さらば冬のかもめ〜ささやかな抵抗を描くジャック・ニコルソン主演のロードムービー
『さらば冬のかもめ』(The Last Detail/1973年)
『さらば冬のかもめ』(The Last Detail/1973年)は、「ジャック・ニコルソン幻の名作」と言われてきた作品。
というのも、この映画は3年後の1976年になるまで、日本では劇場公開されなかった。今では信じられない話だが、1970年代におけるアメリカ文化の輸入には、こうした時間差やブランクは珍しくなかった。だからこそ最先端の情報を届けてくれるPOPEYEのような雑誌に、若い世代は夢中になった時代でもあった。
さて、改めてジャック・ニコルソンの ぬよ70年代を振り返ると、その名作揃いぶりに驚く。『イージー・ライダー』(1969年)でアカデミー助演男優賞にノミネートされて、映画俳優としての知名度を上げたニコルソンは、その後『ファイブ・イージー・ピーセス』(1970年)で初主演。『さらば冬のかもめ』(1973年)や『チャイナタウン』(1974年)、そしてアカデミー主演男優賞に輝いた『カッコーの巣の上で』(1975年)へと続き、『ミズーリ・ブレイク』(1976)年でマーロン・ブランド、『ラスト・タイクーン』(1976年)ではロバート・デ・ニーロと共演。アメリカン・ニューシネマが育んだ名優へと登り詰めた。
監督は、映画ファンにはカルトムービー『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』、ロックファンにはローリング・ストーンズ最初のメガツアーを追った『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』で知られるハル・アシュビー。
3人の男たちの細やかな反抗を、人間らしさと温かさで包み込んだロードムービーの名作、それが『さらば冬のかもめ』だ。
登場人物たちは我々と同じように、「もがいても変わらない現実」や「こんなはずではない人生」と葛藤している。心の中に常に「そうであってはならない自分」がいる。
原作小説に惚れ込み、映画化権を手にしたプロデューサーのジェラルド・エアーズは指摘する。
(以下、ストーリー含む)
バージニア州ノーフォーク基地に駐在するアメリカ海軍下士官、バダスキー(ジャック・ニコルソン)とマルホール(オーティス・ヤング)に、ある日任務が下った。それは罪を犯した未成年の新兵を、ポーツマス海軍刑務所に護送するというもの。
8年の刑と懲戒除隊が言い渡されているメドウズ(ランディ・クエイド)は、凶暴どころかただの気弱な青年であり、本当は募金箱の金に手を掛けただけで盗んではおらず、慈善マニアの司令官夫人が設置したものであったための、いわば権力による見せしめだった。
与えられた期間は一週間。最初は「とっとと護送して、余った日数を日当を使って遊びに費やそう」と意気投合したバダスキーとマルホールだったが、不当な理由で青春期を棒に振ってしまうことになるメドウズが哀れに思えて同情を抱く。
バダスキーの思いつきのアイデアに、最初は反対するマルホールだったが、次第に「ポーツマスに着くまで、こいつに人生の楽しさを教えてやる」ことに同意する。
ワシントンやニューヨーク、そしてボストンへと、冬の寒さの中を移動していく三人。一緒に酒を飲み、喧嘩をし、ギャンブルで金を増やす。うまいホットドッグを食わせ、アイススケートをさせ、母親の家へ行く。
さらには日蓮正宗の集会を覗き、女たちを連れ出し、パーティに繰り出す。そして手旗信号を教え、童貞のメドウズに娼婦をあてがってやる。心を開いたメドウズ、そしてどこか笑顔のバダスキーとマルホール。狭いホテルの部屋を渡り歩く三人には、奇妙な友情が芽生えていた。
だが、いくら楽しませたところで、メドウズは刑務所に入る。メドウズを逃せば、自分たちの立場がヤバくなる。システムや権力に抵抗したところで、任務は完遂しなればならない。
そんな現実に虚しさを感じている時、メドウズが逃亡を図る。本能のまま追いかけて捕まえ、殴りにかかるバダスキーとマルホール。
“人生の楽しさ”を学んだのだから、メドウスの逃亡は当然のことだった。本当なら見逃してやりたかった。目的地の刑務所に辿り着くと、なんとも言えない気持ちのまま、傷だらけのメドウズは予定通りに収容される。
「お前らは虐待したのか!?」と偉そうな態度の将校に、書類ミスを皮肉たっぷりに指摘してやるバダスキー。その帰り道、「もうこんな任務は懲り懲りだ!!」と二人は悪態をつきながら歩き去る。ノーフォークに戻れば、またいつもの日々が始まるのだ。
文/中野充浩
*参考/『さらば冬のかもめ』パンフレット
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