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それぞれののぞみ

よしなしごと【気まぐれ選09】


 新幹線に乗るまで少し時間がある。駅中のカフェに入る。
 席の右隣りには先客がいる。外回りの営業風の上司と、嫌々連れてこられたらしい部下の女子社員の二人連れ。
 上司のオジサンは、若い女性と仲良くしゃべりたいので、部下にしきりと話しかける。
 「俺、ウインナコーヒーにしようかな、赤いウインナソーセージが入ってるの」
 明らかにはしゃいでいる。女子社員は相手になりたくないので適当に相槌を打って、携帯をいじりながらメールを見ている、ふりをしている。

 空いていた左隣の4人がけの席にも家族連れの客が入って来た。
 20代の男女と母親らしい50代の女性の3人連れ、男女は兄と妹らしい。

 「・・それって話が違ってない?」と妹(らしい女)が言う。
 「・・ていうか、事情が変わったみたいなんだ」と兄(らしい男)が答える。

 私はコーヒーを飲みながら、隣席の聞きたくもない話を聞いている。

 「・・・追加であと600万ほどいるらしい」と兄。
 「えぇ~、聞いてないわよ。わたし」と母。
 「でも倒産する会社にしがみついてたって、仕方ないじゃん!」と妹。

 話声がでかい。聞きたくはないが「父さんの会社が倒産する」らしいのだ。

 「それで、父さんどうするって」
 「家の近くでコンビニをやろうかと言ってる、多分、今夜その話が出るね」
 「それって、父さん、前からやりたいなあって、言ってたよね」
 「だから以前は、それが夢だったんだ、父さんの・・」
 「それが、事情が変わって・・」
 「やりたいんじゃなくて、やらざるを得ない・・」
 「でも、父さん、なんとかするわよ、きっと」

 私の乗る電車の時間が来た。席を立つ。私は私の「のぞみ」がある。彼らには彼らの「のぞみ」があるはずだ。
【よしなしごと0291・2008年11月21日 (金)掲載】

【よしなしごと】シリーズは『tanpoPost』に2004~2013年にかけて掲載したブログ記事です。エッセイ風のショートストーリー、パロディ、ニセ論文、小ネタ、などなど。思いつくままに書き散らした小文をランダムに【選】としてご紹介します。お付き合いいただければ幸いです。

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