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『百万両五十三次』:1959、日本

 箱根山関所に、通行を一時差し止めるとの立て札が出た。お上の御用行列が勤皇浪人に襲われたのだ。江戸城には、京へ送った御用金が奪われたとの知らせが届いた。老中・堀田備中守や秋元但馬守らは、公家が反体制派の島津側になびくことを危惧していた。
 朝廷の島津派を抑えるためには、何としてでも御用金を送らねばならぬ。だが、京都所司代・太田内膳正に手はずして警護を付けた政府御用の行列も襲われた。京の二條城にいる押小路公任らも、薩長の撒く金で幕府打倒に傾く公家が増えつつあることを不安視していた。

 浅草では、娘手妻の朝若太夫一座が興行を催している。用心棒の馬場蔵人はお春を始めとする娘手妻師に好かれており、舞台に上がって剣技も披露する。
 蔵人が一座をひいきにする目明かし・草太と飲みに出かけようとしていると、堀田備中守配下・本庄左次郎が現われた。左次郎は蔵人を外に連れ出し、備中守の上屋敷に来るよう告げた。

 夜、蔵人は上屋敷へ赴いて備中守と面会した。実は、蔵人は備中守の隠し目付だった。備中守は蔵人に、御用金三万両を押小路公任へ届ける宰領の役目を命じた。
 本来ならば京都所司代に届けるべき御用金だが、備中守は内膳正に疑いを持っていた。蔵人は庭に潜む気配に気付き、小刀を投げ付けた。ほっかむり姿の怪盗・牛若の金五は、慌てて逃げ出した。

 女スリ・陽炎のお蓮と2人の手下・吉三と竹は、薩摩藩の江戸屋敷に呼び出された。島津家家老・石田妥女はお蓮に対し、京へ向かう三万両を見失わぬよう見張るよう命じた。
 蔵人は左次郎の仲介で、堀田家出入りの呉服屋・和泉屋善兵衛に会った。和泉屋では娘・お蝶が上方へ嫁入りすることになっている。それを知った蔵人は、あることを他言無用で和泉屋に依頼した。

 深夜、蔵人や草太が警護する荷物の行列が和泉屋へ入った。その行列を、お蓮と吉三と竹が尾行していた。お蓮は、三万両を花嫁道具に紛れ込ませるつもりだと推察した。
 和泉屋の屋敷に入った蔵人は、天井裏に何者かが潜んでいるのに気付いた。金五だった。屋敷を去った金五は、お蓮から手を組もうと誘われるが、薩摩の手先になることを嫌って断った。

 翌日、蔵人が宰領を務める御用行列が京へ向けて出発し、金五は尾行した。お蝶の嫁入り行列も出発し、こちらはお蓮と吉三と竹が尾行する。品川宿の茶店にいた薩摩藩士の南郷小源太らは、嫁入り行列を追う。
 茶店で休む蔵人に、金五は以前に会った職人と称して声を掛けた。一人旅は心細いので行列に加えて欲しいと頼むと、蔵人は「荷物には寺に寄進する菩薩の仏像が納められている。体を清めている人間でなければダメだ」と告げた。蔵人は、金五が上屋敷に潜んでいた泥棒だと見抜き、追い払った。

 金五はやって来たお蓮に、蔵人が公儀隠し目付だと告げた。お蓮は六郷の渡しで蔵人に近付き、越前屋の家内だと素性を偽った。だが、蔵人はお蓮が深夜の行列を見張っていたことも、金五との話を立ち聞きしていたことも見抜いた。
 川向こうでは、金五や薩摩藩士の相良軍之進らが行列を見張っている。御用行列は川を渡るが、荷物の一つが落ちて水に浸かった。蔵人が中を確かめさせると、仏像が納められていた。それを見た相良らは、ひとまず嫁入り行列を追っている南郷と合流することにした。

 草太が同行する嫁入り行列を待ち受けていた南郷らは、酩酊を装って乱入し、荷物を開ける。だが、そこに入っていたのは花嫁道具だった。南郷らは慌てて誤魔化し、立ち去った。
 薩摩浪人とお蓮らは宿で合流し、「全ての荷物を調べねば、御用金がどちらにあるかは分からない」という意見が出た。そこへ、草太が蔵人の本陣へ向かったとの知らせが入り、南郷らは出掛ける。

 蔵人は左次郎から、薩摩藩士が宿場に集まっていると聞く。蔵人は左次郎に対し、鍵も掛からない納屋に荷物を運ぶよう指示した。南郷らが御用行列の宿の前に集結した頃、夜中にも関わらず嫁入り行列が出立するとの情報が届く。嫁入り行列に御用金があると考えた南郷らは、慌ててそちらへ向かうが、既に宿場から離れた後だった。

 左次郎が納屋を確認すると、1人の少年がいた。後から現われた蔵人に、少年は講釈師の桃々斎桃吉だと自己紹介した。蔵人が桃吉を連れて部屋に戻ると、金五が慌てて逃げようとするところだった。彼は道中荷物の方に御用金があるのではないかと考え、探っていたのだ。しかし、そこに御用金は無かった。蔵人は、人が来る前に逃げるよう金五に告げた。

 島津家家老・伊集院帯刀は京の料亭で内膳正と密会し、御用金を奪う企みについて話し合う。内膳正は、配下の柳川隼人を行列の迎えに送り込んだ。南郷はお蓮に、嫁入り行列の泊まる小田原の宿に忍び込んで手はずを整えるよう命じた。
 お蓮は吉三と竹に火事を起こさせ、和泉屋の面々が逃げた隙に荷物部屋に向かう。だが、そこには蔵人が待ち受けていた。蔵人は現われた南郷らを斬るが、数名の薩摩藩士は逃亡した。蔵人はお蓮に「見つからぬよう早く行け」と告げ、逃がしてやった。

 箱根山に入った蔵人は、後から来た浅若一座の行列と遭遇し、一緒に行くことにした。江尻の宿場で、一行は和泉屋の行列に追い付いた。蔵人が宿に到着すると、柳川が待っていた。
 内膳正から警護の命を受けて来たと告げる柳川だが、蔵人は「心配はござらん」と断った。柳川は薩摩藩士やお蓮と合流し、2つの行列の中間に位置して徹底的に狙うよう命じた。

 柳川らは、蔵人の密書を草太に届けようとする桃吉を捕まえた。しかし密書の内容は、「掛川の饅頭は上手いから30ほど買い取っておけ」というものだった。柳川らは桃吉を解放した。
 大雨のため、掛川宿は大混雑となっていた。そこで蔵人は、浅若一座と相宿を取ることにした。柳川から探る命じられたお蓮と吉三と竹、そして金五も宿に現われた。

 左次郎らが和泉屋の宿へ向かうのを見た柳川は、尾行を手下に命じた。そして別の手下には、蔵人の様子を見てくるよう告げた。蔵人が朝若一座に手妻を披露させて騒いでいると報告を受けた柳川は、和泉屋の宿に御用金があると睨んだ。一方、手妻で魔法の箱に入った蔵人は姿を消し、代わりに草太が現われて、金五やお蓮を捕まえた。

 柳川一味が和泉屋に乗り込むと、大勢の捕方が待ち受けていた。密書の「饅頭」とは捕方を意味する暗号だったのだ。そこへ、手妻で姿を消していた蔵人が現われた。柳川一味は逃亡した。蔵人は金五やお蓮を処罰せず、「泥棒の意地を捨てて江戸へ帰れ」と告げて解放した。
 柳川は30丁の鉄砲を用意し、鈴鹿峠で蔵人の行列を待ち受けることにした。それを知った金五は、借りを返すために蔵人に情報を伝えた。蔵人が道を変えたと知った柳川は、瀬田の大橋で待ち構え、火薬で行列を爆破しようと企む…。

 監督は小沢茂弘、原作は野村胡堂、脚本は結束信二、企画は植木源次朗、撮影は松井鴻、編集は宮本信太郎、録音は安田俊一、照明は田中憲次(憲治は間違い)、美術は塚本隆治、奇術指導は一陽斉正一、擬斗は足立伶二郎、音楽は鈴木静一。

 出演は大友柳太朗、若山富三郎、月形龍之介、長谷川裕見子、花園ひろみ、山東昭子、丘さとみ、山形勲、三島雅夫、戸上城太郎、沢村宗之助、香川良介、柳永二郎、本郷秀雄、明石潮、秋田Aスケ、秋田Bスケ、大邦一公、有馬宏治、御橋公、白木みのる、水野浩、高松錦之助、堀正夫、楠本健二、津村礼司、仁礼功太郎、遠山恭二、国一太郎、石見勝也、河村満和、近江雄二郎、富久井一朗、月形哲之介、時田一男、吉野登洋子、五条恵子、浜恵子、横田真佐子、青木純子、京町かほる、舟井弘、伊吹幾太郎、藤原勝、南洞研二、東日出雄、里兵太郎、南方英二。

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 野村胡堂の小説『三万両五十三次』を基にした作品。
 タイトルが「三万両」から「百万両」に変わっているが、運ぶ金は変わらず三万両のまま。完全に誇大広告だな。
 別に時代に合わせたわけではない。そりゃそうだ、現在の通貨を使用する現代劇じゃないんだし。
 っていうか、わざわざタイトルを変更した意味が分かんねえな。

 蔵人を大友柳太朗、金五を若山富三郎、備中守を月形龍之介、お蓮を長谷川裕見子、お蝶を花園ひろみ、お春を山東昭子、朝若太夫を丘さとみ、柳川を山形勲、伊集院を三島雅夫、南郷を戸上城太郎、草太を沢村宗之助、但馬守を香川良介、内膳正を柳永二郎が演じている。
 月形龍之介は序盤だけの特別主演的な扱い。
 山東昭子は長谷川裕見子、花園ひろみ、丘さとみと横並びでクレジットされるが、ほとんど他の5名の女手妻師と同じような扱いで、集団の中に埋没している。

 これまでに同原作は2度、映画化されている。
 1回目は1932年から1933年に掛けて3部作として日活で製作され、2回目は1952年に大映で製作された。
 いずれも主演は大河内伝次郎だが、演じた役が違う。2回目は今回と同じ馬場蔵人が主役だったが、1回目は牛若金五郎(牛若の金五)が主役扱いだった。
 また、1964年から1965年に掛けて、日本テレビで『つむじ風三万両』というタイトルでドラマ化されている(主役の馬場蔵人は松方弘樹が演じた)。

 主要キャストに女優が4人もいるにも関わらず、この作品では主人公の恋愛が描かれない。一応、朝若太夫とは仲の良い関係だが、恋愛劇は無い。これは、この頃の「明るく楽しい東映時代劇」では珍しいことだ。
 原作では小百合というキャラが出てくるらしく、1952年版では彼女と恋愛劇があったようだ。
 ちなみに原作は4巻の長編で、蔵人が主人公と言うわけでもないようだ(大勢が入り乱れる形らしい)。この映画では、小動平太夫や矢柄誠之助、山際三左衛門といった原作の主要キャラが削られている。

 蔵人は登場シーンから豪快にガハハと笑う。その後も、ことある度にガハハと笑う。豪放磊落で陽気な丹下左膳や黒頭巾系のキャラだ。
 常に慌てず騒がず余裕綽々の態度を取る落ち着き払ったキャラ設定だが、しかし市川歌右衛門御大のような「大物の風格」をたっぷりと見せる腰の据わり方とは少し違っている。もっとお気楽ご気楽で軽いイメージが強い。

 蔵人は常に陽気な男で、例えば柳川の警護を断るシーンでもシリアスな態度ではなく、屈託の無い笑顔で「危なくなったら仏像を捨てて逃げ出すまで」と言い放つ。金五やお蓮を釈放する時も、ガハハと笑って済ませている。
 大友柳太朗はシリアスな役を演じることもあるが、個人的には断然、こちらのガハハ系キャラを演じている時の彼が好きだ。彼の持ち味が存分に発揮されていると思う。滑舌の悪さも、そっち系のキャラの時の方が気にならないし。

 で、どうせなら最後まで、「蔵人は敵の動きを全て見抜いて上を行く」ということにしてほしかったな。瀬田の大橋でお蓮から火薬のことを聞かされて初めて気付き、焦るという様子は無い方が良かったな。
 一応は「爆発という派手な仕掛けを見せたかった」という意識が優先したことになるんだろうけど、別に蔵人が火薬を察知していた設定でも、爆発は描くことが出来ると思うのよね。

 最初に朝若一座が登場するシーンでは、幾つも傘が出て来るとか、箱の中の人が入れ替わるとか、途中で蔵人の剣技も挟みつつ、複数の手妻(手品)を5分ほどを使って見せている。
 そんなのは物語の進行上は何の必要も無いが、必ず歌や踊りなどの芸が入るのが、この頃のプログラム・ピクチャーとしての時代劇の決まり事だ。

 手妻と共に、女性達は歌も歌っている。中盤でも手妻のシーンがあるし、桃々斎桃吉役の白木みのるが講釈や安来節を披露するシーンもある。ただし、この作品では、芸事をサービスのショーとして使うだけでなく、物語の展開にも利用している。
 後半、魔法の箱に入って姿を消した蔵人は柳川一味の前に現れるし、和泉屋の宿にいた草太は魔法の箱から現われる。ケレン味のあるキャラクターの移動&登場を自然な形で描くために、手妻という芸が利用されているわけだ。

 この頃に作られていた大抵の時代劇は、シンプルで分かりやすい作りになっていた。この作品でも、人間関係や善悪の構図は分かりやすくなっている。
 ただし、この映画は捕物帖ではないが、謎が用意されている。それは、「御用金の三万両はどこにあるのか」という謎だ。これは序盤に提示され、最後まで物語を引っ張っていく一番の要素となっている。

 序盤、御用金の宰領を任された蔵人は、和泉屋で嫁入りのことを口にする。ここで嫁入り行列の荷物に御用金を隠すというのが、普通に考えられるパターンだ。
 「明るく楽しい東映時代劇」としては、そこでホントに嫁入り行列の荷物に御用金を隠しました、という話にしても構わない。その分かりやすさは、非難の対象になるようなモノではない。だが、お蓮が直後に「花嫁行列に隠すつもりね」と口にするので、そうなると、また別の手が考えられる。

 川を渡ったところで蔵人が荷物を確認させて仏像を見せているが、これは引っ掛けで他の荷物は全て御用金なのではないかという推理が成り立つ。
 で、この映画、そこで終わらない。その後も蔵人は幾つも作戦を仕掛け、御用金を狙う連中と観客を翻弄する。
 蔵人は、御用金を隠す候補をどんどん増やしていくわけではない。御用行列と花嫁行列、この2箇所の間で怪しい方を交互に入れ替えることで、敵の目を行ったり来たりさせるのである。

 この映画にはスター時代劇に付き物のチャンバラもあるが、何よりも「御用金はどこにあるのか」というトコロに面白さがある。それは謎を解く面白さではなく、手玉に取られる楽しさだ。
 考えてみれば、観客は最初に手妻を見せられている。手妻の面白さは、騙される快感だ。最初から、この映画が持つ面白さがどこにあるのかは暗示されていたわけだ。

 重箱の隅を突っつくようなことを書いてしまうと、最後のネタ明かしは少し卑怯な部分も無いわけではないけどね。
 完全ネタバレを書くと御用金は朝若一座の荷物に隠されていたんだが、それだと朝若一座が箱根で登場するまで、観客が見ているトコロに御用金は存在しなかったということになる。もしも途中で朝若一座の荷物に入れ替えたと推定するにしても、それまではどこにあったのかという謎が残る(っていうか「最初から朝若一座が運んでいた」が正解のはず)。
 まあ、種明かしの前に答えは分かるけどね。

(観賞日:2007年3月10日)

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