塾講の限界
こんばんは。むちむちロンダ生です。
なぜか創作意欲がわいて、ひたすら言語化しています。
大学は教育学部でして、アルバイトで塾講師をしていました。
そこで感じた塾講の限界について書いてみたいと思います。
(あくまで個人の経験と個別指導塾についてです)
私は個別指導塾で塾講師をしていました。
大学受験をそこそこ頑張っていたこともあり、小学生から大学受験生まで幅広く見ていました。
保護者様の期待と生徒の期待を一身に背負って成績をあげるという至上命題に突き進むこの仕事ですが、やはり生徒と保護者様の協力が不可欠です。
講師が教えることができるのは解法と考え方です。
問題に対しての取り組み方や、時には勉強法についても話を行うことがあります。
これらはあくまで勉強を行う上での理論なのです。
実践するかどうかは、生徒にかかっています。
その実践を行うためのきっかけとして宿題を出していますし、
授業が週に一回の場合は、授業以外の曜日を管理する意味でも宿題を出します。
しかし、この宿題への取り組み方を私たちの始動した通りに行わないとなかなか効果があらわれません。
確かに地頭が良い子は、我流で宿題に取り組むことで問題数をこなし、解法のパターンを導き出すことができます。
しかしそうではない子に関しては、日頃から考え方を身につける心がけが必要になってくると思います。
この"取り組み"という点に関しては、言葉かけを行うことしかできません。
そのため、生徒次第というわけです。
ここで私たちが唯一できることは、生徒のモチベーションをあげ、内発的動機付けを行う手助けをすることだけです。
この動機付けに関しては本当に保護者様の手助けが必要です。もしくは本人のやる気にかかっています。
(私がやるきを起こさせるのが下手なのかもしれませんが)
1番困ることは塾に放り込んでおけば、成績が上がると盲信することです。
多くの個別指導塾では、講師は大学生です。
悪く言えばプロではない存在です。
考え方を教えることに関してはほとんど問題ありませんが、他のことに関しては問題がある場合もあります。
お気をつけくださいね。
以上のように塾には少し限界があるというお話でした。
この辺りを理解していただける保護者様はすごく助かった記憶があります。
みなさまのご参考になれば幸いです。