マガジンのカバー画像

褐色細胞腫 闘病記

47
日本でも稀少とされている褐色細胞腫の闘病記。オペ経験6回を経るも7回目の再発でCVD治療。その後TACE療法3回を経て12回目の再発。 2024年3月、世界初MABG療法の治験に…
運営しているクリエイター

2020年9月の記事一覧

褐色細胞腫闘病記 第10回「60針のベンツの刻印」

それにしてもこの痛みはなんだ。 硬膜外麻酔は持続的に流れているはずだが、あまりに効いてい…

24

褐色細胞腫闘病記 第9回「初めての大手術」

いよいよ手術当日。午前8時。 前日までに剃毛とおヘソの清浄を済ませ、下剤で腸の中を空っぽ…

19

褐色細胞腫闘病記 第8回「サプライズ・ケーキ」

「本当に日本で50人しかいないの?」と妹。(※4) 「癌が変なホルモン出すって聞いたことないな…

24

褐色細胞腫闘病記 第7回「5年生存率0%」

「初めまして、棚沢です」 綺麗に整えられた白髪にシルバーフレームのシンプルな眼鏡。私に向…

23

褐色細胞腫闘病記 第6回「奇跡の確定診断」

やはり、何の異常もなかった。 耳鼻咽喉科からの帰り道、私は車の中で心底落胆していた。 「い…

22

褐色細胞腫闘病記 第5回「鼻血とヌートリア」

朝の光が柔らかい。風のにおいもどこか初秋めいて、絶好のサイクリング日和だ。朝からお弁当を…

19

褐色細胞腫闘病記 第4回「絶望エアロビクス」

駅前に新しく建設されたそのエアロビクス教室は大盛況だった。 田舎にしては珍しいデザイナーズマンションが一棟借り上げられ、様々なカルチャー教室が各階に展開されている。 私は今回で2回目だが、正直、初回で既にこの運動に音を上げていた。動けば動くほど動悸がして、冷や汗が出た。私のクラスは初心者クラスなのでそれほど難しい動きはない筈だが、ありえないほど疲労し、心底苦しかった。 真っ赤なレオタードを身に着けた先生がやってくる。 初回の時の先生とは違う。これは美人だ。真矢みきにちょっ

褐色細胞腫闘病記 第3回「診断名『運動不足』」

そこは、市内では名医と評判の脳神経外科病院だ。 紹介状を持って行ったので、失神した時の様…

22

褐色細胞腫闘病記 第2回「祭りはあとからやってくる」

私の家系は低血圧。 揃いもそろってみんな上が80~90下が60~70くらい。当然朝が弱い。みんな…

20

褐色細胞腫闘病記 第1回「冬でもノースリーブ」

私は、毎日暑い。 そう、気が付いたら私はいつの間にかとんでもない暑がりになっていた。 も…

26