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次代を創る「スマートビル・スマートシティ」:その7「4. SDGs・エネルギー削減・働き方改革につながるスマートビル」

4.1.  アメリカで進むビルのエネルギー削減に活用されるデジタル技術


アメリカの不動産業の最大の注目は、エネルギーコストの削減だ。エネルギー価格は原油価格の上昇と共に、大きなコスト増要因となっている。

ハワイ州の電気料金が全米1位。2位がアラスカ。カリフォルニア、ニューヨークもトップ10州に数えられる。それゆえ、いかにエネルギーコストを削減するかが、不動産経営上重要となっている。

また、米エネルギー省(Department of Energy)は「Better Buildings Initiative(ベター・ビルディング・イニシアティブ)」を推進しており、2022年までに不動産の省エネについて、2012年比20%以上の向上をめざし、2018年時点で、9200億円のエネルギーコスト削減を実現している。

また、最近では、AI、IoT活用によるビルのエネルギー効率、エネルギーコストの改善につながる各種センサー等を利用した不動産IT技術の導入が盛んにおこなわれている。ジョンソンコントロールズの調べによれば、世界各国のビル所有者および管理者3,500名のうち85%が、ビルの運用管理の効率化においてエネルギー管理を最も重要視しており、IoTセンサーなどを活用して、エネルギーの見える化が図られている。

図は、米Enertiv社というエネルギー管理ソフトを開発しているスタートアップ企業であるが、経営者もビル管理者も同じ画面を共有することで、それもPCでも、スマホでも使え、意思決定が速やかに実施できるようなシステムを構築している。

図 17 Enertivにおけるエネルギー管理の事例その1


図 18 Enertivにおけるエネルギー管理の事例その1


図 19 Enertivにおけるエネルギー管理の事例その2

4.2.  デジタルデータ利用で進むスマートビルの環境先進対策

この冬は暖冬で、スキー場に雪が降らないなど、地球温暖化の影響を指摘する人も多い。実際、国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の予測によれば、CO2削減などの温暖化対策を行わない場合、21世紀末までに4.8度の温度上昇となり、東京でも真冬なのに真夏日になる日が出るとの予想がある。こうならないため、グーグルでは、各自治体のCO2排出量を可視化するようなホームページEIE(Environmental Insights Explorer)を公開し、CO2削減につなげようとしている。そこでは、独自のアルゴリズムによりCO2排出量を算出しているが、ベースとなっているのは地図データであり、建物データだ。これらがデジタル化されたことにより、環境負荷の推定が可能になっている。

このように、IT技術、AI(人工知能)技術の急速な発達、普及により、ロボット活用、5G(第5世代移動通信システム)、自動運転、クラウドなど、生活のあらゆる部分がデジタル化される社会がまさに実現しようとしている。このような社会では建設の初期段階から、より詳細な建物のデジタルデータの提供を求める声が、発注者や利用者から、相当強くなることが予想される。

それは、次に述べるように、建物の「デジタルデータ」が社会にとって必須の情報になりつつあるからだ。

① (人工知能やロボット活用などのデジタル革新等が進む)ソサエティ5.0社会においては、不動産取引、設備機器の制御、不動産管理などを円滑かつ自動的に制御するためには、建物のあらゆるデータがデジタル化されている必要がある。

② スマートシティ開発のためには、自動運転などのため、その主要な構成要素である道路や電線などの「インフラ」に加え、建物の「デジタルデータ」が求められる。

③ 省エネルギーの推進、ゼロエミッションの実現など建物の環境対策を強力に推進するためには、シミュレーション可能な建物の「デジタルデータ」が必要である。

さらに不動産業では、不動産の売買、交換、賃貸等の不動産取引、不動産の維持管理、運営及び、不動産仲介などについて、デジタル化が急速に進みつつある。不動産取引で、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)の機器を利用して実物不動産の内見せずに、ブロックチェーン取引で、PCやスマホにより不動産取引、契約ができるところまで来ている。また、維持管理段階においても、ビルのあらゆるところに各種センサーを取り付け、そこから得られるビッグデータの分析で機器の不具合を予測したり、Wi-Fiによる測位サービスを活用し、商業施設の売上予測に活用したりするなど、これまでにない新たなサービスも生まれている。

これまでBIMの活用については、設計事務所やゼネコンの業務効率化の観点から、多くの検討がなされてきた。しかし、建物の「BIM」は、むしろ発注者や利用者にとって、「ソサエティ5.0」時代を生き残るために必要不可欠とも言えるデジタルデータであると、再認識すべきだ。早期に社会で活用できるBIMを供給できる体制を整え、「ソサエティ5.0」構築という社会要請に応える建設産業として、建物や都市のデジタル化を推進したいものだ。

4.3.  スマートグリッドで進む自然エネルギー活用

ベトナムの原子力発電所の受注に、官民連携、異業種連合により成功するなど、鉄道や原子力発電、水ビジネス等のインフラビジネスの輸出分野で、異業種連合による成功事例が出始めている。

他産業が建設産業へ参入したり、建設産業と組んだりする事例は多い。例えば、太陽光発電を住宅の屋根として組み入れることで、一気に普及が図られたり、ビール会社が緑化ビジネスに参入したりするなどである。PFIにおける金融業界の役割も、建設産業への参入であろうか。トヨタ自動車でも、プラグインハイブリッド車や電気自動車に対応した住宅のエネルギー統合管理システムを開発したとの新聞記事が最近、掲載された。料金負担とCO2排出量が最少になるよう、スマートフォンを使って、車の充電や住宅の電力消費を調整することができると言う。いわゆるスマートグリッド(次世代送電網)の構築の一翼を担うシステムとなることが期待されているとのこと。住宅と車のコラボレーションが具体化するプロジェクトとして注目を集めているが、このトヨタ自動車のチャレンジを単純に一企業の取り組みに終わらせるのではなく、住宅産業や建設産業、電力産業、IT 企業、素材メーカー等、多くの企業の連携、異業種連合により、より高度化し、国際市場で勝てるシステムに育てることが必要だと思う。

その意味で、やはり、単独の業種に留まらない、幅広い異業種連合が必要な時代となってきていると感じる。

政府も、「新成長戦略(2010)」で指摘されているように、グリーンイノベーションによる環境・エネルギー大国戦略(老朽建物建替え、緑の都市化、電気自動車、太陽光発電、スマートグリッドなど)、ライフ・イノベーションによる健康大国戦略(バリアフリー住宅、医療サービス付き高齢者介護施設、幼児保育施設など)、観光立国・地域活性化戦略(大都市の再生、住宅投資の活性化、中古住宅市場の整備、耐震改修の促進など)、IT戦略(クラウドコンピューティングなど)などに見られるように、単純な建設投資に留まるのではなく、さまざまな企業との協調により、国内投資案件が成立するような施策の推進が図られようとしている。

今後は、建設産業から他産業へ積極的に連携を図るように仕掛けていきたいものだ。

新成長戦略を施設整備という狭い範囲で見ている限り、建設産業は受注産業に留まるし、利益の少ないコスト競争を強いられる結果となるであろう。むしろ、これから生まれるかもしれない国内投資案件を建設産業の成長の機会ととらえ、ぞれぞれの成長分野での異業種連合を仕掛けることが必要である。建設産業が受注産業としての役割に安住するのではなく、むしろ異業種連合の核として、川上戦略における地位を得られるべく、積極的に異業種連合の構築を進める努力が、これまで以上に必要ではないか。

4.4.  スマートビルに必要なBIM

世界の「常識」、日本の「非常識」という言葉がある。

クルマの世界では、日本ではハイブリッド全盛だが、ヨーロッパ市場では全体の1割程度、北米市場も日本と同程度の台数が売れているが、年間販売台数が北米市場は日本市場の4倍の年間2千万台であることを考慮すれば、ハイブリッド車は世界的には売れていないタイプのクルマなのだ。欧州ではクリーンディーゼル車が主流になっているし、米国ではテスラモーターに代表されるように、一気に電気自動車へ移行しつつある。日本のハイブリッドがスタンダードだと思うと、世界は全く違う世界で動いている。

テレビや冷蔵庫などのエコポイントによる家電販売も、結果的には、コスト競争力を失っていた日本製の白物家電を延命させ、多くの家電業界が苦境に陥ったことは記憶に新しいところだ。

エコカー減税も、エコポイント家電も、結果的には、ガラパゴス化の延長につながっただけのことだ。

ガラパゴス化からは革新的なイノベーションを生まなかったのは歴史が証明するところであろう。

ガラパゴス携帯は有名だが、様々な産業分野においてガラパゴス化が進んでいるのがいまの日本の現状ではないか。

建築業界のBIMにおいても、世界の「常識」、日本の「非常識」が存在する。英連邦を含む英米系の各国ですでにBIMの大学、職人学校における教育システムが確立され、ツールとしての活用が始まっている。しかし、日本の大学でBIMを教えている建築コースはほんのわずか、また、ゼネコンもシンガポールのBIMスタンダードは日系ゼネコンが協力してBCAスタンダードを確立し、2015年からは第二段階にさらにステップアップしているが、日本では何ら役に立つBIM議論はない。しかも、日本の中では各ゼネコン、設計事務所がすり合わせのないまま勝手にBIMに取り組んでいる。デジュールも生まれなければ、デファクトスタンダードも生まれないのが今の日本の現状だ。

マグロウヒル社の調べ(2012年)によれば、設計事務所を含む米建設関連企業の7割でBIMが使われている。すでにBIMは一般的なツールになりつつあるのが、世界の常識。いかに、日本の存在感を入れ込むかが、本当の課題だが、業界を含めて、国内競争に注力している姿は、日本国内の市場を獲得するために無駄な競争をしている家電業界の現状と一緒ではないか。一致団結し、オープン化してこそ、デファクトスタンダードを築けるはず。業界としての姿勢が問われている。

何が求められるのか?それは日本の技術者が得意とする専門知ではなく、全体知を活用することだ。日本の各ゼネコンにおけるBIMの技術力は高い。しかし、全体を結びつける能力が低いために、市場を獲得できていないことに課題がある。

国際市場での競争に勝ち抜くためには、世界の「常識」で闘う必要がある。

一方、政府は国のデジタル化の遅れを取り戻すため、「デジタル庁」を設置し、行政サービスのあらゆる分野でデジタル化を強力に推進している。

電子政府を英語でGAAS(Government as a Service)と言うが、GAASとは「国民に対し、ITを用いて良質な行政サービスを提供すること」だ。デジタル先進国のエストニアでは、全国民にIDを付与し、役所に行かなくても行政手続きができ、選挙もオンライン上でできるシステムを構築している。インドでも、「アーダール」というマイナンバーを全国民に付与し、顔認証、指紋認証、虹彩認証を組み合わせて、デジタルID基盤を構築している。このシステムが画期的なのは、簡単に民間の開発したアプリに連動でき、どんな田舎でも、携帯電話があれば簡単に医者を予約できるなど、国民の利便性が具体的に高められている点だ。

さて、建設や不動産の分野でも、デジタル化はさらに加速するはずだ。

そのためには、建設の生産性を向上させるための「生産者側デジタル化」と施設や建物を使う発注者や利用者の「需要者側デジタル化」の2つの要素を同時に動かすことを考えるべきだ。

いま官民ともにBIM/CIMを推進しているが、日本のBIMは生産者側の設計者、施工者間の情報ギャップを埋め、生産効率を向上させることが目的となっている。その結果、生産者側と需要者側の間で、BIMへの取り組みにギャップが生じている。日本のBIMは需要者側には不要なものと見られている。

欧米では、温度・人感センサーだけでなく大量のIoTセンサーから生ずる大量のデータをAIで分析する仕組みを構築している。そのデータ活用のためには、維持管理段階で有効となる位置情報に必須となる「BIMデータ」とファシリティマネジメントで活用される「ビル管理データ」を組み合わせることで、SDGs時代に求められるエネルギー使用量の削減を図る取り組みが積極的になされている。不動産オーナーにとっても、エネルギーの効率化は、ダイレクトにエネルギーコストの削減につながることから、その注目度はとても高い。生きたBIMデータの活用が実際行われている。

さらに、ここで得られたデータをベースに次の新たな不動産開発や設計や工事へ反映しつなげることができるなど、生産情報としてのBIMデータを需要側で活用し、そこで得られた知見を生産者側にフィードバックし、更に使いやすいBIMとしてデジタルデータの受け渡しがうまく回るような仕掛けまで作っている。

事実、英国のBIM基準である「BS1192」では、BIMデータを川上の設計者や施工者から、川下のビル管理者、発注者、利用者へ引き渡すイメージではなく、設計者、施工者、発注者が共有し、全員で次のプロジェクトにおける必要なBIMデータを定義し直す「情報サイクルマネジメント」として定義している。

使いにくいと評判の悪い「マイナンバーカード」も、政府は利便性改善に向けて取り組むそうだ。日本のBIMも、生産者側から一方的にデジタル情報を流す「河川型BIM」から、情報が川上から川下へ、川下から川上へフィードバックし、建設プロジェクトの改善につながるスパイラルアップする「連鎖型BIM」であって欲しいものだ。

米フェイスブックが実施しようとしている「リブラ」。全世界でフェイスブックのメッセージ機能を用いることで、簡便に送金ができる機能を目指している。既存の金融機関のビジネスをなくしかねないモデルということで、米政府で大きな話題となっている。

ICTやAIを利用して、ビジネスモデルを大きく変える事例は、他の分野でも続く。

シェアオフィス世界ナンバーワンの「WeWork」も、単にスペースを売るのではなく、ここで得られた世界中の個人データを分析し、保険の販売や顧客分析に活用しようとしている。これも新たなデータビジネスの導入によるビジネスモデルの変革だ。

アップル、IBMや富士フィルムといった伝統的な企業も、ビジネスモデルを大きく変革させた有名な企業だ。

「コマツ」は、世界56万台の建機をリモート監視できる「コムトラックス」で有名だが、これに加えて、既存の建機にも使える「レトロフィットキット」を導入する。既存の建機をICTで賢くしようというものだが、待てよ、新しい機械が売れなくなるじゃないか。コマツは、建機を売るメーカーから、他メーカーも含めた全世界の建機データを加工し、データ分析を売る企業へとビジネスモデルを変えようとしている。

国全体でビジネスモデルを変えようとしているのがシンガポールだ。シンガポールでは2015年から、床面積5000㎡を超える建物は建築確認申請で意匠、構造、設備のBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)のモデルデータを義務づけるとともに、全国土(東京23区の面積とほぼ同じ720平方㌔)の3Dモデルをスマホ、タブレット、PC、AR(拡張現実)・VR(仮想現実)端末などのデバイスで閲覧できる「バーチャルシンガポール」を実現している。道路工事を行う際は、工事の情報やシミュレーション結果、進捗状況などを複数の官公庁で共有できる。そのため、異なる機関が同じ場所で工事を予定している場合は、工事を同時に進めるなどの柔軟な対応が可能だ。車や人が混み合うことなく通行できるルートを算出することで、最も渋滞が起きづらい形で通行止めの場所と時間も決められる。また、デジタル化で、「デジタルによる設計」、「デジタルによる資産、工程管理」、「デジタルによるプレハブ化」、「デジタルによる建設」の4要素を取り入れたインテグレーテッド・デジタル・デリバリー(IDD: Integrated Digital Delivery)により、生産効率を30%程度改善しようというものだ。

英国規格協会(British Standards Institute (BSI)、参考: http://bim-level2.org/en/guidance/)では、BIMレベルを3段階に分けて提案しているが、シンガポールでは、すでにBIMレベル3(共通のBIMモデルを関係者間全員で運用するレベル)に向かっている。日本の現状はBIMのレベル1(2次元と3次元の組合せによって設計図書を作成するレベル)か。

BIM・CIMの進化は相当なスピードで進む。これまでの紙ベースでの意思決定システム、組織構成が全く変わり、建設の生産プロセスがデータやICT、AIに依存した形で、大きく変わる。その時、これまでのビジネスモデルが成立するのか、それとも新たなビジネスモデルへの変革が必要なのか、そろそろ大きな変革に向けた備えが必要な時期にきているのではないか。今から10年後、20年後の未来を見据えてほしいものだ。

4.5.  働き方改革につながるスマートビル

政府の働き方改革が進められているが、同一労働同一賃金、総労働時間短縮、労働生産性向上等の議論がなされているが、世の中のITやAIの動きは、これらの議論を吹っ飛ばすくらいのものすごいスピードで動いている。

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