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『リズと青い鳥』:2018、日本

 湖畔の森で動物たちと暮らす少女のリズは、青い鳥を見つけた。その美しさに目を奪われたリズは、「まるで空を写した湖のよう」と口にした。青い鳥はリズの掌に乗った後、湖に向かって飛び立った。学校に着いた鎧塚みぞれは、少し迷ってから校門の前の階段に座り込んだ。
 傘木希美か歩いて来ると、彼女は立ち上がった。みぞれが並んで歩き始めると、希美は青い鳥の羽を見つけて「綺麗」と漏らす。彼女が「あげるよ」と差し出すと、みぞれは薄い反応だったが「「ありがとう」と受け取った。

 部室に入ったみぞれがオーボエの準備をしながら「嬉しい」と呟くと、希美は「私も嬉しくってさ」と言う。彼女は自由曲が『リズと青い鳥』になったことを喜んでいたが、みぞれは曲も作曲者の卯田百合子も全く知らず、そっけない反応を示した。希美は彼女に、図書館で借りて来た『リズと青い鳥』の絵本を見せた。彼女は「子供の頃に読んだことがある」と言うが、みぞれは無かった。
 希美はみぞれの隣に席を移動し、絵本を音読する。ずっと独りぼっちだったリズの元に、知らない少女が現れる話だ。2人は仲良くなって一緒に暮らし始めるが、最後は別れてしまう。リズの元にやって来た少女の正体は青い鳥で、リズの元から飛び立つのだ。

 みぞれにとって、『リズと青い鳥』は吹奏楽部に誘ってくれた希美との関係が重なる内容だった。希美も「ちょっと私たちみたいだな」と言い、「でも別れるなんて悲しいよねえ。物語はハッピーエンドがいいよ」と軽く告げた。彼女は第3楽章のソロを吹いてみないかと提案し、自分の席に戻った。
 『リズと青い鳥』は4つの楽章で構成されており、それぞれ「ありふれた日々」「新しい家族」「愛ゆえの決断」「遠き空へ」という題名が付いていた。希美はソロの部分を少し合わせて、「早く本番で吹きたいな」と漏らした。

 吉川優子と中川夏紀、黄前久美子と高坂麗奈が、次々に部室へ入って来た。フルート担当の後輩たちが来たので、希美は部室を出てパート練習に向かう。彼女はパート練習でも「早く本番で吹きたいな、この曲」と言うが、みぞれは「本番なんて一生来なくていい」と呟いた。
 リズは町に出て、アールトが営むパン屋で働いた。仕事を終えて帰宅した彼女は、1人で夕食を取って眠りに就いた。翌朝、窓辺に青い鳥が来るが、リズは気付いていなかった。その夜は嵐で、食卓で祈りをささげたリズは、そのまま眠り込んでしまった。

 次の朝、彼女が目を覚ますと空は晴れていた。外に出たリズは、湖畔で倒れている少女を発見した。少女は青い髪をしており、青い服を着ていた。リズは慌てて駆け寄り、声を掛けた。すると目を開けた少女は、「リズ」と口にした。
 みぞれは部室の隅に座り込み、『リズと青い鳥』の絵本を読んだ。その日の全体練習が終わると、滝昇が翌日は『リズと青い鳥』を中心に練習することを知らせた。今年の目標は全国大会の金賞であり、優子は部員たちに皆で支え合おうと語った。

 部活が終わった後、希美が後輩たちと楽しく話す様子を、みぞれはオーボエの手入れをしながら見ていた。するとオーボエの後輩部員である剣崎梨々花が、彼女に声を掛けた。
 梨々花は「あそこ、いつも賑やかかですねえ」と言い、ファゴットの部員たちとダブルリードの会を開くことを話す。「一緒にどうですか。せっかく4人しかいないダブルリードですし」と誘われたみぞれは、「私はいい」と無機質な返事で断った。

 みぞれは希美に歩み寄るが、パートの後輩たちとファミレスに行くと告げられた。みぞれが持っていた絵本に希美が気付いたので、彼女は慌てて返した。みぞれが「その話、好き?」と訊くと、希美は「好きだよ。最後、ちょっと悲しいけどね」と答えた。
 梨々花は希美を呼び止め、みぞれとの関係について相談する。彼女が「たぶん上手くやれてなくて。話し掛けても、あまり返事してくれなくて。もしかして嫌われてたりするのかなって」と言うと、希美は「みぞれって、ちょっと不思議なトコあるからなあ。嫌ってるわけじゃないと思うよ」と返す。梨々花はお礼として、コンビニのゆで卵を渡した。

 リズは青い少女を自宅に連れ帰って介抱し、食事を食べさせた。少女は元気になり、洗濯を手伝った。パン屋へ行き、たくさんのパンを見て興奮した。2人は一緒に果実を摘み、ジャムを作った。丘へ出掛けてパンを食べた時、リズが「貴方はどこから来たの?」と質問すると、少女は「分からない。たくさんの町や森を見たわ」と告げた。
 「どうしてここに来たの?」と問われた彼女は、「リズが独りぼっちだったから。私、リズと一緒にたくさん遊びたかったの」と笑顔で答えた。彼女が走り出そうとすると、リズは不安そうな表情で「お願い、そばにいて。ずっと、ずっと」と告げた。みぞれは図書室で『リズと青い鳥』の文庫本を読み、「そばにいて」と呟いた。

 翌朝、登校したみぞれと希美は、中学時代に流行した「大好き」のハグをやっている低音パートの後輩たちを目撃した。みぞれが見ていただけで経験していないと知った希美は、「じゃあ」と両手を広げた。だが、みぞれが少し躊躇していると、「なんて、嫌だった?ごめんごめん」と希美はハグをやめてしまった。
 希美が「じゃあね」と去って優子に挨拶する様子を、みぞれは見つめた。同じクラスの夏紀が声を掛けても、彼女はしばらく気付かなかった。みぞれは担任教師から、進路調査票に名前しか書いていないことを注意された。

 大会に向けたオーディションが近付く中、希美はフルートのソロを担当できるよう気合を入れる。オーボエの音を耳にした彼女はみぞれに視線を向け、口パクで「がんばろう」と呼び掛けた。リズは少女と同じベッドで眠りに就き、「大好きよ」と言われて「私もよ」と返す。リズが眠っている間に少女はベッドから抜け出し、鳥になって窓から飛び去った。
 翌朝、リズは目を覚まし、少女がいないことに気付いた。青い鳥が部屋に戻って少女の姿に戻った時、リズはベッドで眠ったフリをしていた。少女は全く気付かず、ベッドに潜り込んだ。

 少女はリズに、「もうじき寒くなるわ。冬が来たらリズはどこへ行くの?」と問い掛けた。リズが「どこへも行かないわ。ここにいる」と答えると、少女は不思議そうな様子を見せた。リズが夜中に目覚めると、また少女がいなくなったいた。リズは床に落ちている青い羽を見つけ、それを拾い上げた。
 みぞれは新山聡美から、コンクールの課題曲について「フルートとオーボエがリズと青い鳥の関係を表していると言われている」と説明された。「第3楽章のフルートとオーボエの掛け合いは、きっとリズと少女の別れ」と聞かされたみぞれは、「私には、青い鳥を逃がしてやるリズの気持ちが良く分かりません」と語った。

 みぞれは新山から音大のパンフレットを渡され、それを希美に見せた。希美が「音大受けるの?」と訊くと、彼女は新山に勧められたことを話す。みぞれは音大に興味など無かったが、希美が「私、ここの大学受けようかな」と言うと「じゃあ私も」と口にした。希美から祭りに誘われた彼女は困惑するが、「希美がいいなら」と告げた。
 梨々花は希美と後輩たちのお喋りを聞き、参考にしようと考えた。彼女はみぞれに「みぞ先輩」と声を掛け、「ダメでしたかねえ」と確認する。「ダメじゃないけど」と言われた彼女はオーディション前のダブルリードの会に改めて誘うが、みぞれは「私が行っても楽しくないから」と断った。

 みぞれは『リズと青い鳥』の文庫本を図書室へ返しに行くが、図書委員から返却期限が1ヶ月も過ぎていることを注意される。彼女が黙り込んでいると、希美が現れて「以後、気を付けます」と代わりに明るく謝罪した。
 みぞれがリードの糸を巻いていると梨々花が来て、「私にも出来ますかねえ」と言う。みぞれが「今度、教える」と告げると、彼女は喜んだ。梨々花は急に泣き出してオーディションに落ちたことを明かし、「先輩と一緒にコンクール行きたかったです」と漏らした。

 みぞれは希美から連休にプールにへ行こうと誘われ、「行く」と即答した。彼女が「他の子も、誘っていい?」と言うと、「珍しいねえ」と希美は驚くがOKした。後日、梨々花はプールでの写真をみぞれに見せ、「誘ってもらって嬉しかったです。夏の思い出が出来ました」と礼を述べた。
 全体練習でフルートとオーボエのソロパートを演奏した時、滝は希美に「オーボエの音を聴いていますか。貴方の方が少し感情的になり過ぎる部分がある。お互いの音を聴くことが何より大事です。貴方から鎧塚さんへ、そっと語り掛けるように」と語る。さらに彼は、みぞれに「貴方もフルートからの呼び掛けに応えなくてはいけません」と述べた。

 みぞれが梨々花のためにリードを削っていると、優子がやって来た。彼女は「音大受けるんだね」と言い、みぞれが「喜んでくれる?」と訊くと「もちろん。絶対に受かると思う」と述べた。優子が「希美が受けるから、みぞれも受けるの?」と尋ねると、みぞれは「変?」と口にする。優子に「みぞれは、大丈夫?」と問われた彼女は、「希美が決めたことが、私の決めたこと」と答えた。
 麗奈が優子を呼びに来て、オーボエのソロで希美と相性が悪いのではないかとみぞれに告げた。「先輩の今の音、すごく窮屈そうに聴こえるんです。わざとブレーキ掛けてるみたいな。たぶん、希美先輩が自分に合わせてくれると思ってないから」と彼女が話すと、みぞれは「違う」と否定する。しかし麗奈は、「私は先輩の本気の音が聴きたいんです」と語った。

 麗奈が去ってから優子が詫びると、みぞれは「希美は悪くない。窮屈なのは、私が青い鳥を逃がせないから。だって希美は、今度、いついなくなるか分からない。私がリズなら、青い鳥をずっと閉じ込めておく」と語った。一方、希美は夏紀に「みぞれ、なんか私によそよそしくない?」と訊いていた。
 夏紀が「どこが?」と尋ねると、彼女は1年の時のことを今も根に持っているのではないかと言う。「私さ、リズが逃がした青い鳥って、リズに会いたくなったら、また会いに来ればいいと思うんだよね」と希美は話し、「それじゃリズの決心が台無しじゃん」と指摘されると「でも、ハッピーエンドじゃん」と笑った。

 コンクールに向けて、新山と橋本真博も練習に参加した。希美は全体練習の後で新山を呼び止め、音大を受けようと思っていることを話す。新山の反応は、希美の納得できるものではなかった。橋本はオーボエとフルートのソロパートに関して、「大丈夫?」と心配した。
 個人練習に入り、希美は新山がみぞれに指導する様子を見つめた。気付いたみぞれが手を振ると、希美は無視してしまった。希美が部室を出ると、みぞれが追い掛けて「何か怒ってる?」と不安そうに尋ねる。希美は笑顔を浮かべ、「怒ってないよ」と否定する。みぞれが大好きのハグを求めると、彼女は「今度ね」と受け流して去った。

 希美は夏紀と優子からソロパートの改善を求められ、「まあ本番までには何とかするよ」と軽く言う。久美子と麗奈がソロパートを一緒に吹いて楽しそうにしている様子を目撃した彼女は、「私さ、本当に音大に行きたいのかな」と呟いた。 みぞれは新山に、やはりソロのパートが分からないと相談する。
 「あのソロで何を表現しているの?」と訊かれた彼女は、「リズの気持ち」と答えた。「どんな?」と問われると、みぞれは「仲良くなった青い鳥を、鳥籠から出して、自由に」と説明する。「それはリズの行動で、気持ちではないわね」と新山が指摘すると、彼女は「気持ちは、私には分からなくて。好きな人を自分から突き放したり出来ないから」と述べた。

 希美は夏紀と優子に、「フルートは好きだけど、そもそもプロになりたいのかなって」と話す。「みぞれは知ってるの?」と訊かれた彼女は、「知らないよ。なんで?」と言う。優子は「一緒に音大行こうって言っておいて、プロになるのは違うから辞めますって、何?」と腹を立て、「どれだけみぞれを振り回したら」と批判した。
 夏紀は彼女を諌め、希美に「近くにいるからって、なんでもかんでも話すわけじゃないのねと告げた。一方、みぞれは「きっと好きな人を大切にしすぎてしまうのね」と新山から指摘され、青い鳥の立場になってはどうかと提案された…。

 監督は山田尚子、原作は武田綾乃(宝島社文庫『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』)、脚本は吉田玲子、製作は八田陽子&古川陽子&井上俊次&鶴岡陽太、企画プロデューサーは八田英明、プロデューサーは大橋永晴&中村伸一&斎藤滋&瀬波里梨&鎗水善史、キャラクターデザインは西屋太志、監修は石原立也、キャラクターデザイン原案は池田晶子、絵コンテは山田尚子、演出は石原立也&武本康弘&山田尚子&小川太一&澤真平、総作画監督は西屋太志、楽器設定は髙橋博行、色彩設計は石田奈央美&竹田明代、美術は篠原睦雄&長谷百香、3D美術は鵜ノ口穣二、撮影監督は髙尾一也、3D監督は梅津哲郎、編集は重村建吾、音響監督は鶴岡陽太、録音は名倉靖、音楽は牛尾憲輔、音楽プロデューサーは斎藤滋、吹奏楽監修は大和田雅洋、音楽(童話『リズと青い鳥』)は松田彬人、メインテーマソング『Songbirds』はHomecomings。

 声の出演は種﨑敦美、東山奈央、本田望結、藤村鼓乃美、山岡ゆり、杉浦しおり、桑島法子、中村悠一、櫻井孝宏、黒沢ともよ、朝井彩加、豊田萌絵、安済知佳、金子由之、前田玲奈、高橋花林、小岩井ことり、馬渡絢子、南真由、渡部紗弓、大地葉、島袋美由利、小原好美、久野美咲、七瀬彩夏、野瀬育二。

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 武田綾乃の小説を基にしたTVアニメ『響け!ユーフォニアム』の完全新作となる劇場版。監督の山田尚子と脚本の吉田玲子は、『たまこラブストーリー』『映画 聲の形』のコンビ。
 みぞれ役の種﨑敦美、希美役の東山奈央、夏紀役の藤村鼓乃美、優子役の山岡ゆり、新山役の桑島法子、橋本役の中村悠一、滝役の櫻井孝宏、久美子役の黒沢ともよ、葉月役の朝井彩加、緑輝役の豊田萌絵、麗奈役の安済知佳は、TVシリーズの声優陣。他に、リズの声を本田望結、梨々花の声を杉浦しおりが担当している。

 この映画はTVシリーズ2期の続編に当たり、原作小説の『北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』の内容を描く2つの映画の内の1本になる。当初、『波乱の第二楽章』は1本の映画で描かれる予定だった。
 しかし武田綾乃のプロットを見た山田尚子がみぞれ&希美に引き付けられ、本来の主人公である久美子たちの物語とは別に「みぞれ&希美の物語」として1本を作ることになった。つまり、この後に公開された『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』と本作品は、同じ時期を描いた物語である。

 この映画の企画が通ったことが驚きだ。まず『響け!ユーフォニアム』の劇場版なのに、タイトルに「響け!ユーフォニアム」の言葉が付かない。しかもTVシリーズの主人公である久美子や麗奈たちは、完全に脇に置かれている。それでもゴーサインが出るぐらい、作品の人気が高かったということだろう。
 ただ、原作は前後編のボリュームなので、ホントはTVシリーズとして全体をフォローした方がいいんじゃないかとは思うんだけどね。「みぞれ&希美の物語」に関しては1本の映画で描いてもいいとして、それ以外の部分を1本の映画に収めるのは、ファンからするとどうなのかねえ。どう考えても、削り落とす部分が多くなっちゃうわけで。

 TVシリーズでは、幾つものウーマンスが描かれていた。男女の恋愛要素もあるが、それよりも遥かにウーマンスの方が多かった。久美子と麗奈、夏紀と優子、葉月と緑輝、久美子と田中あすか、優子と中世古香織、香織と小笠原晴香、夏紀と香織。
 友人ではなく先輩と後輩の関係もあるが、とにかくウーマンスの要素が強い作品という印象がある。そして、みぞれと希美の関係も、やはりウーマンスど真ん中だ。TVシリーズ2期の前半で大きく扱われていた2人の関係だが、この映画でさらに掘り下げている。

 音楽に懸ける高校生たちの姿を描いた作品であり、だからジャンル的には「青春モノ」になるだろうか。しかしキラキラした青春ドラマと言うよりも、ドロドロした部分の多い作品だ。みぞれと希美の関係も、決して爽やかで明るいモノではない。
 例えば、希美が後輩たちと楽しそうに喋り、みぞれがそれをポツンと1人で見ているシーンが何度も描かれる。みぞれの寂しさ、希美との心のすれ違いが、様々な形で何度も表現されている。ハッピー満開の物語ではなく、切なさに溢れた内容だ。

 みぞれと希美の意識の大きなズレは、TVシリーズでも描かれていた。みぞれは希美が退部することを自分に打ち明けてくれなかったことを、「見捨てられた」と感じていた。しかし希美は、「みぞれは唯一のオーボエでレギュラーだから、退部騒ぎに巻き込みたくない」と考えていた。
 みぞれにとっては強烈なトラウマになるほど苦しい出来事だったが、希美からすると大した問題ではなかった。だから希美は、みぞれが苦しんでいる理由も全く理解できていなかった。

 過去形で書いたが、今でも希美は、みぞれが彼女を見るだけで嘔吐するぐらい辛い思いを抱えていたことを分かっていない。自分の退部を伝えていなかったことは、みぞれが苦しむような問題だと理解していないのだ。その根本には、お互いの相手に対する依存度が大きく関係している。
 みぞれにとって希美は唯一の友達であり、彼女の存在が全てなのだ。それは極端な表現ではなく、みぞれは「希美が行く場所には全て同行したいし、希美が誘ってくれるなら何でもする」というぐらいの気持ちを持っている。彼女の判断基準は、何かに何まで希美次第なのだ。

 一方の希美からすると、もちろんみぞれは一番の親友だが、「他にも大勢の仲間がいる」という感覚だ。夏紀と優子も親友だし、後輩たちとも仲良くしたい。常に寄り添っていこうとするのはみぞれの方で、希美は自分のペースを崩そうとしない。みぞれのために遠慮したり、気を遣ったりすることは一切無い。
 みぞれは「希美さえいれば他には誰も要らない」という考えなので、後輩とも積極的に打ち解けようとしない。夏紀や優子が優しくしてくれても、「気を遣ってくれる吹部の同級生」でしかない。

 みぞれは口数が少なくて人付き合いが下手だが、単に感情表現が苦手なだけで、希美への素直な気持ちを隠そうとしているわけではない。一方、希美は明るくて人付き合いがいいが、本音を隠している。希美は器用に見えて不器用な部分があり、みぞれに頼ることが出来ない。自分の方が引っ張っていく立場だった関係性に固執してしまい、簡単に弱みを見せたり、相談したり出来ないのだ。
 性格は正反対と言ってもいい2人だが、言葉で気持ちを分かりやすく出していないという部分は共通している。だから、ふとした時に見せる表情や、ちょっとした仕草、台詞の間や言い方によって、心情を表現しようとしている。終盤に入り、みぞれと希美は初めて互いの本音を言葉にして投げ掛ける。ずっとすれ違っていた2人の思いが、ようやく真正面からぶつかり合うのだ。

 みぞれは自分がリズで、希美を青い鳥のように繋ぎ止めていると思っていた。そして希美も、自分を青い鳥、みぞれをリズに重ねていた。しかし実のところ、みぞれが青い鳥で、希美がリズなのだ。最初は希美が吹奏楽部に誘ってみぞれも始めたという関係で、だから希美の方が演奏技術は上だった。
 だが、素質のあったみぞれは練習を重ね、いつの間にか希美の技術を追い抜いていた。それを希美は、何となく分かっていた。しかし認めたくなかった。この問題に関しては、みぞれの方が完全に無自覚で、その無自覚さが結果的に希美を苦しめることに繋がっていた。退部騒動とは全く逆の現象が、今まで描かれていなかった所で密かに起きていたのだ。

 しかし新山の助言を受けて、みぞれは自分を青い鳥に重ねてみる。そして彼女は、リズが望むなら青い鳥は飛び立つしかない。それが愛の形なのだと理解する。次の全体練習で、彼女は第3章を通しでやってみたいと頼む。
 もう彼女は、希美に合わせて窮屈な演奏をしない。自分の思うように、自由に演奏する。翼を広げ、空へ飛び立つ。愛の形として、自分の全力をぶつける。希美は圧倒的な実力の差を見せ付けられ、完膚なきまでに打ちのめされる。薄々は気付いていた現実を、明確な答えとして提示されてしまう。

 残酷だけれど、音楽の世界では、どんなに頑張っても追い付けない能力の差が存在する。才能が無い人間は、どれだけ頑張ったところで天才には敵わない。しかし希美にとっては劣等感を感じる相手でも、みぞれからすると「そんなのは関係ない」ことなのだ。
 彼女にとって希美は、いつまでも追い掛けたい存在で、いつまでも大好きな親友なのだ。希美と一緒にいることが、彼女の全てだ。希美が誘ってくれた、友達になってくれた、優しくしてくれた。だから彼女は、希美の全てが好きなのだ。しかし希美からすると、同じような気持ちになることは出来ない。「のぞみのオーボエが好き」と言うのが、精一杯なのだ。

 みぞれは大好きのハグによって、希美を受け入れようとする。だが、幾ら彼女が全力の愛を注いでくれても、希美の劣等感は消えない。出来てしまった壁は崩れない。表面的には今までと同じように接していても、2人は別々の道を進むことが確定している。とても悲しいけれど、これはお互いが前に進むためには超えなければいけない通過儀礼だったのだ。
 TVシリーズと違って、最初に登校シーンを描いた後は、ラストまで校内のシーンだけで構成されている。学校は鳥駕籠であり、最後になってみぞれと希美が一緒に外へ出るシーンが用意されている。大枠で言うと良くある話かもしれないが、それを高いレベルにまで昇華させている丁寧で繊細な描写が素晴らしい。

(観賞日:2022年7月28日)

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