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「ショートショート」冷蔵庫のおじさん。

 コンビニから家に帰り、冷蔵庫を開けるとおじさんが入っていた。
 バーコード頭のおじさんは器用に足を折り畳み三角座りになり、すっぽりと収まっている。
 パンツに脛まで上げたおじさんは上半身裸。
 冷蔵庫の横を見ると、綺麗に畳まれた、スーツとシワシワのシャツ。
「えっと……」私がそういうと、おじさんは「ごめんね」っと沢山の汗をかいている。
「何で、冷蔵庫に裸で入っているの?」っと聞くと「暑いんだ。ごめんね」っと膝をギュッと抱え込んだ。
「まだ、暑いですか?」っと私が聞くと、「うん。ごめんね。まだ、暑いみたい」っと言った。
「ちょっと横にずれますか?」私がそう言うと、おじさんはもっとギュッと小さくなってくれたので、冷蔵庫の奥にある、タブを弱から強にし冷蔵庫の中を冷やしてあげる事にした。
 そして、私は冷蔵庫の扉を開けたままおじさんと向かいあった。
「警察に通報しないの?」おじさんの目は怯えていた。
「通報しないですよ。おじさん悪そうな人には見えないですし。何かあっても勝てそうですし」
「そうだよね」おじさん膝を抱えるおじさんの力が少し緩んだ様に見えた。
 暑いなら。私は冷凍庫にアイスがあった事を思い出し、おじさんの前に立つと冷凍庫からバニラアイスを取り、おじさんに渡した。
「ごめんね」おじさんはシャクリとアイスを齧った。
「これ、洗いますか?」私は冷蔵庫の横にある、シワシワのシャツを指差しおじさんに聞くと「ううん。明日、自分で洗うから」っと首を振った。
「まだ、暑いですか?」私が聞くと「うん。少し」っと額の汗を指で拭ったので、「じゃ。閉めておきますね」っと、冷蔵庫のドアを閉めると、シワシワのシャツを洗濯機に入れた。
 そして、そのままシャワーを浴び、洗濯し終えたシャツを外に干すと、私は麦茶を飲むために冷蔵庫のドアをノックした。
「あっ。すみません。開けて大丈夫です」
 冷蔵庫の中から申し訳なさそうなおじさんの声が聞こえたので、「失礼しますね。麦茶とりたくて」っと静かに開けた。
「そのまま座ってたら疲れませんか?狭いですし」体が少し傾いたおじさんにそう聞くと、「ううん。ここが一番心地良いから、もう少し居させてくれるかい?」っとおじさんは背筋を伸ばした。
「狭い所で良ければ、大丈夫ですよ。でも、体が痛くなったら出てきてもいいですからね」っとまだ、汗がひいていないおじさんのために私はそっと冷蔵庫のドアを閉めた。
 そして、数時間。私はテレビを観たり、お母さんと電話したり自由に過ごした。
 お母さんは優しい人で私の太陽。そんなお母さんは私を優しい子っていつも褒めてくれた。それが私の芯になって自信になっていた。
 そんな私から見て、おじさんは悪い人には見えなかった。少し頑張って身体が熱を持ってしまった。機械に例えちゃったら、おじさんに失礼かもしれないけど、機械の様に働いておじさんは熱を持っちゃって壊れかけているんだ。だから、たまたま私の家の冷蔵庫に入ってしまったのね。っと私は勝手にそう推理した。防犯の面ではちょっとそこまでのコンビニだからって鍵を掛けなかったのは悪いけど。
 そんな事を考えていると、少しだけ眠くなって来た。
 私は、歯磨きを終え、外に干してある洗濯物とおじさんのシャツを取り込むとアイロンを掛け、ハンガーにスーツとシャツを皺なく伸ばすと冷蔵庫の横に掛け冷蔵庫をノックした。
「私、明日早いので眠りますね」
 冷蔵庫から返事はない。
 私はおじさんが冷蔵庫の中で凍えてしまったのではないかと、心配になり、そっとドアを開けた。
 すると、おじさんはスヤスヤと眠っていた。
 大きな赤ちゃんの様に眠るおじさんの額の汗は収まっていた。
 安心した私は、クローゼットの中から膝からを取ると、風邪をひかない様におじさんに掛け冷蔵庫の扉を閉めた。
 そして、次の朝。
 私は起きると、そっと冷蔵庫を開けた。
 おじさんはよだれを垂らして眠っていた。
 そっと、冷蔵庫を閉め、私は大学へ行く準備を始めた。
 家を出る前。私は紙に家の鍵と置き手紙をした。
 スペアーの鍵なので鍵を掛けて、ポストに入れておいて下さい。シャツは洗っておきました。味噌汁飲んで下さい。
 また。暑くなったら、家の冷蔵庫に遊びに来て下さい。次は沢山話しましょう。行って来ます。おじさん。行ってらっしゃい。

 冷蔵庫におじさんが入っていた日から数ヶ月が経った。あの日からおじさんは家の冷蔵庫に来ていない。
 ある日、大学が終わり、バイト先に向かう時、見覚えのあるバーコード頭のおじさんが汗をかきながら走っていた。大きな鞄をスーツに食い込ませ必死に走っている。
 私は、バイト先のコンビニに着くと、瓶ビールを2本買った。頑張るおじさんのために。

おしまい

-tano-

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