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『水戸黄門』:1957、日本

 板橋宿を訪れた水戸光圀は、野良犬の群れに畑が荒らされて百姓たちが逃げ出す様子を目撃した。将軍綱吉が生類憐みの令を出したせいで、庶民は犬を恐れるようになったのだ。光圀は家来の佐々木助三郎と渥美格之進に、「将軍家の誤り、幕府の罪じゃ」と告げる。彼は綱吉だけでなく、老中の柳沢吉保や酒井忠清にも責任があると指摘した。
 茶店に立ち寄った光圀は店主と話し、野良犬が多いのは江戸から捨てに来るせいだと知る。さらに光圀は、仁吉という百姓が畑を荒らした犬を撃ち殺して処刑されたことも聞かされた。

 光圀は助三郎に、仁吉の母であるお駒を訪ねて仏前に五十両を備えるよう指示した。そして格之進には、野良犬の皮を剥いで将軍家へ送るよう命じた。綱吉の元には、光圀からの献上品として野良犬の皮が届いた。献上品には光圀の手紙が添えられており、罪人として自分を処罰するよう書かれていた。
 綱吉は光圀が厳しく諌めていると理解し、老中の柳沢吉保に「生類憐みの令は過ちだった」と言う。彼は生母の桂昌院や隆光大僧正の反対を押し切り、生類憐みの令を改める布告を出すよう柳沢に命じた。

 布告の札に集まる野次馬の元に近付いたスリの宇之吉は、浪人の田川大六に内容を教えてもらう。喜んだ彼は「今日はいけねえ」と漏らし、盗んだ巾着を田川に返して立ち去った。女スリのお六は顔見知りの宇之吉に声を掛け、布告は光圀のおかげだと教えた。
 江戸に入った光圀は、ものものしい警護を受ける行列を目にした。彼は岡っ引きの伝七に尋ね、越後高田藩の国家老を務める小栗美作の行列だと知った。国家老の警護に奉行所の役人が出て来るのは筋違いであり、光圀は助三郎と格之進に調査を命じた。

 高田藩江戸屋敷に着いた小栗は、家臣の野中主水に許嫁のお縫が来ていることを教えた。小栗はお縫だけでなく、お琴とお吟という娘たちも同行させていた。小栗は野中を呼び寄せると、二番家老の萩田主馬が幕府評定所に訴願した問題について話した。
 彼は野中に、剣客の関根弥次郎を味方に付けた萩田が一味を囲い、自分に御家横領の企み有りと申し出たのだと説明した。野中は小栗に、江戸詰の家臣は全員が潔白を信じていると告げた。

 小栗は野中に、家臣の戸澤監物が心配していること、娘のお縫を役立ててほしいと申し出たことを話す。彼は監物から預かった書状を渡し、お縫との縁組が破談になったことを伝えた。野中は困惑しながらも承知するが、お縫の役目について訊いても小栗は教えなかった。
 小栗は野中に、吉原へ遊びに行くよう促した。野中が消極的な態度を示すと、小栗は命令だと告げた。光圀は助三郎と格之進から、高田藩で御家騒動が起きていることを聞いた。すぐに彼は、関根がどちらの側に付いたのかを尋ねた。

 江戸の旅籠に来ている萩田は家臣の島木新三郎から、小栗が江戸屋敷に入ったことを知らされる。家臣の葉山庄之助が小栗を斬るべきだと主張すると、萩田は幕府評定所の採決を待つよう諭した。小栗の間諜である葉山は、彼の元へ戻って萩田の動きを報告した。小栗は家臣の根田八郎太に、柳沢の屋敷へ女たちを連れて出向くことを告げた。
 仲間たちと吉原を訪れた野中は全く楽しむ気にならず、すぐに去ろうとする。仲間の発言でお縫が献上品になると知った彼は、急いで江戸屋敷へ戻る。しかし既に小栗はお縫たちを連れて出発しており、捜索に出ようとした野中は仲間に捕まって牢に入れられた。小栗が柳沢の屋敷に着くと、酒井も来ていた。柳沢の側近である藤井紋太夫は3人の女を確認し、満足そうな表情を浮かべた。

 採決の日、幕府評定所に萩田と小栗が赴くと、月番老中の酒井が現れた。酒井は萩田の主張を全て偽りと断定し、島流しにするという採決を通告した。萩田が抗議すると、酒井は綱吉の採決だと告げる。憤慨した萩田は小栗に襲い掛かろうとして、役人たちに取り押さえられた。採決の内容を知った島木たちは納得できず、葉山の制止を無視して萩田の奪還に向かおうとする。
 そこへ関根が到着し、萩田が島流しになると聞いて「生きていれば、策はまだある」と告げる。彼は島木たちに、江戸にいる光圀を見つけ出して力を借りる考えを説明した。島木たちが小栗を斬ると言い出すと、彼は時期を待つよう諭した。

 採決を知った光圀は裏に何かあると確信し、助三郎と格之進に柳沢の近辺を探るよう命じた。柳沢は藤井に、お縫を夜伽の相手にしたいと告げる。側室のおたきの方は柳沢の企みを悟り、彼の元へ行く。
 藤井を部屋から立ち去らせた彼女は、お縫に野中という許嫁がいることを語って「けなげな娘」と評する。おたきの方は柳沢に「おやめなされまし」と言い、耳にした密談の内容を指摘する。小栗は柳沢と酒井の袖にすがり、我が子を主君の養子にして御家の横領を企んでいた。

 小栗は家来たちに、関根を斬るよう命じた。葉山は関根を騙し、橋へ連れ出した。葉山が間諜だと見抜いていることを知った彼は刀を抜くが、すぐに斬られた。関根は小栗の家来たちに襲われ、銃弾を右足に受ける。それでも彼は次々に敵を斬り、退却に追い込んだ。その場に通り掛かった宇之吉は、関根を医者に連れて行く。
 野中は牢を破って江戸屋敷を抜け出し、柳沢の屋敷に向かう。塀を乗り越えようとする野中を見た助三郎と格之進は制止し、光圀の元へ連れて行く。事情を聞いた光圀は、綱吉が老中たちの企みを理解していないのだろうと推測する。彼は野中に必ずお縫を取り戻すと約束し、時勢を待つよう告げた。

 おたきの方はお縫を呼んで小栗の企みを教え、助けてあげたいと思っていることを話す。彼女が寺への参詣にお縫たちを同行させる様子を、助三郎と格之進は野中を伴って密かに観察していた。助三郎と格之進は野中を帰らせ、寺へ赴いた。
 彼らは警護している柳沢の家臣たちを撃退し、本堂へ乗り込んだ。おたきの方は素性も分からぬ助三郎と格之進を信頼し、お縫を任せた。助三郎と格之進はお縫を連れて、寺から逃亡した。おたきの方は駆け付けた与力の春元次郎左衛門や伝七たちに嘘を教え、時間を稼いだ。

 助三郎と格之進がお縫を旅籠の水戸屋に入る様子を、通り掛かったお六が目撃した。野中とお縫が再会を喜ぶ様子を見た光圀は、「これでひとまず荷が下りた」と安堵した。
 お六は伝七から「腰元を連れたヤクザもんの2人が通らなかったか」と問われ、水戸屋に入ったことを教えた。春元たちは水戸屋に乗り込み、二階を調べようとする。そこへ光圀が現れて葵の御紋を見せ、正体を明かした。その様子を、お六が密かに覗き込んでいた。

 光圀は驚いてひれ伏す春元たちに質問し、小栗の警護は藤井の指示だったと知る。彼は百姓として水戸屋にしばらく滞在することを告げ、決して素性を口外しないよう言い付けた。春元と伝七は柳沢の元へ行き、光圀の素性は隠したまま「水戸屋にいる百姓の連れが下手人」と報告した。
 藤井は家臣たちを水戸屋に差し向けるが、その動きを察知した光圀は旅籠を去っていた。光圀は野中とお縫に水戸へ行くよう促し、助三郎と格之進に送迎を指示した。

 お六は宇之吉と弟分の権次に遭遇し、大物を狙っていることを話す。宇之吉たちが馬鹿にしたので、彼女は腹を立てた。光圀は水戸から戻った助三郎と格之進と合流し、宿を探そうとする。光圀を目撃したお六は、自分が狙っている大物をカモにするよう宇之吉に持ち掛けた。
 お六は光圀を指差して素性を教え、お守り袋を盗むよう宇之吉を挑発した。宇之吉はお守り袋を盗んで逃げるが、光圀たちが後を追うと土下座で待ち受けていた。

 宇之吉は光圀に謝罪してお守り袋を返し、会ってほしい人がいるのだと告げる。彼は光圀たちを長屋へ案内し、関根に会わせた。関根から助太刀を頼まれた光圀は、悪事の証拠が必要だと告げる。話を聞いた宇之吉は、長屋を飛び出した。
 小栗は藤井から、養子縁組が内定したことを聞いた。彼は使者に密書を渡し、高田藩へ届けるよう命じた。宇之吉はお六や権次たちの協力を得て使者から密書を盗み、光圀に届けた。密書を読んだ光圀は江戸へ戻って登城し、小姓の榊原縫之助に見張りを指示して綱吉と会う…。

 監督は佐々木康、原作は直木三十五(『黄門廻国記』より)、脚本は比佐芳武、製作は大川博、企画は玉木潤一郎&マキノ光雄&大森康正、撮影は吉田貞次、照明は山根秀一、録音は石原貞光、美術は鈴木孝俊、編集は宮本信太郎、擬斗は足立伶二郎、振付は藤間勘五郎、音楽は万城目正。

 出演は月形龍之介、市川右太衛門、片岡千恵蔵、中村錦之助 (萬屋錦之介)、大川橋蔵、東千代之介、大友柳太朗、千原しのぶ、長谷川裕見子、片岡栄二郎、尾上鯉之助、伏見扇太郎、花柳小菊、進藤英太郎、坂東蓑助[六代目](八代目・坂東三津五郎)、原健策、加賀邦男、薄田研二、大河内傳次郎、月形哲之介、清川荘司、吉田義夫、小柴幹治、高木新平、横山エンタツ、杉狂児、高松錦之助、中村時之介、有馬宏治、団徳麿、市川百々之助、水野浩、沢田清ら。

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 月形龍之介が主演を務める「水戸黄門」シリーズの第11作。月形龍之介の映画生活38周年記念として製作された。シリーズ初のカラー・シネマスコープサイズ作品。監督は『大名囃子』『喧嘩道中』の佐々木康。脚本は『任侠清水港』『旗本退屈男 謎の紅蓮搭』の比佐芳武。
 関根を市川右太衛門、綱吉を片岡千恵蔵、宇之吉を中村錦之助 (萬屋錦之介)、格之進を大川橋蔵、助三郎を東千代之介、野中を大友柳太朗、お六を千原しのぶ、お縫を長谷川裕見子、伝七を片岡栄二郎、島木を尾上鯉之助、榊原を伏見扇太郎、おたきの方を花柳小菊、柳沢を進藤英太郎、酒井を坂東蓑助(六代目。八代目坂東三津五郎)、葉山を原健策、藤井を加賀邦男、小栗を薄田研二、萩田を大河内傳次郎が演じている。後に「東映城の三姫」と呼ばれるデビュー直後の桜町弘子も、お琴役で出演している。

 1950年代の東映時代劇には、数多くのシリーズ作品があった。シリーズ映画なので、サブタイトルを付けるのが仕様になっていた。しかし、この作品はシリーズ第1作でもないのに、サブタイトルが付けられていない。夏休みに公開されたオールスター映画なので、「特別な作品ですよ」ってことをアピールしたくてサブタイトルを外したのかもしれない。
 ちなみに翌年の『旗本退屈男』も同じパターンだ。ただ、『水戸黄門』に関しては、3年後の1960年にはサブタイトル無しのオールスター映画が製作されているんだよね。それぐらい、確実に多くの観客を呼び込めるシリーズだったということだね。

 月形龍之介は1920年に映画デビューし、剣劇スターとして活躍した。市川右太衛門や片岡千恵蔵らと並び、「七剣聖」と呼ばれる人気役者だった。しかし戦後に入ると、キャリアの大半は脇役になった。そして、その多くは悪役だった。そんな彼が東映時代劇で珍しく善玉、しかも主演を務めたのが、「水戸黄門」シリーズである。
 ちなみに、TBSが放送していたTVシリーズのナショナル劇場『水戸黄門』では東野英治郎、西村晃、佐野浅夫が初代から3代目まで光圀役だが、それまでは悪役の多かった面々だ。これはたぶん、月形龍之介の映画シリーズがヒットしたことの影響があるんじゃないかと思う。

 オールスター映画なので、普段は主演を務めている俳優が次から次へと登場する。具体的に名前を列挙すると、市川右太衛門、片岡千恵蔵、中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、大友柳太朗が主演スターだ。中でも別格なのが、当たり前だが市川右太衛門と片岡千恵蔵の両御大である。2人は当時の東映で取締役も兼任しており、ピラミッドの頂点だった。
 だからオールスター映画が製作されると、どちらかが必ず主演を務めた。主演を外れた御大は出演者クレジットでトメを担当し、製作サイドは特別出演や実質的なダブル主演のような扱いで配慮していた。両方が主演を外れたのは、これが初めてだ。それを両者が何の文句も言わずに容認するぐらい、ガタさん(月形龍之介)が敬愛される存在だったということだ。

 ただ、主役を外れても、やはり市川右太衛門と片岡千恵蔵はスターのオーラを放ちまくっている。この2人が登場すると、その場の空気が一気に変化する。どうしても注目を集める存在になる。特にオーラを隠し切れないのが市川右太衛門で、彼が登場すると完全に主人公としての立ち振る舞いになっている。
 それもそのはず、彼は東映に入社する際、「主演しかやらない」と条件を出した人なのだ。だから形としては主役を譲っても、気持ちとしては「俺が主役」ってことだったんだろう。何しろ、年を取っても、東映を離れても、死ぬまで主演にこだわった人だからね。その辺りは、脇に回ることも受け入れた片岡千恵蔵とは大きく異なるのだ。

 しかし月形龍之介が市川右太衛門や片岡千恵蔵と同じ画面に入ると、ちゃんと彼が主役になっている。それは両御大が彼に遠慮して、その時だけ主役オーラを薄めているわけではない。それまでと同じような芝居を彼らは続けているのだが、月形龍之介が登場すると「やっぱり、こっちか主人公」という印象になるのだ。
 普段は両御大の主演映画において、月形龍之介は何度も悪役として対峙している。だから彼と両御大のツーショットってのは、見慣れた光景だ。でも「水戸黄門」シリーズでは、主人公としての存在感を放っているのだ。

(観賞日:2020年7月23日)

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