【旅物語#03】ベトナムハノイ レイルウェイの暮らしと景色に息を呑んだ#22_06
ゲストハウスに荷物をおろし、「レイルウェイ」と呼ばれる線路沿いに壁のように家々が並ぶ町にまずは足を運んだ。小径を歩きバイク達が行き交う車道を左に曲がると、線路と手動で動く遮断機が見える。その線路に人々の歩く列ができていた。
ぼくもその列の流れに乗って、レイルウェイの町に入り込む。
その瞬間に現れるその景色に、ぼくは早速に、息を呑む。太陽が少し傾いて世界をきらきらと輝かせる。その世界の中心に線路はまっすぐ伸びていて、真ん中に、赤子を抱くおばちゃんが座っていた。目を閉じているのか、盲目なのか。
その向こう側には、人々の暮らしの景色が、あたりまえに広がっていた。
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この町は、線路沿いに家々が壁のように並び立ち、列車はその家々のほんの目の前をすれすれに走り抜けるらしい。そのスリリングで不可思議な景色を求めて、多くの旅人や観光客が訪れるのだそうだ。
家々の1/3程度が商業施設で商いを営み、それ以外は人々が暮らす家。洗濯物を洗ったり干したりする人、線路脇の砂利の上で七輪に火を起こし煮炊きをする人。鶏が野良猫みたいに日向で喉を鳴らしていたりもする。
人々の暮らしそのものがコンテンツ化されているみたいに、あちこちにカメラを向ける観光客を住人たちは許容しているようだ。子供達は観光客を巻き込んで、線路でけんけんぱのような遊びをしている。
わかりやすくフレンドリーな雰囲気ではないんだけど、人々を拒むことはなく、外と中との境がないような距離感に、人がいる。夕焼けだんだん。三丁目の夕日。かつての日本の景色のようにも感じる。ノスタルジー。かつての父が過ごした、まだ大阪の真ん中に田んぼがあったと言う頃の景色も、こんなだったのだろうか。
世界中から集まる観光客に混ざり、ぼくも同じく町を歩き、カメラを向ける。雑貨屋やカフェやバー。古い家が線路沿いの両方に壁になって、向こうまで続いている。その景色に溶け込んで、歩みを進める。
「知らない。」ということがほんの少しだけ過去のことに変わっていって、ほんの少しだけ、身体が「自由」になっていく。本当に、ほんの少し、、なんだけど。
この旅の先にはどれくらいの「知らない。」が待っているのだろう。それらを「知る。」その連続のその後に、一体どんな景色が見えるのだろう。
なんだか、、エモい!!何度も言う。(2回目)
旅はやたらとぼくを物語の主人公にしたがるのだ。勘違いしてはいけないよ。ただぼくは、カメラを持って歩いているだけなのだから。
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レイルウェイをハノイ駅の方まで歩き、スタート地点まで引き返す道中、喉が乾いてきた。冬のハノイは半袖と長袖を行ったり来たりするくらいの空気だ。
カフェやバーが目に入る。とても洒落ていて、可愛い。「何か、呑むか。」と頭の中でつぶやいてみる。こういった脳内会話は独り言、というよりも、自分への行動を促すための助言のような感覚に近い気がする。軒先に張り出されたメニューボードに、近づく足は、恐る恐ると、重たい。
ほんの少しだけ自由を感じ始めた身体はまた萎縮して、たまねぎ剣士だということをいともたやすく思い出させてしまうのだ。
ベトナムで初めての、飲食店に、入るか、やめておくか、、
そんな脳内会議を繰り広げていると、満面の笑みで「こんにちは。」と声がする。ぼくの身体も心も、まだ異国の地でのコミュニケーションの準備を整えては、いない。
「何か飲みますか?」と英語で話しかけてくる。ベトナム語はぼくからすると何かの呪文で、英語はぼくからすると読みもしないウェブサービスの利用規約だ。読む気になって画面を凝視すればなんとなく読解できるが、全集中の呼吸が必要なもの。つまりは、英語もぼくにとっては難解な言語である。
「なにがありますか?」「このお店ではクラフトビールやカクテルが、、」(想像上ではそのような会話を続けているが、真相は闇の中だ)それじゃあ、カクテルでもいただこうかな。と、6ドルの高価なカクテルを手に、レイルウェイの砂利の上に置かれたプラスチックの小さな椅子に腰掛ける。
ベトナムの物価って、高いのか??そんなことを考えながら、とりあえずの一息をついてみる。(後で知ることになるが、ベトナムでは25円のビールから6ドル程度のカクテルやクラフトビールなどが共存している)
なんだか旅をしている感じがする。カクテルを口に含みながら、異国の地でやっと深い呼吸ができた。この空間に腰掛けて、呼吸をすると、この土地に小さないばしょを生み出せる。そんな気がした。この感覚を広げていけば、ぼくはきっとこの異国を愛することができるようになるのだろう。そんな気さえしてしまう。
自然と脳内会話が情緒的になってくるのは、ぼくの悪い癖かもしれない。アウトプットをすると恥ずかしすぎるもの、、
「どこからきたの?」「日本からだよ。」
そんな感じで彼女とのたどたどしい会話が始まった。彼女はハノイの生まれで、数年前にこの家を仲間とリノベーションしてカフェにしたのだと言う。(自身の親族の家だと話していたと思う)海外に憧れて英語を学び、外国人が多く訪れるこの場所で店を開き、人と話すのが好きなのだそうだ。
「そう言えば、このレイルウェイにはいつ列車がとおるの??」結構な時間をこの町で過ごしているけど、未だに列車が通る気配はなかった。「次の列車は日暮れ頃ね。朝と夕方にしか通らないの。」と、彼女はレイルウェイに列車が通る時間を教えてくれた。
「暗くなる頃にまたくればいいよ。この店の前でも、店の中からでも、列車をみるといい。」そう言ってくれた。夜にもう一度ここに訪れようかな。高価なカクテルも、特等席での見物料として考えれば破格だ。そして、彼女とこうやって会話ができたことが、不安が連続して生まれるぼくには嬉しくてたまらなかったのだ。
知らない町が、少しずつ知った場所に変わっていく。なんて心地いいことだろう。それじゃあ、夜に。そう伝えて、彼女に手を振った。夜の前に、フォーでも食べようかな。
2018年12月ベトナム首都 ハノイより
旅する古物商-hito.to-という生業をしています>>
旅の写真たち>>
https://www.instagram.com/hito.to_journey_antique/
2022年2月19日
写真とテキスト:たつみかずき
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