「いまのことばの教育は、好奇心をはたらかせる前に、教えてしまう。」
名著だと言われ、数年前に手に入れ、何度か読もうとしたものの、いつも挫折してしまう本。
先日、「世界一受けたい授業」で紹介されていたので、本棚から取り出してきて、また少し読んでみた。
いつも冒頭の「グライダー」の章で早くもつまづいていたけど、今回はそこはスッと入ってきた。
この本が発行された1986年からは時代も随分進んでいて、今の国語教育がどうなっているかも全然知らない。
この本を読み終えたわけでもないし、むしろ最初の数ページを読んだだけなので、外山氏の思想もまだ存じ上げない。
ただ、個人的に国語教育は興味のある分野で、引用部分を読んで思い出したことがあるので、書いておきたい。
学生時代の現代文の授業は、苦痛だったわけでもないけど、楽しかった記憶もない。もともと読書好きではなかったけど、教科書に載っている文学作品を読むのが嫌いというわけでもなかった。
その作品を通して、新しい漢字や慣用句を学ぶという授業内容は、そういうもんなのかなと思っていた。
ただ、1つの作品を何時間もかけて掘り下げて、作者の思いを考えさせられるカリキュラムがつまらなかった。それよりは、早く次のページ、次の作品に移ってほしかった。
テストも、「次の下線部について、作者の思いに近いものを選べ」という問題が苦手だった。答えが合っていても間違っていても納得できなかった。今でも解けない。
クラスメイトも言ってたみたいに、「本当に作者ってこんなこと思ってたの?」と、私も感じていた。
ちなみに、編集者への憧れだけで、問題集を作っている出版社の採用試験を受けたことがある。国語のテストが苦手だったのに、他の科目は自信がなかったし、国語を希望してテストを受けた。もちろん作者の意図を答える問題もあった。
問題を解いた後、私の解答用紙をひと通り見た編集者の人から、「ご自身ではどれくらい解けたと思いますか?」と質問された。
「9割…8割強くらい解けたと思います」と答えると、
「この仕事は、確実に10割分かっていないとダメなんですよ。こういう理由でこれが正解というのがハッキリあるものなんです。」と返された。
恥ずかしかったけど、いい経験ができたと思う。
さらにもう1つ。知り合いの書いた文章が、ある試験問題の素材に採用されたことがある。その問題にももちろん作者の意図を問う問題があって、「俺、こんなことを言いたいらしい」と笑いながらサンプル問題を見せてくれた。
「それが言いたかったんですか?」と尋ねると、「いや、別に。この選択肢の中にはない。」と言われた。
そういえば、受験勉強の攻略本に、そういう問題は、実際に作者がどう考えていたかが必ずしも正解ではないと書かれていた気がする。
学校で学ぶ国語教育は、効果測定のために数値化しないといけないから、採点しやすい選択式のテスト問題が多いんだろうな。
本当は、要約したり、批評したり、説明したり、分析したり、自分で創作したりという国語力を伸ばすことが大事だと思うけど、形式も内容も十人十色になってしまい、答えがありすぎて正解が1つに絞れない。
この本にもあるように、学校だけに頼る姿勢を改めた方がいいとは分かってるんだけどね。
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