田中洋勲

田中 洋勲(たなか ひろふみ)■1954年、福岡県に生まれる。 ■久留米高専工業化学科卒業後、さまざまな職業を経て小説家に。 ■これまでに「淋しい惑星」「天空ドップラー効果」「万有引力」「ミスターP.C」「星よりひそかに」を刊行

田中洋勲

田中 洋勲(たなか ひろふみ)■1954年、福岡県に生まれる。 ■久留米高専工業化学科卒業後、さまざまな職業を経て小説家に。 ■これまでに「淋しい惑星」「天空ドップラー効果」「万有引力」「ミスターP.C」「星よりひそかに」を刊行

最近の記事

【書評】養老孟司『唯脳論』

要約にやさしい本だ。章ごとに引く。 「自然を読み切れるはずがない」 「万物は流転する。人類普遍の原則に不服なら、自分の一生だけでも大過なくすごせ」 「脳は変わらない。ヒトが生れて、このかたすこしも」 「信じることはやめられない」 「脳の機能は予測と統御。秩序立てるクセがある。対して身体は自然。だからせめぎ合う」 「大学が役に立つことをする場所になったらおわり」 理系志向が筆を持つと、こうした箴言が束になる。他の著作からも引く。 「人間の作ったものは信用するな」 「いまの社

    • 【書評】橋本治『源氏供養』

       「源氏物語に<私>はありません」と著者は言う。そこの自意識の一人語りは全くなく、登場人物たちはみんな語り手たる紫式部によって語られた無我の海に漂っているのですと。  それを翻訳するには式部に同化するよりない。だがもしそうできても、訳文は波間に漂うばかりとなる。どうする?著者は物語の主人公となる光源氏に語らせることにした。  『窯変源氏物語』はそうして生まれた。  「私は古典を古典として神棚の載せておくことができないのです。古典は<生き物>だと思って、だからこそそれをはっきり

      • 【書評】H・カレール=ダンコース『レーニンとは何だったのか』

         一九一二年のレーニンはいつものように自分の判断に自信を持っていた。ヨーロッパに戦争は起こらない。  だが戦争は始まり、彼はそこでも判断を誤った。ドイツは参戦しない。社会民主党が議会投票で反対する。世界で最も歴史が古く、党員数が最も多く、最も正統的なマルクス主義者たちのいるドイツこそ、世界革命の引き金を引いてブルジョワジーに対抗するはずだと彼は確信していた。  しかしドイツのプロレタリアたちは、無制限の戦費支出を認める政府法案に賛成し、「祖国防衛戦」に加わった。フランス、オー

        • 【書評】クロポキトン『相互扶助論』

           読んだのは二〇〇九年刊行の新版。版元の同時代社編集部は巻頭で再刊のいきさつを語り、旧版の生命を再掲している。  ピョートル・クロポキトン(一八四二~一九二一)はアナキスト活動家というより自然観察者だった。森に行き、野や山で動物の生態を観察して彼はこう書いた。  「闘争と殺戮とが動物界で行われるが、それ以上に相互支持、相互扶助が行われている。社会的精神は相互闘争と等しく自然の一法則である。われわれが、絶えず互いに争うものと、互いに助け合うものとのいずれが最適者なりやという問い

          【書籍】レベッカ・ソルニット『闇の中の希望』

           右や左という標識がなければどんな提携や連帯が生まれるのだろうかと、私はしばしば思いめぐらしてきた。たとえば、近ごろのアメリカ民兵運動は、家父長制や国粋主義を信奉し、懐古趣味や銃器愛好を特質とし、国連を敵視する奇妙な幻想を抱いていたことが、私たちとどこか共通するところもあった。彼らは地域性を尊重し、それが多国籍企業に呑み込まれてしまうことを恐れていたのだ。銃を使って訓練する男たちは、私たちの同志と見なすには、あまりにも不気味だが、彼らも、生計と地域社会とが押し流されるのを見つ

          【書籍】レベッカ・ソルニット『闇の中の希望』

          【書評】鶴見俊輔『日本思想の道しるべ』

           徳川幕府の統治時代、漂着によって外地を知った船乗りたちは日本に帰ってくると牢に入れられた。彼らのある者は自殺し、発狂した。耐えて生きのびた者は釈放され、金をもらい、故郷へ帰ることを許された。ただし海外で見たことを人にしゃべってはならないと厳命さえた。  その徳川封建制のもとで漂流者たちが語れなかったことが、太平洋戦争末期の船上で語られた。戦艦大和の沖縄出撃を命じられた兵員たちが、なぜ自分たちが死地におもむくかを語り合った。学徒兵出身の士官より、たたき上げの哨戒長の語りが場を

          【書評】鶴見俊輔『日本思想の道しるべ』

          【書評」R・D・レインの転生

           「私は人間内部の世界に関心があり、それが荒廃していくさまを日夜目にしているから、なぜそういうことが起こるかを知りたい」  それが彼の動因だった。グラスゴー大学医学部を卒業後、精神科医として英国陸軍に勤務、その後グラスゴー王立精神病院で臨床経験を積んだ。  「分裂病は定義できない。一般化もまた。それを患者のせいにしているだけ」それが彼の知り得たことだった。精神を病むことは、当人の脂質に帰せられるよりはるかに家族的、社会的要因のほうが大きいとわかった。  「個人に隷属を強いる家

          【書評」R・D・レインの転生

          【書評】スラヴォイ・ジジェク「大義を忘れるな」

           著者は日本についてつぎのように述べる  「一七世紀初頭、幕府が確立したあとの日本は、外国文化から自己を隔離し、バランスのとれた再生産を旨とする自己充足的生活を追求するというユニークな集団的決断をした。そのため日本は、文化的洗練に専心し、野蛮な拡張策には向かわなかった。一九世紀半ばまで続く以後の期間は、本当に、日本がペリー提督率いるアメリカ艦隊によって無理矢理目覚めさせられた分離主義的な夢にすぎなかったのか。われわれは無限に拡張主義でやっていけるということこそ夢だとしたら、ど

          【書評】スラヴォイ・ジジェク「大義を忘れるな」

          【書評】ウォルト・ホイットマンの詩と評論

           彼は本を自前で作って売り歩いた。『草の葉』の刊行は増補改訂を重ねながら九度なされた。アメリカの精神風土を高らかに語ったその本は、時代の変化によって内容も変わった。  「おそれるな、おお、詩神よ!たしかに新しい習俗と日々があなたを迎え、取り巻く。正直に言うが、ここにいるのは新しくて奇妙な人種だ。しかし、それでもやはり昔と変わらぬ人間の種族、内側も外側も同じで、顔も心も、気持ちも同じ、憧れも同じ、愛も、美も実用も昔と変わらぬ人々なのだから」  ひとたびはそう書いた彼も、アメリカ

          【書評】ウォルト・ホイットマンの詩と評論

          【書評】クリス・ヘッジズ『戦争の甘い誘惑』

           戦争が終わると、我々は精神の虚脱状態に陥る。財産も、街も、それだけではなく愛するものまでもが、徹底的に破壊されてしまい、同義や社会的責任が失われてしまったことに気づかされる。利用され、使い捨てられたという思い。社会を食いものにした連中は逃げ出したか殺されたか。それとも戦争の利益でぬくぬくと生きているかだ。  戦争が終わると、被害者と加害者の区別がなくなる。苦しみは同じだ。戦争の犠牲者の存在は、自分が結果的に共犯者だったという事実を呼び起こさせ、誰しも居心地が悪くなる。戦犯の

          【書評】クリス・ヘッジズ『戦争の甘い誘惑』

          【書評】ヘンリー・ミラー『わが生涯の書物』

           「ぼくがはじめてランボーという名前を耳にしたのは三六歳の時だった。ぼくは『地獄の季節』にどっぷり浸り、『酔いどれ船』と『イルミナシオン』の暗示を受け取った」  それで彼はどうしたか。妻子と仕事を投げ捨ててパリに旅立った。ランボーは文学を人生に返上したのだが、ミラーはその逆を行ったことになる。  彼は作品と作者に深く同化する読者だった。自己投影が彼の読みかただった。彼は本にのめり込み、書き手を賞賛した。やがて自分もそうなりたいと願った。  「ぼくの弱点は、本の中から決定的に重

          【書評】ヘンリー・ミラー『わが生涯の書物』

          【書評】ロバート・パットナム『われらの子ども』

           著者は言う。 「私は『孤独なボウリング』で米国人のコミュニティが確実に衰退していることを明らかにする証拠を積み上げていった。棟上げ会、アップルカッティングパーティ、草の根運動、パブ、選挙投票率、宗教団体、どれも減少の一途である」  そしてこう指摘する。  「リベラル民主主義の成功と思われたものが実は社会制度の解体であり、社会的、文化的前提が風化してきたと疑うに足りる現象が起こっている」  著者が子どもだった1950年代のアメリカは、経済と教育が拡大し、所得平等性は比

          【書評】ロバート・パットナム『われらの子ども』

          【書評】与謝野晶子訳・注解 紫式部日記

           「今自分のいる部屋というのは、黒く煤けた一室で、十三絃の琴と七絃の琴とか時々弾かれるものでありながら、自分の不精からアメの二には気をつけて琴柱を倒しておけと侍女達に命じることもしないでいるので、塵がいっぱいに積もっている。琵琶はまた置棚と柱のうしろへ上のところを突込んだまま一つは右に倒れ、一つは左に倒れている。大きい一揃いの置棚の上へ隙間なしに置かれてあるのは、一つの方は歌書と小説類の古い本で、もう紙魚のすのようになっている物ばかりであるから、手に取ると離れ離れになって散乱

          【書評】与謝野晶子訳・注解 紫式部日記

          【書評】ルース・ベネディクト『菊と刀』

           「20世紀の問題点のひとつは、私たちは何が日本をして日本人の国たらしめているかだけではなく、何が合衆国をしてアメリカ人の国にしているかについても、いまだにこの上なく漠然とした偏った見方しかできていないことです」  本を書き上げて、著者はそう述べている。己を知り、敵を知ること。それが兵法の教えだが、彼女は戦略かでもなければ政治家でもない。それなのに、いや、それゆえに白羽の矢が立った。  「1944年6月、私は日本について研究する任務を与えられた。文化人類学者としての専門技

          【書評】ルース・ベネディクト『菊と刀』

          【書評】宇野常寛・濵野智史「希望論」

           一方にジョージ・オーウェル的「ビッグ・ブラザー」の権力像を物語り以上に真に受ける人たちがいる。そしてもう一方には村上春樹によって描かれた「リトル・ピープル」のイメージを持つ人たちがいる。  現代は後者の像が拡張されているように見える。つまりオーウェルが示した国家イコール疑似人格的な権力観はもう過去のもので、いまは非人格的なシステムの自己増殖が見えない権力を生んでいるという説だ。リトル・ピープルはマルチ・チュードと同じだろうか?  資本主義はたしかに謎の多い運動体で、それをど

          【書評】宇野常寛・濵野智史「希望論」

          【書評】デヴィッド・グレーバー『万物の黎明』

           「現代の社会的不平等の起源はどこに?」  それを解き明かそうとしたのがこの本だ。著作者の立脚点は人類学。  「人類史のなかで、なにかがひどくまちがっているとしたら――そして現在の世界の状況を考えるならば――そうでないと見なすのは難しいのだが――おそらくそのまちがいは、人びとが異なる諸形態の社会のありようを想像したり実現したりする自由を失いはじめた時から始まったのではないか。おそるべき想像力の欠落、貧しさ。人類はもっと豊かな社会像を持つことができるはず。現代のヒエラルキー

          【書評】デヴィッド・グレーバー『万物の黎明』