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『ロゼッタ』:1999、ベルギー&フランス

 ロゼッタは勤務する工場で急に解雇を通告され、同僚に「告げ口したのね」と詰め寄った。工場長が「遅刻が理由じゃない」と止めに入ると、彼女は理由を教えるよう要求する。工場長が「仮採用の終了だ」と告げると、ロゼッタは「なぜ私だけと抗議する。
 工場長が事務的に「契約終了だ。着替えて事務所に」と指示すると、彼女は拒否する。工場長が連れて行こうとすると、ロゼッタは激しく抵抗した。彼女はトイレの個室に飛び込んで「ちゃんと仕事したのに」と喚くが、警備員に捕まって追い出された。

 ロゼッタはオートキャンプ場のトレーラーハウスで、母と共に暮らしている。帰宅した彼女は、母の口からビールの匂いがしたので「酒を貰って寝たんだろ。また入院ね」と罵った。ロゼッタは求職申請のために役所を訪れるが、オートキャンプ場で暮らしや職歴の短さから「求職登記は無理だ」と言われる。生活保護を申請するよう促された彼女は、役所を後にした。
 ロゼッタはワッフルスタンドに立ち寄り、社長がレジから紙幣を出す様子を目にした。彼女が「店員を探してませんか」と問い掛けると、社長は「いや」と即答した。新入り店員のリケが「仕事探し?」と訊くと、ロゼッタは冷たく無視した。

 トレーラーハウスで腹痛を起こしたロゼッタは、薬を飲んだ。母が昼間から酒を飲もうとするので、彼女は「酒とセックスだけ?」と叱責して取り上げた。母が連れ込んだ男は、酒を飲んでいた。ロゼッタは酒瓶を奪い取り、木に投げ付けて割った。
 リケがバイクで来ると、彼女は「誰に聞いて来たのよ」と激怒して襲い掛かった。リケはロゼッタを取り押さえ、「ウチで1人、クビになった」と店員に空きが出たことを教えた。

 ロゼッタはワッフル製造工場へ行き、社長から仕事を教わった。前任者の女性は、子供が病気になって月に10日も休んだせいで解雇されていた。ロゼッタは母に金を渡し、管理人に支払って来るよう告げた。彼女は「勝手に水を止めるなと言って」と指示して送り出すが、水道を捻っても水が出なかった。
 ロゼッタが管理人室へ行くと、管理人は母にフェラチオしてもらった直後だった。ロゼッタは「水道込みの家賃でしょ」と管理人に言い、すぐに水道を使わせるよう要求した。

 ロゼッタは母の身分証を用意し、入院させようとする。しかし母は嫌がって抵抗し、ロゼッタを池に突き落として逃走した。ロゼッタはリケに空き部屋を紹介してもらい、夕食も御馳走になった。「ワッフルのの数を誤魔化してる?」とロゼッタが訊くと、リケは「最初からね」と答えた。リケはバンドでドラムを叩いていると話し、音源を流した。
 ロゼッタはリケに誘われて踊るが、腹痛に見舞われた。「車に戻りたくない」と彼女が言うと、リケは寝床を用意してくれた。ロゼッタは「私はロゼッタ。仕事を見つけた。友達が出来た。真っ当な生活。失敗しないわ」と呟いて眠りに就いた。

 社長は息子を店員として使うことに決め、ロゼッタは3日で解雇された。彼女は他の仕事を探すが、どこでも雇ってもらえなかった。池に仕掛けたマスの罠を引き上げようとしたロゼッタは、人が来たので管理人だと思って投げ捨てた。しかし来たのがリケだったので、彼女はマスを引き上げようとする。
 手伝いを申し出たリケが誤って池に落下し、沈みそうになって助けを求める。しばらく放置していたロゼッタだが、結局は彼を助けた。

 後日、ロゼッタがワッフルスタンドに立ち寄ると、リケは「僕のワッフルを焼けよ。1日に10個焼けば、月に1万5千だ」と持ち掛ける。ロゼッタが「モグリの仕事じゃ」と難色を示すと、彼は「無いよりマシだ。アガリは君にやる」と告げる。それでもロゼッタは、「本当の仕事を探すわ」と断った。
 彼女は社長の元へ行き、「リケがワッフルを誤魔化してる。自分で焼いて売ってる」と密告した。社長は彼女をスタンドへ連れて行き、リケを問い詰めた。リケが否定すると、ロゼッタは彼が隠しているワッフルを社長に見せた。社長はリケを解雇し、ロゼッタを代わりに働かせた…。

 脚本&監督はリュック・ダルデンヌ&ジャン=ピエール・ダルデンヌ、製作はリュック・ダルデンヌ&ジャン=ピエール・ダルデンヌ&ミシェル・パティン&ローラン・ペタン、製作協力はアーレット・ジルバーベルグ、撮影はアラン・マルクーン、美術はイゴール・ガブリエル、編集はマリー=エレーヌ・ドーゾ、衣装はモニク・パレル、音楽はジャン=ピエール・コッコ。

 出演はエミリー・ドゥケンヌ、ファブリッツィオ・ロンギーヌ、アンヌ・イェルノー、オリヴィエ・グルメ、ベルナール・マルベ、フレデリク・ボドソン、フロリアン・ディレイン、クリスチアーヌ・ドーヴァル、ミレイユ・ベイリー、トマス・ゴッラ、レオン・ミショー、ヴィクトル・マリット、コレット・レジボー、クレア・テフニン、ソフィア・ルブット、ガエタノ・ヴェンチュラ、クリスチャン・ネイス、ヴァレンティン・トラベルシ、ジャン=フランソワ・ノヴィル他。

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 『イゴールの約束』のリュック・ダルデンヌ&ジャン=ピエール・ダルデンヌ兄弟が脚本&監督&製作を務めた作品。カンヌ国際映画祭でパルム・ドールと女優賞を受賞した。
 ロゼッタ役のエミリー・ドゥケンヌ、リケ役のファブリッツィオ・ロンギーヌは、これがデビュー作。ロゼッタの母をアンヌ・イェルノー、ワッフルスタンドの社長をオリヴィエ・グルメ、キャンプ場の管理人をベルナール・マルベ、社長の息子をフロリアン・ディレインが演じている。

 ロゼッタは最初から最後まで、とにかく可愛げのカケラも無い。ずっとトゲトゲしい言動で、周囲に対して攻撃的な態度を取る。リケが普通に声を掛けただけなのに、冷たく無視する。リケがバイクでトレーラーハウスに来ると、いきなり襲い掛かる。
 それでもリケは仕事を紹介してくれるし、ロゼッタを信用して「ワッフルの数を誤魔化している」という秘密も打ち明ける。もちろん、リケが親切にする裏には、それなりに下心もあるだろう。ただし、決して相手の弱みに付け込んで言うことを聞かせようするような、卑怯な男ではない。リケは、ちゃんと「いい奴」である。

 それなのにロゼッタはリケの秘密を社長に密告し、彼をクビにして後釜に座る。そのことに罪悪感など微塵も抱かず、それどころかリケを非難する始末。リケが何か恨まれるようなことをしたわけでもないのに、卑劣な裏切り行為に出ておいて、どんだけ酷いのかと言いたくなる振る舞いだ。
 そこまで性格がひん曲がり、周囲を信じず攻撃的になった背景には、ロゼッタの生活環境がある。もちろん貧乏ってのは原因の1つだが、それだけではない。

 世の中には貧しい生活を余儀なくされている人も大勢いるが、その全員が不幸を感じているわけではないだろう。貧しくても、それなりに幸せを感じている人もいる。幼少期から貧乏一直線でも、穏やかな性格に育つ人もいる。ロゼッタにとって一番の問題は、母がアル中で男癖が悪いってことだ。彼女にはマトモに子供を養育する意識も能力も、著しく欠けている。
 日本では遅ればせながらヤング・ケアラーの存在が社会問題化しつつあるが、ロゼッタもヤング・ケアラーの部類と捉えていいだろう。金を稼いで自立した生活を送り、母を助けないといけない立場に追い込まれているのだ。

 ロゼッタは貧乏なので家やアパートを持つことが出来ず、オートキャンプ場での生活を余儀なくされている。住居が定まっていないことは、仕事を探す上で大きなハンデになる。貧乏生活が続くと、おのずと見た目を整えることも難しくなる。そして見た目がみすぼらしくなると、仕事を探す上でも大きなハンデになる。
 貧乏で環境に恵まれない人間は、どうしても負のスパイラルに陥りやすくなる。そこへ母の問題も重なると、生活がすさむだけでなく、心まですさんでしまうのだ。

 ロゼッタはマスを引き上げる手伝いを申し出てくれたリケを見殺しにしようと企んだり、ワッフルを焼いて稼ぐことを提案してくれた彼を社長に密告して仕事を奪ったりする。表面的に見れば、卑劣で冷酷な裏切りクソ女だ。
 っていうか同情すべき諸々の事情があるにしても、リケが仕事を提案して助け舟を出してくれた直後に、密告して仕事を奪い取るのは、「さすがに酷すぎるだろ」と言いたくなる。たぶん、そこにはロゼッタのプライドが大きく影響しているんだろうと思われる。

 男癖の悪い母は、それを利用して利益を得ている部分もあるが、ロゼッタは嫌悪して絶対に同じような方法を選ばない。また、ロゼッタは役所で生活保護を受けるよう勧められると、すぐに立ち去る。リケからモグリの仕事を持ち掛けられた時には、「本当の仕事を探す」と断る。
 リケから施しを受けるような形になるのも、納得できないのだろう。それによって少しは生活が楽になるとしても、ロゼッタは人間としての最低限の尊厳を守ろうとしているのだろう。それを捨てたら、一気に全てが崩れ去る不安があるのだろう。

 ロゼッタは池で沈みそうになるリケを見殺しにしようとするが、結局は助けている。密告して仕事を奪うが、すぐに辞める。心がすさんで「仕事を得るためなら何でもやる」という意識に支配されるものの、やはり罪悪感には耐えられないのだ。
 それこそが実は、本人が意識していない「最低限の尊厳」になっている。そして最低限の尊厳を守ったことで、「リケは最後まで見捨てない」という結末を得ることが出来る。

 酷い目に遭わされたリケだが、最後はロゼッタの元へ戻って手を差し伸べる。倒れていたロゼッタが彼に抱き起され、泣き顔で見つめるカットで映画は終わる。
 問題は何も解決していないし、ロゼッタは貧しく苦しい生活のままだが、わずかに希望の光が見える。あまりにも過酷な通過儀礼ではあったが、ロゼッタは信じられる相手と出会えて、大きな救いを得ることが出来たのだ。

(観賞日:2023年6月9日)

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