毎日綴る想い
その昔。
と言っても学生時代だが、よく詩を書いていた。
銀色夏生さんの詩に憧れて、作詞活動をしたいと思ったし、音楽で自分を表現したいと思ってた。
ただ、技術も発想も、何もかもが全然伴わなかった。
自分の詩は、別段コンテストに応募したり、人に見せたこともない。
褒められたりしたこともない。
ただ、自分の想いを書いて書いて、書き綴っていた。
誰かのことを想ったり、自分を褒めたり、苦しめたりしたこと。
綺麗な言葉、清らかな愛を信じながら、絶望に喘いだこと。
人や社会、いくつもの葛藤をしながら、溢れ出て来る想いを書いていた。
そのうち、心が清濁併せ吞むような人間関係を築いていくと、自分が最初に思い描いた世界を詩で表現できなくなった。
素直で純粋無垢な言葉で自分の想いを綴れなくなった。
そして、詩を書かなくなった。
誰かを。そして何かを想ったりすると、そのうち言葉が溢れてくる。
その言葉を紡いでいると、思いになり、詩になり、文章になる。
詩を書いている時に、将来、何をやりたいとかの想像すらできなかった。
占いにも、出会っていなかった。
ただただ、自分の殻の中だけで過ごしていた。
時は経ち、自分で何かを表現できる事を見つけた。
そして、自分が想像していた以上に、文章が書けるようになった。
私のnoteで読んで下さる方もいる。
毎日きれいな文章でないし、うまく書けたと手ごたえのある文章もある。
でも、良い文章は毎日は続かない。
自分のセンスのなさを感じることもよくある。
以前も書いたが、今は質より量を目指している。
量を書いて、自分に自信を付けることが大切だからだ。
そのうち「質」にシフトする日がやって来ることも知っている。
自分自身を見つめながら。
世の中を考えながら。
今日もまた、僕は自分の想いを綴っている。
今日はnoteを始めて、一番とりとめのない文章になってしまった。
まあ、毎日書いているとこんな日もあるね。
また明日、今日よりも素敵な文章が奏でられることを心から願う。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。