えると、学校という箱は、究極、無くなってもいいのかもしれません。PTAもなくなる一方ですね。
でも、絶対、先生はいなくなってはダメです。
親にはできない、機械にはできないことをするのが先生です。
(親以外の大人も関わればいいので、学校の先生でなくてもいいです。でも、やはり様々な家庭環境があるため、公教育は必要だと考えます。あとは、やっぱり、子どもたち同士が必然的に関わる環境があることも、今は学校にしかないところだと思います。)
とても特殊な世界だと思います。
とても大変な仕事だと思います。
そして、とても大切な仕事です。
人が育つには、導き見守る人が必要です。
助けなきゃ
夫は、生活指導で帰りが遅くなっても、部活に審判にと休日のほとんどを無償で頑張っています。
地域からも学校からも保護者からも生徒からも感謝され、日本のために素晴らしい行いをしていると思います。
しかし、そんな夫が、ひとたび家に帰ってくると、責められるような気持ちにならざるを得ないのが実情です。ワンオペ育児と節約に疲れ切った私が、優しく迎えられないからです。私の心根の問題です。私の人間としての器がもっと大きければいいのです。ごめんなさい。でも、本当にそれだけでしょうか。
夫も私も悪くないのに、問題が起こっているような気がします。それは、私たちだけの問題ではないはずです。
このままでは、日々向かい合う子どもたちに、頑張ってでしかほほえむことができない先生たちばかりになってしまいます。
ずっと言われてきたことです。「ブラックだ。」と。でも、慣れてしまっていました。
外からは、学校や先生たちが、問題ばかりに見えるかもしれません。
私は、中から観て、その後外からも観て、「これは問題だ」とかなんとかごちゃごちゃ言っている場合ではないところまできているなと思ったのです。今すぐになんとかしなくちゃいけないと感じます。
水族館で生まれて、ショーで活躍していたイルカが、海に出てから、水族館を見たようなそんな気持ちです。
この人たち(先生たち)をまず救わなくっちゃ。
子どもたちは、未来は、どうなるのか。
その親たちも途方にくれるのではないか。
この日本で関わり合って生きている人全てが困るのではないか。
柔らかい心の子どもたちに直接触れる先生たちを今、助けてあげなくてはダメです。
私のように、辞めなきゃ生きられなくて離れる人がいるなんてもったいないです。素晴らしい仕事なのに。「やりがい搾取」できるほどのやりがいもあるのに。
もちろん他にも、人手不足で、大変で、大切な職業はたくさんあると思います。でも、私が役に立っていきたいと思える場所は、やっぱり教育現場なのです。
とはいえ、もう私には何もできない気がします。みなさんのお知恵をお借りしたいです。どうしたら、先生たちを助けてあげられるでしょうか。私にできることはあるでしょうか。中にいる先生たちには、なかなかできないことが何かあるとは思うのですが。
コメントをお待ちしています。スキをいただければ、同じ気持ちの方やここまで読んでくださった方がいるのだとわかって、勇気がでます。どうぞよろしくお願いします。
たつりころも
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