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自分の五感を味わい、しなやかに生きる。“余白のある時間”を過ごすスクール「ラーンネット・あーる」

余白のある時間の中で、自分と他者の“あり方”に向き合う。

2023年6月、そんな時間を大切にするオルタナティブスクールが、神戸市灘区に開校しました。運営するのは、1996年から探究学習の実践を続けるラーンネット・グローバルスクール。新たに開校した「ラーンネット・あーる」は、小学生向けの少人数制スクールです。週3日開校し、現在は小学校1年生から3年生までの11人が通っています。

夏休みが明けた9月のある日、筆者はラーンネット・あーるを訪問しました。阪急六甲駅からバスに乗り、五毛で下車。そこから2分ほど歩いたところに、塀で囲まれたどっしりとした建物が見えてきます。外階段を登って中に入ると、シックで落ち着いた空間が。以前はギャラリーとして使われていたこのフロアを拠点に、子どもたちは1日を過ごします。

ラーンネット・あーるのスクールディレクター兼ナビゲータ(子どもの学びをサポートするスタッフ)を務めるのは、齊藤勇海さん。2022年3月までの9年間は埼玉県の公立小学校で教員をしており、同年4月からラーンネットのナビゲータをしています。

この記事では、子どもたちの様子とともに、スクールの立ち上げ経緯や理念をお伝えします。

子どもが自分にあった環境で学べるように

ラーンネットグローバルスクールでは、すでに小学生向けのフルスクールを運営して25年が経ちます。そんな中、なぜ同じく小学生向けのスクールを新たに設立することになったのでしょうか。実はフルスクールへの入学を希望される方は毎年多くおられ、入学を待ってもらう状態が続いていたそう。

「『学校が合わなくて別の場所を探しているけれど、なかなか見つからない』と保護者の方から相談を受けることがありました。中には涙を流しながら困っている状況を話してくださる方もいて。その現状に対して、ラーンネットとして何かできることはないかとずっと考えていたんです」

それから代表の炭谷俊樹さんや他のナビゲータとも相談を重ね、新たなスクールの設立に踏み切ることに。ラーンネット・あーるの存在が世の中に広まることによって、「自分もオルタナティブスクールをつくろう」と思ってくれる人が増えてほしい。そんな思いも、スクール設立に向けた動きを加速させました。

「子どもの学び場をすべてオルタナティブスクールのような場所にする必要はありませんが、少しずつ増えていくことで、子どもたちが自分に合った環境を選びやすくなるのではないかなと思っています」

大人も子どもも、余白のある日常を大切にする

ラーンネット・あーるの一番の特徴は、余白があること。細かい時間割はなく、午前と午後の枠に分けて活動をしています。時間的な余白があることで気持ちにも余白が生まれ、“今”を味わえるのです。開校時間は9時20分から14時なので、一般的なスクールよりも時間が短いのも特徴的です。

「14時に終わるのと16時に終わるのでは、1日の時間の使い方が全然違いますよね。スクールで過ごす時間だけではなく、家族と過ごしたり、家で好きなことをする時間も大切にして欲しいと思っています」

子どもたちが帰った後のスクールでも、“余白”のある時間が大切にされています。齊藤さん自身は、事務処理よりも子ども一人ひとりの様子の記録や保護者への連絡に多くの時間を割き、それが終わると早めに帰るようにしているのだそう。

「早めに帰って好きなことをすることもありますし、ラーンネット・あーるでこれからやりたいことの構想を膨らませることもあります。もちろんスクールを運営する中で必要なことはきちんとやりますが、大人も余白のある暮らしができていて、ご機嫌な状態で子どもたちと関わることが何より大切なことだと思っています。

今後ナビゲータが増えたら、子どもたちが帰った後はそれぞれの視点で子どものことを語る時間を多く取りたいと思っています。子どもの状況について私が感じたことは、あくまで1人の視点です。ナビゲータ同士でお互いが感じたことを共有することで、子どもを見る目や関わり方に広がりが生まれると思っています」

大切にしているのはナビゲータ自身が子どものことをじっくりと見て、感じること。学期ごとの通知表はなく、保護者にはストーリーパークというツールを使って、日常的に子どもの様子を文章や写真、動画で共有しています。

午前、自分の「好き」と「心地よさ」を探究する

ここで、スクールで過ごしている子どもたちの様子をご紹介します。

朝はそれぞれが小さなホワイトボードを手に取り、「クッキー作り」「小さいおりがみでなにかつくる」「グルーガンでいろんなものをつくる」などと書いています。どうやらその日の午前中に自分が何をして過ごすのかを書いているようです。「今日はどんなことをする?調子はどう?」という齊藤さんの問いかけに対して、子どもたち一人ひとりが答えていきます。

その後始まったのは、マイプロジェクトの時間。それぞれが自分の興味があることに取り組みます。お菓子作りや工作、絵を描いたりと、自分の作業に没頭しています。それでも40分ほど経つと、ふらふらと部屋の中を歩く子どもの姿も。誰かがやっていることを近くで見たり一緒に何かを始めたりと、子どもたちに「動き」が生まれます。

そしてまた、何人かの子どもは自分の作業に没頭する時間へ。慌ただしいスケジュールの中では決して生まれることがないであろう、子どもたちが考え、交わり、夢中になる時間がありました。

11時頃になると、齊藤さんの声かけで子どもたちが真ん中のテーブルに集まってきます。始まったのは、SEEラーニング※です。SEEは、「Social(社会的), Emotional(情緒的)and Ethical Learning(倫理的知性の学び)」の略。体験を通して自分自身の五感に意識を向けたり、他者や社会とのつながりを感じるプログラムです。

※SEE Learning Japan:https://www.seelearningjapan.com/

齊藤さんが「りんごが好きな人?」「走るのが好きな人?」と質問をすると、それに答えるように、子どもたちが前後に移動します。どうやら、答えが「はい」の場合はテーブルに近づき、「いいえ」の場合はテーブルから離れるようです。

質問は徐々に、“人の気持ち”に関する内容へと変わっていきます。「笑顔でいるのが好きな人?」「親切にされるのが好きな人?」など。振り返りの時間には、「一人ひとり、好きとか嫌いとか普通とかがある」「最後はみんな真ん中の方に集まった」などと感じたことをそれぞれが話します。

SEEラーニングを通して伝えたいことを、齊藤さんはこう話します。

「親切にされたり優しくされたりすることは、嬉しいと感じることが多いですよね。それは人間として変わらないものだと思います。それと同時に、自分と他者で感じ方が違うこともある。自分の気持ちに向き合ったり、相手との違いを感じたり、自分の行動の裏側にはどんな感情があるのかに目を向けたりすることで、お互いのことを思いやれる関係になっていくといいなと思っています」

午後、半径50mの範囲の中で自然や人を感じる

お昼になると近くの灘丸山公園に移動して昼食を取り、長めの休み時間が始まります。ひたすら虫取りを続けたり、暑さのあまり頭から水をかぶったり、アスレチックで遊んだり。ここにもまた、“余白”がありました。自由な時間が長いからこそ、遊びや子どもたちの関わりに変化が生まれます。

その後は、フィールドワークの時間。子どもたちはバインダーにA4の紙を挟み、それを持って公園内を散策します。この日は、気になるものを拾い集めたりスケッチしたりと、それぞれが自分の興味関心の赴くままに動いていました。過去にはみんなで商店街を歩いたことも。そこで出会った方と交流が広がることもあるのだとか。スクールに戻ったら、それぞれが見たものや感じたことをシェアしていきます。

「家族で遠出をしたり、遊園地に行ったりすることも大切な体験だと思いますが、実は生活している場所の半径50mくらいのところにも豊かな世界が広がっている。それぞれの世界の見方を共有することで、自分の見方も広がっていきます。それを感じてほしいですね」。齊藤さんは、フィールドワークのねらいをそう話してくれました。

カリキュラムは4つ。子どもの姿から、柔軟に内容を決めていく

ラーンネット・あーるのカリキュラムは、「マイプロジェクト」「テーマ学習」「フィールドワーク」「SEEラーニング」の4つ。月曜日はテーマ学習で、火曜日と木曜日は午前にマイプロジェクト、午後にフィールドワークをやっています。SEEラーニングは毎日30〜45分間行います。

テーマ学習は、1つのテーマについてみんなで学ぶ時間です。今取り組んでいるテーマは、「道具」。フルスクールがある六甲山のびのびロッジに行って、釘やトンカチ、ノコギリなどを使って、椅子や机をつくっています。

どのようなテーマにするかは、ラーンネット・グローバルスクールがこれまでに実践してきたテーマ学習の内容を基に、目の前の子どもたちの姿から柔軟にアレンジして決めているのだそう。今スクールに来ている子どもたちはものづくりが好きなようですが、使っている道具がはさみやセロテープ、のりなど身近なものが中心で、それ以外のものはあまり使ったことがない子が多くいます。その様子を見た齊藤さんは「ものづくりをきっかけに、もっといろんな道具やその歴史に触れてほしい」と思い、「道具」をテーマ学習に選んだと言います。

自分と他者の“あり方”を大切にする

2023年6月に開校してからまだ3ヶ月ほどですが、子どもたちは日々変化しています。

「いつも私から子どもたちに伝えているのは、『人を大切に。自分を大切に。ものを大切に』というラーンネットが大事にしている考えです。ちょっとしたときに、そこに立ち返れる子が多くなっていると感じます。

『今のはものを大切にしてないと私は思うよ』という言葉を耳にすることもあって、子どもたちが共通言語として使ってくれています。あとは、『自分が自由にすることで、ときに相手の自由を奪ってしまっていることがあるかもしれない』と、自由と自分勝手の違いについて話題になることもあります」

そんなラーンネット・あーるのスクール名には、「自分や他者の“あり方”を大切にしてほしい」という思いが込められています。それに、新たなスクールがここに“ある”、“存在している”ということも表現し、柔らかくなだらかな雰囲気をイメージして、ひらがなで「あーる」になったそう。

「私自身も、自分のあり方を大切にしたいと思っています。子どもより立場が上なわけではないですし、だからと言って、腫れ物に触るように子どもと関わるのも違うと思います。自分自身の嬉しさや楽しさはもちろん、嫌なことやモヤモヤすることも子どもたちにフラットに伝えていきたいですね」

ラーンネット・あーるで受け入れる子どもの人数は、これから徐々に増やしていくことを予定しています。入学条件はありますが、子どもの様子を見て入学をお断りすることは基本的にないそうです。見ているのは、保護者とラーンネット・あーるの価値観や考え方がマッチしているのかどうかです。

「例えば、『なんとなくオルタナティブスクールに入学させたい』という考えで入学した場合、お互いが幸せにならない可能性もあります。ラーンネットにはフルスクールやラーンネット・エッジ(小学校5年生以上が入学可能)もあるので、お話を伺ってそちらの方が合いそうだと感じた場合は、こちらからおすすめすることもあります」

ここまでに、国語や算数など教科学習の話が出てきていないことに気づかれた方もいるかもしれません。実は、ラーンネット・あーるではカリキュラムとして決められている教科学習の時間はありません。

「読み書き計算くらい勉強しなくて大丈夫なの?」

そう心配する声も、きっとあるでしょう。齊藤さんは「教科学習を通して、いろんな世界を知ることの豊かさはある」とその価値を強調しつつ、「余白のある時間の中で、好きなことや大切にしたいことと向き合うことで、納得感を持って自分の道を決めていける」と話してくれました。すでにあるフルスクールでは教科学習の時間は設けられており、それぞれのスクールの特徴があることも伝わってきます。

最後に、ラーンネット・あーるのスクールディレクターとして、齊藤さんがこれから取り組みたいことについてお聞きしました。

「子どもたちと関わる時間を一番大切にしつつ、保護者の方と交流する機会もつくっていきたいですね。ラーンネット・あーるに関わってくださる方はみんな家族のような存在だと思っています。

だからこそ、BBQをしたりお酒を飲んだりと、一緒に笑い合える時間を共有したい。そうやって関係性を深めていくことで、みんなでラーンネット・あーるをつくっていけるといいなと思っています。

そして、今後は教育に関心のある大学生にインターンに来てもらえるような仕組みをつくっていきたいと思っています。インターンをきっかけにラーンネットに興味を持ってくれたらもちろん嬉しいですが、そうではなくても、ラーンネットでの経験を活かして子どもとの関わり方の幅を広げてくれるといいなと。

オルタナティブ教育を知った上で教員になることができたら、学校教育にも少しずつ良い影響を与えていけるのではないかなと思っています

取材を終えて

記事の中で繰り返し登場した「余白」という言葉。まさにラーンネット・あーるで大切にされていることの一つです。

では、「余白のある時間」からは、何が生まれるのでしょうか。

筆者がラーンネット・あーるで1日を過ごす中でたどり着いた答えは、「“わたし”と“わたしがいる世界”を大切にする心」です。“わたしがいる世界”とは、身近な人やもの、社会のこと。

“わたし”の心と体の感覚に意識を向ける時間が十分にあることで、自分自身を知る。そして、自分が満たされることによって、他者にも“わたし”の感覚があることに目を向けられるようになるのではないでしょうか

ただ、余白があるだけでは、恐らくそのような広がりは生まれないでしょう。自分の興味関心に没頭する「マイプロジェクト」、コンテンツ自体が持つ魅力を実感できる「テーマ学習」、身近なところにある豊かさを感じる「フィールドワーク」、そして、自分の身体感覚を起点に、自己や他者とのつながりを認識する「SEEラーニング」。これらのカリキュラムがあり、子どもたちの好奇心を引き出すナビゲータがいることで、余白の価値が最大化されるのだと思います。

「いま、ここ」が大切にされるこの場所で、子どもたちは何を学んでいくのでしょうか。ここから始まる可能性に、期待が膨らみます。

(取材・文:建石尚子   写真:大森彩生

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ラーンネット公式HP

齊藤勇海さんインタビュー


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