『さざなみ』:2015、イギリス
月曜日。イギリスの静かな田舎町で暮らすケイトは、日課である愛犬マックスの散歩に朝から出掛けた。彼女は教師時代の教え子である郵便配達人のクリスと遭遇し、挨拶を交わす。土曜日に予定されている結婚45周年パーティーについて「楽しみですか」と問われたケイトは、準備で大変だと微笑で答える。
帰宅したケイトは、夫のジェフにプラターズの曲を用意したことを話す。それはジェフの好きな曲であり、パーティーのダンスで流すために用意したのだった。
ジェフが手紙を読んでいるのに気付いたケイトは、送り主について尋ねる。ジェフはドイツ語だから自信は無いと前置きし、「たぶん彼女の遺体を見つけたのだろう。前に話したことがあるはずだが、カチャだ」と言う。カチャという名前に、ケイトは動揺した。それは彼女が出会う前、ジェフが交際していた相手だった。
カチャは1962年にジェフとスイスの山へ出掛けた時、裂け目に落下して死亡した。その遺体が50年以上も経過した今、氷漬けで発見されたというのだ。雪が解けたことで、氷河の中に姿が確認されたらしい。
ジェフはケイトに、スイス警察から遺体の確認に来るかどうか問われていることを語る。「断るでしょ?」とケイトが言うと、ジェフは「分からん」と答える。
ケイトが「ハッキリ言って反対よ。無意味だわ。土曜にはパーティーが」と告げると、「すぐには行かないよ」とジェフは言う。ケイトは「それでも高い山に登るなんて危険だわ」と難色を示すが、ジェフは「崖じゃないんだ。そんなに大変じゃない」と静かに述べた。
ケイトは手紙の件が気になりながらも、パーティー会場の打ち合わせをするため車で町へ出掛ける。結婚40周年パーティーはジェフの病気で中止になったため、今回は仕切り直しだった。その夜、ジェフはケイトに、「僕は彼女の近親者なんだ」と言う。
意味を尋ねるケイトに、彼は「警察には夫婦と思われていると告げる。ケイトが驚くと、ジェフは「そう言わないと、当時は泊まれなかった。その後に事故が起きた」と説明する。就寝する時、ベッドに入った彼は山での出来事をケイトに語った。
火曜日。ケイトがマックスの散歩を終えて帰宅すると、ジェフは「一緒に町へ行く」と告げる。トイレ修理をしていた彼は、必要な部品を買うのだと説明した。それだけでなく、彼は図書館で温暖化に関する本を読みたいという思いもあった。
本を借りた彼は、カフェでケイトに「発見されていなければ、氷が解けた鉄砲水で彼女も流される。僕らの死後だ」と話す。そこへ夫妻の友人であるリーナと夫のジョージ、娘のサリーがやって来た。サリーはケイトに、子供の写真を見せた。
ジェフとジョージは昼間からパブへ出掛け、女性陣はパーティーのドレスを選びに行く。リーナはケイトに、かつてジョージが結婚記念日のパーティーを嫌がったことを語る。
ケイトが「パーティーは中止すべきかしら?実は苦手なの」と言うと、彼女は「ちゃんと祝って。パーティーは大事よ。ジョージも結局は喜んだ」と話す。その夜、ケイトはジェフに、「部屋に写真が少なくて、たまに寂しくなる。自分たちの写真に興味は無かったけど、少し空しいわ」と語った。
ジェフとケイトは思い出話に花を咲かせ、久しぶりにセックスをした。深夜に物音で目を覚ましたケイトは、ジェフがベッドにいないことに気付く。ケイトが捜していると、ジェフは屋根裏に上がっていた。ケイトが何をしているのか訊くと、彼は「何でもない」と答えた。
しかしケイトはジェフが写真を持っているのを確認し、「それは何?彼女?」と尋ねる。「あったよ」と言うジェフに、「夜中に捜したからでしょ」とケイトは不機嫌な態度で告げる。彼女が「写真を見せて」とヒステリックに要求すると、ジェフは「ただの退屈な写真さ」と告げて差し出した。写真を見たケイトは、すぐに寝室へ戻った。
水曜日、ケイトはリーナと車で外出し、ジェフが会社のOB会に乗り気ではないことを知らされる。「でも明日よ」とケイトが言うと、リーナは「知ってる。前からの約束だし、ジョージは楽しみにしてる」と述べた。町に移動したケイトは、禁煙していたジョージがベンチで煙草を吸っている様子を目撃した。
その夜、ケイトがOB会に乗り気ではない理由を尋ねると、ジョージは「色々だ」と告げた。ケイトが「行きたくないというだけで欠席するのは失礼だわ」と理由を明確にするよう促すと、彼は「もういい」と声を荒らげた。
その夜もジョージはベッドに入ると、カチャとの思い出をケイトに語った。ケイトが事故に遭った時の様子を話した後、彼は「カチャと僕は文明に背を向けて旅をしていた。ある意味では勇敢だった」と口にする。「ただ山に登っただけでしょ?」とケイトが言うと、ジェフは「山登りが勇敢だとは言ってない」と告げる。
「彼女は気を引くのが上手ね」というケイトの言葉に、彼は「知らないくせに」と言う。ケイトは「知らないわ」と口にした後、「1つだけ教えて。彼女が死なず、イタリア行きが無かったら、彼女と結婚していた?」と質問した。するとジェフは迷わず、「そのつもりだった。答えはイエスだ」と告げた。
木曜日。ケイトはOB会に出席するジェフを車に乗せ、会社まで送った。ケイトが「楽しんでね」と告げると、ジェフは気乗りしない様子で「努力してみる」と口にした。帰宅したケイトは迷った末、屋根裏に上がった。荷物を調べた彼女は、カチャを撮影したネガが何枚もあるのを見て動揺した。
その夜、ケイトが目を覚ますと、またジェフはベッドから姿を消していた。ケイトが捜しに行くと、ジェフは梯子を外して屋根裏に入っていた。金曜日、ケイトが目を覚ますと、ジェフは「バスで町へ行ってくる」というメモを残して外出していた。町へ出向いたケイトは旅行会社に足を踏み入れ、ジェフがスイス行きを計画していることを知った…。
脚本&監督はアンドリュー・ヘイ、原作はデヴィッド・コンスタンティン、製作はトリスタン・ゴリハー、製作総指揮はクリストファー・コリンズ&リジー・フランク&サム・ラヴェンダー&テッサ・ロス&リチャード・ホームズ&ヴァンサン・ガデール&ルイーサ・デント&フィリップ・ナッチブル、撮影はロル・クロウリー、美術はサラ・フィンリー、編集はジョナサン・アルバーツ、衣装はスージー・ハーマン。
出演はシャーロット・ランプリング、トム・コートネイ、ジェラルディン・ジェームズ、ドリー・ウェルズ、デヴィッド・シブリー、サム・アレクサンダー、リチャード・カニンガム、ハンナ・チャーマーズ、カミーユ・ウカン、ルーファス・ライト。
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デヴィッド・コンスタンティンの短編小説を基にした作品。脚本&監督は2011年の『Weekend』で数多くの映画賞を受賞したアンドリュー・ヘイ。ケイトをシャーロット・ランプリング、ジェフをトム・コートネイ、リナをジェラルディン・ジェームズ、サリーをドリー・ウェルズ、ジョージをデヴィッド・シブリーが演じている。
ベルリン国際映画祭銀熊賞(トム・コートネイ&シャーロット・ランプリング)、ヨーロッパ映画賞女優賞(シャーロット・ランプリング)、全米批評家協会賞主演女優賞(シャーロット・ランプリング)など数々の映画賞を獲得した。
老夫婦の結婚生活を描いているだけなのに、サイコ・ホラーの匂いが強烈に漂って来る内容となっている。決して怪奇現象が頻発するとか、どちらかが配偶者を殺そうと企んでいるとか、そういうことではない。そこには「妻が結婚前の夫の女性関係に嫉妬心を抱き、夫は過去の女で頭が一杯になってしまう」という要素があるだけだ。
そんなのは夫婦であれば、そこまで珍しいケースでもないだろう。しかし、そんな非日常の匂いが薄い出来事でも、描き方次第では恐怖が放たれるってことだ。
45年の長きに渡って築き上げられていた夫婦の愛情と信頼関係が、たった1通の手紙をきっかけに、わずか1週間で簡単に崩壊してしまう。これが結婚3年目の若夫婦とか、15年目の中年夫婦であれば、受ける印象は大きく異なっていただろう。そもそも、サイコ・ホラーとしての手触りは出なかった可能性が高い。
結婚45年目で、余生を平穏に暮らしていく時期に入った老夫婦だからこそ、小さな波乱が大きな破綻へ向かうドラマが、とても恐ろしい出来事になるのだ。
ジェフの気持ちが過去に戻ってしまうのも、分からなくはない。何しろ、カチャは別れた元恋人ではなく、結婚まで考えていたのに眼前で死んでしまった恋人なのだ。そんな相手に対する思いを断ち切ることなど絶対に無理で、ずっと心の中に残っていたのだ。
それはカチャの遺体と同じく氷漬けになっていたが、手紙によって溶け出し、思いが溢れてしまったのだ。それは鉄砲水のように勢いよく流れてしまい、もはや自分ではコントロール不能になってしまったのだろう。
一方で、そんなジェフに嫉妬するケイトの気持ちも充分に理解できる。老いたからと言って、夫を愛する気持ちまで衰えてしまったわけではない。自分が出会う前の恋人であろうと、気になるのは当然だ。
しかも、ジェフがカチャのことばかり喋り、彼女への思いで頭が一杯になってしまうのだから、苛立ちを抱くのも当然だ。「カチャが死んでいなければ結婚していたか」という質問に迷わずジェフは「ああ」と答えるのだから、平常心でいられないのは当然だ。どちらに非があるのかと言うと、それは間違いなくジェフの方だ。
ジェフは結婚した後、カチャのことをケイトに話している。元カノについて結婚相手に喋るのは、それだけであれば、大きな問題ではないだろう。誰にだって過去はあるし、結婚相手が初めての恋人じゃないケースも少なくない。
わざわざ話す必要は無いが、相手に訊かれたり、話の流れがあったりすれば、意地になって隠さず喋ってもいいだろう。ただし、手紙が届いた時、ジェフが「前に話したことがある。僕のカチャだよ」と言うのは完全にアウトだ。「僕のカチャ」という表現は、まるでデリカシーが無い。
手紙の内容が気になるのは当然だが、すぐに「辞書が必要だ。どこへ入れたっけ?」と言って探し始めるのも、やはりデリカシーに欠ける行動だ。ケイトは結婚45周年記念パーティーの準備を進めているのに、ジェフは死んだカチャのことで頭が一杯になっている。
せめて、気になるけどパーティーの準備を優先するようなフリでもしていれば、印象は違っていたかもしれない。しかしジェフには、ケイトへの遠慮や気遣いが全く見えないのである。
ジェフはカチャへの愛が再燃し、訊かれてもいないのに「警察には夫婦と思われている」などと言い出す。ケイトが驚くと、慌てて「指輪はしていたけど結婚指輪じゃない」などと釈明する。「前に話したかと思ったが気が引けたのかも」と彼は語るが、だったら今も話すべきではないのに、まるで気付いていない。
「気を悪くした?」という質問に、ケイトは「怒るわけないでしょ。出会う前の話だもの」と言うが、それが本音じゃないことはバレバレなのに、ここもジェフは全く気付かない。そして調子に乗って、カチャとの思い出をベラベラとベッドで喋りまくる。
ケイトはジェフが旅行会社を訪ねていたと知り、「スイスへ行くの?」と質問する。ジェフが否定して「カチャは関係ないだろ」と言うと、彼女は「名前を言わないで」と苛立つ。ケイトはカチャのことを尋ねる時も、絶対に彼女の名前は口にしない。それぐらい、カチャに対する嫉妬心が燃え上がっているのだ。
でもジェフはデリカシーが無いので、「カチャを切り離してくれ」と名前を出す。「関係あるわ。匂いが家中を取り巻いている。彼女が今も後ろに立ってる。全てに染み込んでるの」と、ケイトは感情的になる。
そのやり取りだけでも、今まで抑え込んでいた気持ちをケイトは吐き出しているように見える。しかし彼女は、「私が思っていることや知っていることを全てブチ撒けたいけど、抑えてるのよ」と言う。その程度では済まないぐらい、ケイトの怒りは高まっているのだ。その段階で、既に彼女の気持ちはすっかりジェフから離れている。
「今の願いは1つだけ。明日のパーティーには出席して。貴方が私に不満なのは分かったけど、周囲には気付かれたくない」とケイトが語ると、ジェフは「不満だなんて誤解だよ」と否定する。しかしケイトは、もう彼の言葉など全く信じていない。
ケイトはジェフに、「薬を持って来るわ。それから夕食、そして寝て、起きるまたやり直すの」というケイトの言葉に、ジェフは「そうしよう。約束する」と告げる。だが、ケイトとジェフの間では、「やり直す」という言葉の解釈が全く違っている。
土曜日の朝、ジェフはケイトを優しく起こし、朝食を準備する。いつものと平穏な夫婦生活を取り戻そうとするジェフだが、ケイトはパーティーをやり過ごすことしか頭に無い。ピアノを弾く時も、ネックレスを付ける時も、もう彼女に幸せな時間は無い。
パーティーに参加したケイトは、リーナが夫婦のために集めてくれた写真をサプライズで見せられると笑顔を浮かべる。しかし、それは偽りの笑顔なので、すぐにトイレへ入って自分の気持ちをコントロールしようとする。
ジェフが「君と結婚できたことは人生で最高の選択だった。愛してる」とスピーチすると、ケイトは参加者の拍手の中で笑顔を浮かべる。しかし周囲の祝福が終わると、すぐに笑顔は消える。普通の顔に戻っただけではあるが、そこまでの描写の蓄積があるので、恐ろしさが伝わってくる。
ジェフは結婚45周年記念パーティーの当日になって、ようやく人生の道連れはケイト以外に存在しないのだと気付いた。そのスピーチによって、夫婦の関係は円満で何の問題も無いと確信した。しかしケイトの心は、もうジェフから遠ざかっている。だからジェフは能天気に笑顔でダンスをするが、ケイトは繋いだ手を途中で離してしまうのだ。
男は鈍くて愚かしく、女は鋭くて傷付きやすかった。2人とも、重ねてきた年齢ほどには、愛を営む能力の成長が足りていなかったのだ。
(観賞日:2017年9月19日)
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