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ファイブ・イージー・ピーセス〜ドロップアウトの空虚を描くジャック・ニコルソン初主演作

『ファイブ・イージー・ピーセス』(Five Easy Pieces/1970年)

この十数年、ネットメディアやマーケティング界隈で、「若い世代の○○離れ」というフレーズが頻繁に使われるようになった。

例えば、TVを観ない、車を買わない、酒を飲まない、恋愛をしないなど何でもありだ。だが、それを言うなら「アメリカ文化離れ」を真っ先に挙げるべきだろう。

1960年代・70年代・80年代・90年代と、日本の若者文化やライフスタイルは、
ずっとアメリカの影響を強く受けずにはいられなかったのだから。

そんな状況が明らかに変わり始めたのはゼロ年代。ネットが人々の生活や社会のインフラとして確立していくと、世界のどこにいようが同じ情報をリアルタイムでつかめるようになった。

あれほどヒエラルキーがあった女子高生のクチコミさえ崩壊し、都市と地方の情報格差はなくなった。そしてスマホやSNSが完全浸透した現在において、アメリカ文化は、もはや憧れでも追いかける対象でもなく、一つの選択肢になった……。

1960年代後半〜1970年代前半。社会のシステムを疑い、自己を否定して、すべてを捨て去り、新しい価値を見出す。そんな「ドロップアウト」という生き方が、日本の若者たちを魅了した。

影響元はもちろんアメリカ。ヒッピーや学生運動、ロックやドラッグはカウンターカルチャーを象徴する体験であり、ドロップアウトすることは、そのすべてに触れられる魔法の扉だった。恵まれた環境にいる者ほど、放浪の世界に取り憑かれた。

イージー・ライダー』(1969年)や『真夜中のカーボーイ』(1969年)といったアメリカン・ニューシネマの影響も大きく、今回紹介する『ファイブ・イージー・ピーセス』(Five Easy Pieces/1970年)もその一つ。

ジャック・ニコルソン演じる主人公は、約束された将来に背を向け、エリートコースからドロップアウトした若者だった。

『イージー・ライダー』で弁護士役で出演したニコルソンは、本作が初主演。娼婦役だったカレン・ブラックも、リアルな演技で強烈な存在感を残す。映画には印象的なセリフがいくつか聞こえてくる。

どうしてこんな環境を捨てたのか、俺には分からない。

映画『ファイブ・イージー・ピーセス』より

この一言だけでも分かるように、主人公はとてつもない虚無感に覆われている。おめでたい野心などあるはずもなく、かといって誰かの役に立ちたいという志を持つまで成熟していない。

ドロップアウトしたものの、何かを見つけようとすることもなく、後戻りもやり直しもできない。そこにただ佇んでいるという怒り、苦しみ、悲しみ、寂しさ。それを繰り返す。

(以下、ストーリー含む)
ボビー(ジャック・ニコルソン)は、カリフォルニア州のベイカーズフィールドにある石油採掘場で働く労働者。

ウェイトレスのレイ(カレン・ブラック)と同棲しているものの、ほとんどその日暮らしのテンションで毎日を適当に生きている。ボビーはレイが頻繁に聴いたり口ずさむカントリー音楽、特にタミー・ウィネットの「あなたについていくわ」的な歌詞が気にくわない。

女遊びに明け暮れたある日の帰り、レイから妊娠したことを告げられるボビー。レイは結婚を望んでいるが、ボビーにその気はなかった。そして、採掘場の遊び仲間が強盗の常習犯で警察に捕まった。

典型的なプアホワイトのように映るボビーだったが、実はワシントン州の歴史ある音楽一家の息子で、兄や姉はクラシック音楽の演奏家として活躍している。

姉から父の容態が悪く、車椅子生活を送っているので、一度帰ってきてほしいと頼まれる。ボビーはもう3年も実家に姿を見せていない。

自分の境遇を隠したまま、仕方なくレイと一緒に実家へ車を走らせるボビー。途中、アラスカに行くというヒッピーの女たちを乗せて、アメリカの現状について話をしていると、かつての自分を懐かしく思う。モーテルでレイを泊まらせ、一人で実家へ向かった。

ピアニストして才能や教養がありながらも、いつまでも定職に就かず、放浪を続けるボビーを、兄の妻キャサリンは理解できない。だが二人は、互いに衝動的に関係を持つ。

そんな時、一人でいることに我慢できなくなったレイが実家を訪ねてくる。キャサリンと一緒になろうと迫るボビーだったが、「自分も他人も何も愛せないあなたが、どうして愛を求められるの?」と拒絶される。

言葉も話せない父を連れ出し、

家を出ていろんな場所を旅してるのは、真実を探し求めるためじゃない。俺がいるとその場の空気が必ず悪くなるから、逃げ出しているだけなんだよ。俺がいないとすべてがうまくいく。

映画『ファイブ・イージー・ピーセス』より

と、涙ながらに告白するボビー。もう潮時だ。レイを連れて帰ることにした。

ガソリンスタンドに立ち寄り、レイがコーヒーを買いに行っている間、トレーラーが入ってきた。ボビーは運転手に頼んで乗り込むと、レイを置いてそのまま去っていく……。

この映画には、バッハやモーツァルトやショパンなど5曲のクラシックと、タミー・ウィネットが歌う4曲のカントリー(「Stand By Your Man」「D-I-V-O-R-C-E」「Don't Touch Me」「When There's a Fire in Your Heart」)が使用されている。ボビーとレイを育んだ対照的な音楽だ。

なお、タイトルの「ファイブ・イージー・ピーセス」とは、直訳すると「5つの簡単なもの」。ピアノの教則本のタイトルらしい。

そのうちの一曲を、ボビーがキャサリンに向けて弾くシーンがあるが、「子供の頃の方がうまく弾けた」と零すボビーの寂しげな表情が、この映画の世界観を表しているように思えた。

文/中野充浩

参考/『ファイブ・イージー・ピーセス』パンフレット、「町山智浩の映画塾!」

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