「一歩一歩、いい気分で、急がずに、休まずに、進む」
大地を一歩一歩踏みつけて、
手を振って、いい気分で、進まねばならぬ。
急がずに、休まずに。
─ 志賀 直哉 ─ (『暗夜行路』)
「20世紀の名言」からの引用です。
短い一節の中に、人生の歩き方のポイントが詰め込まれた名言だなと思う。
一歩一歩
大事な仕事は神経を集中させて丁寧にやるけど、重要度が低い仕事は片手間で適当に済ませてしまうことがある。
重要度のランクはあると思うけど、自分で低いと決めつけすぎるのはよくないね。適当に早く終わらせようとするあまり、ミスが起こって、その回収に時間をとられて、大事な仕事にかけられる時間が減ることもある。それに、実は意外と重要な仕事ということだってある。
刑事ドラマでよく聞く「事件に大きいも小さいもない!」というセリフのように、1つ1つ丁寧に向き合っていくべきなんだろう。
人間関係も同じことが言えるかもしれない。
具体的な秒数は忘れたけど、「人は出会って0.5秒で相手を敵か味方か判断する」と言われる。初対面の人に対して、「めっちゃいい感じの人」とか「なんかあの人、苦手」という感想を持つのがそういうことなんだろう。
よくないと頭では分かっているけど、最初の印象を引きずって、人の評価を決めてしまう。私に人を評価する権限なんてないんだけど。
さらに悪いことに、最初の印象が悪い人のことを「やっぱりいい人だ」と評価が変わることが少なく、最初の印象が良かった人が思ってたことと違うことをすると、一気に評価が下がってしまう。
「いい人」「苦手な人」と一足飛びに決めつけるのではなく、自分と合わないところが目についたとしても、その人が持つ意外な一面、自分にはないスキル、その人が大事にしている価値観、趣味、経験など、一つずつ知るだけで、その人の魅力に出会えるかもしれない。
いい気分で
どちらかというと気分屋、という自覚がある。しかも、低い方の気分が多め。怒ったり、不安になったり、凹んだり。
気分って本当にやっかいだなと常々思う。自分の気分にも、他人の気分にも、なぜこんなに振り回されるのか。
何か具体的な出来事があったなら、気分が上がったり下がったりするのは分かるけど、何もないのに気分が落ちたり楽しくなったりするのかは謎。高低差があると、自分も周りもしんどいので、ちょうどいいくらいの気分で安定させる方法があったら知りたい。
私が考え出したのは、自然発生的な気分の上がり下がりは自分ではどうしようもないから、せめて周りに迷惑をかけないように、いつもちょっと低めのテンションでいること。
「いつも気分がいい人」であろうとするのは私にはハードルが高いので、「ちょっと低め」に設定しておくことにしている。そうすると、気分が下がった時は、頑張って平静を装う努力をすると「ちょっと低め」まで上げることができるし、気分が良くて何もかも楽しくなる時は、調子に乗りすぎないように抑えると「ちょっと低め」に下げることができる。
気分が良くない時は必要最低限しか口を開かずにムスッと不愛想で攻撃的になり、気分が良くなるとうるさいくらいに笑っておしゃべりすると、周りも困るだろうし、何より冷静になった時に自分がとても恥ずかしくなる。
急がずに、休まず
これは、私はもう少し焦ってもいいのかもしれない。
暇を暇と感じにくい性格のようで、何もせずに時間を浪費することが非常に多い。他の人の話を聞いていると、休みの日はできるだけ予定を入れたがる人や、趣味に没頭する人、趣味の幅を広げようとする人、資格取得に向けて勉強する人、体を鍛える人、と、余暇を充実させようとする人が多い。
「人生、何事も遅すぎることはない」という言葉もあるけど、もし目的があるなら、チャンスを逃さないように早めに動き出した方がいいこともある。
でも、今のところ「こういう生き方をしたい」というプランも特にないので、毎日流れる時間に身を委ねてしまっている。なんだか聞こえはいいかもしれないけど、自分で自分の人生を生きていないとも言えるので、人生のゴールほどの壮大な目的じゃなくても、近い未来の目的でもいいし、今すぐ打ち込めるものでもいいから、何か見つけたいな、見つけないとなと思っている。
「これでよかった」と思える選択を積み重ねて、自分が納得できる、穏やかな生き方をしたいな。