【創作】カイギュウがいた村(第2話)
第2話 化石の日
通い慣れた帰り道、いつもの景色のはずなのに何だかぼんやりしている、ランドセルと靴が重く感じる。美幸は何も言わずに後ろを付いてくる。悠然と流れる阿賀野川が視界に入り、西芳賀橋に差し掛かったところで東にある新郷ダムを見た。ダムはいつもどおりどっしりと存在していて、何だかホッとした僕は足を止めて美幸に声をかけた。
「美幸にも聞こえてたの」
美幸は黙って頷いた。僕は確認したかったのは
「お母さんが癌なんだから、なるべく一緒にいた方がいいよ」
という剛君の言葉だとすぐに判ってくれた。
昼休みに新しいゲームソフトを買って貰ったという話を剛君が教えてくれたから、いつものように「僕にもやりたい、帰りに剛君の家に行ってもいい」と聞いた時に、とんでもないことを言われてしまった。その後は、何のことを言われたのか全然判らなくて頭の中が真っ白になったまま自分の席に戻り、剛君の言葉とお母さんのことを繰り返し考えていた。
まだ本当のことは判らないけれど、いつもと変わらない阿賀野川や新郷ダムを見て少しだけ気持ちに余白ができた気がする。お父さんの話だとドラゴンクエストという昔のゲームで橋を渡ると世界観が変わり強い敵が登場したらしい。僕たちは毎日のように西芳賀橋を渡るけれど何も変わることがない。いつものように橋の南には学校が、下には阿賀野川があり、北にはカイギュウセンター、そこから少し歩くと僕や美幸の家がある。そう、変わらない日常ってやつがあるはず、だから何も恐れずに橋を渡ればいい。
「賢治君は何も聞いてないの」
背中に小さな声が届いた。
「何も聞いてない、癌が本当だとしたら余計な心配をかけたくなかったんだと思う。癌は治る病気だから、心配要らないのかもしれないね」
振り返らずに答えた。ずっと幼馴染をしているから、声だけで美幸悲しそうな顔をしていることが判ったから顔を見たくなかった。なるべく普通に答えたつもりだけど、不安で一杯な気持ちは美幸に伝わっちゃったんだろうな。
カイギュウセンターがある丘の横を通りながら、お母さんと何回も来たことを思い出した。小学校の廃校跡を活用したカイギュウセンターは、村で採取された化石や関連資料、ステラーカイギュウの模型とかが展示してある施設だ。高里村は奥深い山の中にあるけど、昔は海の底にあってカイギュウという大型哺乳類の化石も見つかっている。そんなに大きな施設じゃないし展示物もそんなに変わらないのに、お母さんは毎年誕生日が近づくと僕を連れてきてくれた。お母さんはカイギュウセンターが大好きだった。何回目に来た時か忘れたけど、一回だけ理由を教えてくれ。
「誕生日を象徴する宝石のことを誕生石って言うんだけど、ダイヤモンドとかサファイアとか華やかな宝石とか綺麗な石が多いのよね、なのにお母さんの誕生石は『化石』だったの。最初は凄いショックで『何で地味で何の輝きもない化石なの』って何度も泣いたけど、大人になってからは化石が大好きになったの。だから誕生日が近くなると化石に感謝の気持ちを伝えたくなるのよね。誕生石のことを自虐的に話したら、聞いた人が『化石は時代を超えて生き続ける命の結晶、命の輝きだ』って言ってくれて、それから自分の誕生石の化石が大好きになったの。お母さんは地味で面白味が無い女の子だったけど、だれかを輝かせることができるかもしれない、生きていることに感謝したいって思うようになったの」
お母さんの誕生石が化石なのに、ずっと時代を超えていくはずなのに、こんなに早く命の輝きが無くなるなんてありえない。人間だからいつかは死ぬけど、まだ三十代なのに癌なんてあり得ない。誰よりも優しいお母さんがそんな酷い目に合うなんて、おかしすぎるし、酷すぎる話だ。
僕は空を見上げた。雲はさっきよりも重暗い色になっていて、もう少しで雨が降りそうに見えた。
「少し急ごう、雨が降るもしれない。傘が無かったから早めに帰れて良かった」
後ろを振り向き、声をかけた。
「私も傘が無かったから、助かったわ」
ちょっとぎこちないけど、笑顔を見ることができて少し安心した。そう、悪いことばかりが起きるんじゃないんだと思う。
(第3話につづく)
第1話はこちらです。
(ちょっと舞台裏です)
誕生石として『化石』があるのは本当です、11月10日になります。私の記憶が確かなら2020年11月にnoteの記事を通じて知りました。この時から「いつか化石をモチーフにした物語を紡ぎたい」と考えるようになりました。そこから4年以上何も書けずにいましたが、福島県喜多方市(旧高郷村)に「カイギュウランド」という施設があることを知りまして、2024年8月に初訪問したことで「村ー化石ーカイギュウで物語を書きたい」と資料を集めつつボヤンボヤンとプロットを考えていました。ところが話が煮詰まらないのです。もともと筆力が無いので仕方ないけど、このネタを没にはしなくない。ということで、煮詰まらない話だけにツマラナイ話で終わる可能性が高いですが、それはいつものことと開き直って書き始めました。
完結できるのか不安ですが「書かなきゃ完結しない」ということで、頑張ります。ということで
#note書き初め
noteの新年恒例お題!
新しくチャレンジしてみたいことや達成したいこと、2025年の抱負は
「(仮題)カイギュウがいた村」を完結させてからの、kindle出版そして文学フリマ東京40又は41での販売です。
お付き合いいただきますようお願いします。
#何を書いても最後は宣伝
ここ数年、初詣は二本松市にある「木幡山 隠津島神社」です。この神社がある「木幡」を舞台とした物語がこちらの2作品です。
どういう訳か「阿武隈川」「只見川」「阿賀野川」など、川が登場するお話が多い傾向にあり自分でも不思議です。