館山 友里

名言や他人の言葉をきっかけに思ったことを書いています。好きな曲を紹介することもあります。今は週一ペース。スキやコメント、すぐには返せないことが多いですが、マイペースにお邪魔させていただきます。

館山 友里

名言や他人の言葉をきっかけに思ったことを書いています。好きな曲を紹介することもあります。今は週一ペース。スキやコメント、すぐには返せないことが多いですが、マイペースにお邪魔させていただきます。

最近の記事

「努力することを大切にしているし、馬鹿にしないし、軽んじないし、置いていかない」

土屋太鳳さん。ほんわかしていて、順風満帆で恵まれた人生を歩んできたんだろうなと思っていた。 でも実は、幼少期は姉弟の中でコンプレックスを感じていて、不安も感じやすい人で、不器用な人だと知って、親近感を持った。 佐藤健とのエピソードを聞いて、前職で仲良くしてくれた人とのことを思い出して懐かしくなった。 私も自他共に認める不器用で、不安を感じやすい。 そんな自分が嫌な時期もあったけど、前職で仲良くしてくれていた人が佐藤健みたいな人だった。 不器用な私のことをいつも肯定し

    • 「人に真に好かれるには、相手が誰であろうと、ともに大いに楽しんでいる様子を示すことだ」

      私は人見知りするし、めんどくさがりだし、怖がりだし、気にしすぎて疲れてしまうタイプなので、あまり自分から人と関わりを持とうとしない。 人付き合いが良くて、自ら人に関わっていく人は、周りもその人と話したがって寄ってくる。 自ら人と関わろうとしないのに本当はいろんな人と仲良くなりたいと思っている私は、周りから人が寄ってくる人のことを羨ましいと思っている。 誰と話すにしても、雑談にしても難しい話にしても楽しそうだし、笑っているから。 人と接すると、内容によっては嫌な顔をされ

      • 「『なんかこの音楽好きだな』と味わっていく人の方が音楽感性が磨かれていく」

        音楽の楽しみ方は人それぞれ。 私は音楽は好きだけど、「音楽が好きです」と言うのは長らく躊躇していた。 周りの人ほど常に流行りの音楽に詳しいわけでもないし、特定のジャンルに精通しているわけでもなく、音楽的に知識があるわけでもなかったから。 でもある時、「音楽好きなんだね」と言われ、さらに「知識から入ってないから羨ましい」と言われた。 その人は音楽をやっていた人で、ギターや音響などの音楽的知識があったので、どうしても分析的に音楽を聴いてしまう癖があるようだった。 私は特

        • 「自分は不幸だと悩むのではなく、試練を与えられた物語の主人公だと思えば、人生をエンジョイできる」

          「居場所がないな…」と感じてしまうことが定期的に訪れる。 なぜかうまくいかないことが重なる。 他の人は生き生きとして楽しそうに見えて、自分だけが孤独で不運で恵まれていないと感じてしまう。 平然を装うものの、だんだん惨めになって苦しくなっていく。 ひどい時には平然さを保てず、笑えなくなり、ぶっきらぼうになってしまう。 実際に自分だけが不幸な状況に置かれてしまっていることもあるかもしれない。 でも、大抵の場合は自分の被害妄想だと思う。 私のやり方や言い方に原因があっ

        • 「努力することを大切にしているし、馬鹿にしないし、軽んじないし、置いていかない」

        • 「人に真に好かれるには、相手が誰であろうと、ともに大いに楽しんでいる様子を示すことだ」

        • 「『なんかこの音楽好きだな』と味わっていく人の方が音楽感性が磨かれていく」

        • 「自分は不幸だと悩むのではなく、試練を与えられた物語の主人公だと思えば、人生をエンジョイできる」

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          「あれこれ欲張らず、自分にとって大切なものだけを欲しがること」

          先日、久々に会う人たちと食事に行った。 同年代の人たちと若手というメンバーだったけど、「どんどん褒められない年代になってきたね」という話になった。 褒められないどころか、部下や後輩を褒めないといけない立場になっている。 誰だってきっと褒められないよりは褒められる方が嬉しいと思う。 若手が褒められるのを見て、「これだけで褒められていいなぁ」と思うこともないとは言えない。 ただ、求められるレベルや責任が違うのだから、同じことをして褒められないのは当たり前だ。 「自分は

          「あれこれ欲張らず、自分にとって大切なものだけを欲しがること」

          「一瞬だけ幸福になりたいのなら、復讐しなさい。永遠に幸福になりたいのなら、許しなさい。」

          誰かと接すると、怒りを覚えることは出てくる。 その時に、仕返ししてやりたいという気持ちを抱くことは少なくない。 「何て言ってやろうかな」 「どうやって分からせようかな」 「どうしたら恥をかかせられるかな」 と、悪知恵を巡らせることはある。 でも、それを実際に行動に移すかは別。 いくらひどいことを思いついても、小心者ということもあるし、理性を優先させなければという頭が働き、我慢する。 もし感情に任せて復讐して「勝った」と優越感に浸っても、それは長続きしない。 すぐに

          「一瞬だけ幸福になりたいのなら、復讐しなさい。永遠に幸福になりたいのなら、許しなさい。」

          「毎日一歩ずつ前進するように、がんばり続けるだけだ。そうだ一歩ずつだ。」

          新しい職場に移って半年が経った。 できていないことは山ほどある。 上司からの評価よりは、部下に対して、頼れない上司で申し訳ないという思いが強くある。 自己評価はどの項目も低くなる。 ただ、上司に「その自己評価は低すぎるよ。私はそんなに謙遜する必要はないと思ってるよ。」と言ってもらったように、成長した部分もあるんだろう。 4月は周りの会話が訳わからなくて、部下へ指示を出すどころか、部下に教えてもらわないと理解ができなかった。 今は相談に乗って、「こうしてみようか」と

          「毎日一歩ずつ前進するように、がんばり続けるだけだ。そうだ一歩ずつだ。」

          「意見の食い違いがあったっていいじゃない。大切なのは、お互いがどう歩み寄るかってことでしょう?」

          仕事では、個人の意見の食い違いもあるし、組織としての意見の食い違いもある。 「あなたの立場ならそう感じるよね」「あなたの部署はそう言わざるを得ないですよね」と納得する意見なら、まだ建設的な会話ができる。 でも、個人的な感情を一方的にぶつけてきて、しかもこちらの意見を聞こうともしない人とはなかなか会話ができない。 先日、言い分がまったく理解できないことを、感情的にぶつけられた。 しかも相手はかなり上の立場の人だ。 本人は組織としての意見を主張しているのかもしれないが、

          「意見の食い違いがあったっていいじゃない。大切なのは、お互いがどう歩み寄るかってことでしょう?」

          「間違った問いに対する正しい答えほど、役に立たないものはない」

          これは私の仕事に対するこだわりで、いろんな考えがあると思う。私の言っていることは独りよがりかもしれない。 上司から部下全員に対して、マニュアルを更新するように指示を受けた時のこと。 何人かは「めんどくさい」「邪魔くさい」などとぼやいていた。 そして何人かは更新はしていたけど、基本的な流れの部分は残しつつ、補足説明をごっそりなくしてしまっていた。 これでは誰にとってもメリットがない無駄な作業だと思う。いっそやめた方がいい。 なぜそのマニュアルが必要なのかということを理

          「間違った問いに対する正しい答えほど、役に立たないものはない」

          「人の考えを本当に理解したいなら、彼らの言葉ではなく、行動に注意を払え」

          部署が違えば、文化が異なる。 文化が異なると、自分の文化と異なる考えが出てきた時に理解できず、関係性が悪くなることがある。 相手の発言が理解できずに腹が立ち、失礼な人たちだと感じてしまうことがある。 先日、違う部署の人と急な調整が必要な事案が起こった。 突発的に起きたトラブルで、時間に余裕もない中で、何度も何度も細かい事実確認を求められた。 自分が動いて解決できるならいいけど、専門的な知識も必要で、いくつかの部署が関わっていたので、関係者に聞き回って求められる情報を

          「人の考えを本当に理解したいなら、彼らの言葉ではなく、行動に注意を払え」

          「知らないのは恥でない、知ろうとしないのが恥である」

          仕事ができる優秀な人たちと飲みに行った。 優秀な人たちと話したかったから参加したわけではなく、私も含め、とある部署の経験があるという共通点がある人たちの飲み会に参加しただけだ。 ということは、私もその人たちと同じくらい「仕事ができて優秀」であってもおかしくない。 でも、残念ながら私はその人たちと同じように優秀にはなれなかった。 彼らの発言を聞いていて、彼らと私との間に差が開く決定的なポイントが分かった。 彼らは、「分からないことを分からないままにするのが気持ち悪い」

          「知らないのは恥でない、知ろうとしないのが恥である」

          「最善を尽くしたことを後悔した人は誰もいない」

          仕事でなかなか自分の力が発揮できない。 「本当は力があるのに」というわけではないけど、これまでの経験を活かせるはずのタイミングをうまくものにできなかったり、自分なりに努力した成果をアピールできない。 毎週、上の人たちが集まるミーティングがあって、そこで私のチームが担当している事業のことで報告することがあった。 上司にお願いしてもよかったけど、「私が報告してもいいですか?」と自ら手を挙げた。 ミーティングが始まって、緊張しながら自分の番を待った。 報告は上出来とは言え

          「最善を尽くしたことを後悔した人は誰もいない」

          「確かさばかり求めてぐずぐずしている人には、大きなことは決してできない」

          大きな改革が必要な事業に関わっている。 クリーンヒットとなる改革案を出せたらいいけど、なかなかそんなアイディアは思いつかない。 その事業内容をまだ十分に詳しく把握しているわけでもないし、その事業に長年関わってきた人たちの思いやこだわりやプライドを否定してはいけないという思いもあって、自分なりの意見や感想があっても提案できずにいた。 「これは!」という確かなアイディアでないと、口にしてはいけないのではと遠慮していた。 でも、関係者との関係が少しずつ築けてきた感覚が持てた

          「確かさばかり求めてぐずぐずしている人には、大きなことは決してできない」

          「好奇心は力強い知性の最も永久的な特性のひとつである」

          「この人、賢いな」と思う瞬間がたくさんある。 「賢い人は違うな」「もともとの素質が違うな」と思うに留まってしまうけど、きっと自分だってもう少しそこに近づくことはできるんだと思う。 私に足りないのは「好奇心」だ。 仕事で「すごいなぁ」と感じるのは、「いろんなことを知っていてすごいなぁ」とか「すぐに判断できてすごいなぁ」とか「即座に理解して整理して第三者に伝えられてすごいなぁ」という時。 すごさの根底にあるのは、好奇心だと思う。 特に圧倒されるのは、初めて受けた説明に対

          「好奇心は力強い知性の最も永久的な特性のひとつである」

          「整理することで一番大切なものを見つけ、それを磨き上げてデザインする」

          4月から新しい仕事をして、右も左も分からず、毎日挫折を感じていた。 3ヶ月経ってもなかなか調子が上がらず、その他の要因も重なって日に日に落ち込んでいった。 でも、訳がわからない原因をひとつ見つけた。 課題や状況が整理されていない、ということだ。 いろんな人がいろんなことを言う。 もともと課題が多くて、それが解決しないうちに時代の変化も加わり、さらに課題が複合的になって、突破口がなくなっていく。 問題が複雑だからこそ、いろんな意見を出し合うのは必要なことだ。 だけ

          「整理することで一番大切なものを見つけ、それを磨き上げてデザインする」

          「幸福は伝染するものだ。もし幸福になろうと思うなら、幸福な人々の中で生きたまえ。」

          少しずつ入籍の報告をしている。 入籍前は、あまり報告するつもりはなかった。 40歳を超えているし、報告するのは恥ずかしいなと思っていたから。 でも、たまたま去年までいた部署の飲み会をすることになっていて、そこで入籍の報告をしたら、とても喜んでもらえた。 その報告を皮切りに、個人的に親しくしていた人たちに報告していっている。 すると、意外にも「結婚もおめでたいけど、報告してもらえたのが嬉しい。」という声をたくさんもらった。 同期の若い子は、お昼休みにチャットで報告し

          「幸福は伝染するものだ。もし幸福になろうと思うなら、幸福な人々の中で生きたまえ。」