小学校で積極的不登校になった子どもの選択肢に?日本ではじめての「探究型の中学」、 ラーンネット・エッジに行ってみた。
「ラーンネット・エッジ」は、神戸市灘区の阪急「王子公園」駅から水道筋商店街を通り抜け、10分ほどのところにあるとても小さなスクールです。昭和の匂いがする昔懐かしい個人商店が軒を連ねていて、その賑わいを抜けた閑静な場所に建つタイル張りの建物の一角に、スクールはありました。
街中のビルの中にあるスクールですが、目の前に川があり、ガラス張りの教室からは街路樹の緑が見える明るく開放的な環境です。とは言え、母体のラーンネット・グローバルスクールが自然とのふれあいを大切にして、六甲山の山の中にあるのとは対照的。しかし、この立地にこだわったのには理由があるようです。それは後で分かりますが、ラーンネット・エッジ代表の駒崎智紀さんに、スクールを立ち上げるまでのストーリーや思いを聞きました。
着想から1年ちょっとで開校にこぎつける
「6年前にラーンネット・グローバルスクールで働くようになった頃、それまでは編入生が多かった小学部が小1でほぼ定員が埋まるようになりました。中学部は小学部の延長の内容で、『1年生から入った子にとっては物足らなくなるのでは…、手を入れる必要が出てくるだろうな』と感じていました。当時から中学部を別に作る構想は私の中にあったのですが、人員も資金もギリギリの状態で運営しているので、簡単なことではありません。しかし、その機会は期せずして訪れ、実現に向けて急速に動き始めました」と駒崎さん。
中学部を作るという構想についてラーンネット・グローバルスクール代表の炭谷と話し始めたのは、2017年12月のこと。在校生の保護者も加わった「新スクール設立プロジェクト」が動きだしたのが2018年5月。そこから1年弱の2019年4月に、プレ開校にこぎつけるというスピードで進んでいきました。
学校を新たに作るのは大変なことだと思うので、随分短期間で実現したことにびっくりしていると、「ほんとうに運と縁がつながってここまでたどり着けました。僕一人では決して成し得なかったことです。一緒に立ち上げを担ってくれたスタッフの奥村、炭谷を始めラーンネット・グローバルスクールのスタッフや、新スクール設立プロジェクトにご参加いただいた方々のご協力で実現しました」と駒崎さんは振り返ります。
(右:ラーンネット・エッジ代表・駒崎さん、左:立ち上げを担ったスタッフ・奥村さん)
保護者と一緒に、スクール設立プロジェクトを立ち上げる
「新しいスクールができるまでの過程は、ある時から必要なものが雪崩のように集まってきて、種火に油が注がれて一気に燃え上がるようでした。奇跡といえるでしょう」と言う炭谷さんにもスクール設立までの詳しい経緯を聞きました。
前述の通り、中学生向け新スクールのプロジェクトが立ち上がったのは2018年春なのですが、そのきっかけは、スクールバスの運転手が雇えないという問題でした。ラーンネットのフルスクールは六甲山の上にあるので、生徒の送迎用バスを運行しなければならないのですが、当時運転手がなかなか見つからず、スタッフが送迎を担当している状態でした。
そんな中、保護者会でそのことが話題になり、スクール運営の課題について率直に話をしたところ、保護者から課題解決への協力の申し出があり、バス代の値上げに踏み切り、無事運転手を採用することができたのです。
それまでは、「スクールの課題は運営側でなんとか解決するべき」と考えていましたが、これをきっかけに、「様々な課題を保護者と一緒に解決していこう」という機運が高まっていきました。そうして、スタッフと保護者有志による4つのプロジェクトがスタートします。その中の一つが、「中学生向けの新スクール設立プロジェクト」でした。
まるで奇跡のように、開校への道筋が拓かれた
10人くらいの保護者が加わって、場所の検討、資金繰りなど、新しいスクールを作る要件について月2回くらいのペースで話し合いを進めていきました。仕事の関係で資金調達やマーケティングに詳しい保護者もいたので、専門的な知見をいただきながら、いろいろな可能性を検討していきました。
場所探しでこだわったのは、子どもたちが探究を深める上で、会いたい人、行きたい場所に自分の足で行けるような交通アクセスの良い場所であること。その一方で自然が近くにあり、グラウンド代りの公園などがあること。校舎からの風景が落ち着くものであること。そして、子どもたちの出入りや日常の物音に寛容な場所であること。
当然ながら、そんな条件を満たす物件はなかなか無く、資金調達もまだまだこれからという時に、スクールを訪ねてきたのが、上場会社S社のTさんでした。「こういう教育を世の中に広めていきたい」と経営陣も含めて話し合いを重ねた結果、資金を出していただくことが決まりました。
それが2018年7月のこと。2月の時点では、資金調達・場所の目処もついていなかったのに、まさに奇跡。そこからは、一気に実現に向けてプロジェクトが動き出しました。
場所が決まったのは、プレオープンの半年前のことです。「赤煉瓦調、とイメージしていて、その通りの物件が出てきてちょっとびっくりしました」と笑う駒崎さん。思いが引き寄せたのかもしれません。地元商店街が元気なこの立地は、「子どもたちが安全に通えて、おもしろい大人が周りにいる」という点でも魅力的だったそうです。毎日子ども達が過ごす場所です。環境が人に与える影響って大きいですから、場所選びは大事ですね。
「校舎についてもう一つ特徴的なのは、内装の一部を建築家と木材の専門家と共に、一期生が自分たちで作り上げたことです。壁の色決め、塗装、机や棚の設計まで、何日もかけて行いました」と駒崎さん。自分たちの学校を自分たちでアイデアを出し合いながら作る。その過程から探究は始まっていたのですね。
ポリシーは「ひたすら」と「ひたす」そして「ひたし合う」
開校に向けて、場所探しと同時並行で進められていったのが、カリキュラム作りです。ラーンネットの共通の理念は、「Oplysning(オプリュスニング)」。これは、デンマーク語で“教育”を表す言葉ですが、日本語の教育という言葉のイメージとは違い「自分を照らし、相手も照らし、お互いに成長する」という英語のenligtenment(啓発)と同義。つまり、「自分がやりたい」ということを持っていて、主体的にものごとに取り組もうという意欲があり、人と共に学び合い成長できる人ということでしょうか。
その理念をベースに作られたカリキュラム・ポリシーは次の3つ。
・「ひたすら」やる
・自分を「ひたす」
・「ひたし合う」
ラーンネット・グローバルスクールに6年間通った子にとっても、『行きたい!』と思えるスクールであること。そして、通常の学校ではやりたいことができないフラストレーションが溜まっている子が、とことんやりたいことができるスクールであることを目指し、カリキュラムが練られていきました。
「やりたいと思ったことをつまみ食いではなく、とことんやってほしい。教養のない探究者になったり、その先に不自由が待っているようにはしたくない。だから、探究とそれを支える教養を二本立てでカリキュラムを設計しました」と言います。
ラーンネット・グローバルスクールでは、ナビゲータと呼ばれる内部のスタッフが子ども達と関わっていますが、エッジでは、それぞれの分野の専門家に講師として参加してもらうことにしました。アクセスの良い立地にこだわったのには、ここにも理由がありました。
異年齢集団で行う教育は、人を画一的に捉えないというメッセージでもある
もう一つの特徴が、学年の縛りがない異年齢の集団であるということ。エッジでは小学5年生から中2までを募集対象にしています。一斉に同じことをするカリキュラムだと難しい面もあるでしょうが、探究的な学びであれば、逆に異年齢だからできることも多いし、横並びで比べられることもないので、子ども達は安心できます。
また、人を画一的には捉えていないというメッセージも込められています。これは、卒業についての考え方にも表れています。「ゴールは人それぞれ、卒業のタイミングもそれぞれ違うから、自分で決めればいい。決められていないからこそ、自分で考える」という考え方に基づくものです。まさに究極の探究型教育と言えるでしょう。
じっくりていねいに話すことを心がけ、趣旨に賛同してくれた方が入学
こうして、場所も決まりいよいよ開校に向けた準備を進める中で時間をかけたのが、興味を持ってくださった方に、これから始まるスクールのことを説明することだったとか。難しかったのが、目に見える物が何もない状態で、スクールのことを正しく理解してもらうことでした。そのために力を注いだことは、個別相談にお越しいただいた方に、可能な限り正直に、期待値を上げず、(とりあえず入ってもらおうというような)欲を出さずにていねいに話すこと。1組1時間以上はかけてじっくりと話をしたそうです。
エッジが掲げるアドミッション・ポリシーは次の5つ。
・探究したいテーマが一つ以上ある人
・誰かと一緒に物事を作り上げられることに価値を感じられる人
・友達やナビゲータとコミュニケーションがとれる人
・能動的に必要な情報や人にアクセスしようとする人
・学習進度の管理が自らできる人
これは、スクールの理念やカリキュラムポリシーにも通じることです。
親は、このアドミッション・ポリシーを理解するのはもちろんのこと、新しく始まるスクールですから、この場所を一緒に育てていくという意識が必要でしょう。また、単に「子どもをここでなんとかしてほしい!」と思っている家庭には向かない学校です。自分のやりたいことが何もない子にも向きません。一方、自分の好きなことがある子にとっては、それをとことんやり続けることができる環境は、こんなに幸せなことはないでしょう。
「従来の教育を受けてきても、自分の好きなことをキープしてきた子はいるという仮説を立てていた」という駒崎さん。「結果的に、こういうスクールのイメージをすでに抱いていて、我々のアドミッションポリシーに賛同してくださった方が、私たちの話を聞いて、直観的に決めて応募してくださったのだと思います。そのような方々には感謝しかありません」と話してくれました。
こうして6名が入学して始まったスクール。子ども達は、2名のスタッフと12名の講師という手厚い態勢の中で、それぞれのやりたいことを探究する日々を過ごしています。
我々の期待に応えようとして行動して欲しくないので、子ども達には、こうあって欲しいという期待はあまり伝えないという駒崎さん。「ここは社会人養成機関ではないし、社会の求める人材を育てようとは思っていない。未来を見据えて準備することも必要かもしれないけれど、先がどうなるかわからない今だからこそ、今その子の中に灯っている火を大事にして、そこを注目していきたい」と熱い思いを語ってくれました。
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