落ちこぼれシニアのリベンジ読書~『百鬼園随筆』内田百閒著~
<<感想>>
「イヤダカラ、イヤダ」。
芸術院会員に推薦された際、内田百閒の辞退のコメントはあまりに有名である。
内田百閒は、裕福な造り酒屋の一人息子として生まれ、祖母に溺愛され、何の不自由もなく育ったため、「わがままで頑固、偏屈で無愛想」な性格(wikipedia)だったといわれている。
しかるに、自分本位なところがあって他者の気持ちを読み取ることが不得手であったようだ。
ただそうした自分自身の性質を理解し、さらに自らの言動を俯瞰しながら、ユーモアを持って文章のネタにしている。なんともつかみどころのない人だったようである。
例えば「百鬼園先生言行録」の一節は興味深い。(百鬼園とは百閒の別号)
「百鬼園氏は昔から無暗に他人を使う癖がある」とあるとして、事例の記載がある。
本屋からの仕事を受けた際、本屋が小僧をつけてくれた。しかし、あまりに人使いが荒かったため(百閒本人にはそういう認識はなっかたようだが)、ついに小僧は憤慨し、次のような書置きを残して退散したらしい。
「人をつかって知らぬ顔。馬鹿にするにも程がある。己は恐らく小僧だぞ」と。
一方で、百閒は案外、「外見を気にするタイプ」であったようだ。
「髭(ひげ)」というエッセイでは、そうした一面がうかがえた。
当時の流行(?)の髭を生やしていたところ、祖母から「ろくでもない。吏員様の真似なんかして。剃っておしまい」と叱られる。
しばらくして急に髭が厭わしくなったため剃ったら、今度は友人から「恐ろしく大きな顔をしていますね。どうしたんです」と尋ねられる。
その後十年くらいの間に二度三度と、髭を立てたり剃ったりしたが、剃った時には必ず友人・知人・生徒たちから驚かれたり笑われたり。
ついには人に顔を見られるのを避けたいとまで思うような気持ちになったらしい。
最終的には「毎日大勢の前に顔をさらす商売では無暗に自分の顔をいじくり廻すのはよくない」として、以来髭を生やさなかったらしい。その性質とは別に、実は意外とシャイだったのかもしれない。
ちなみにこの本のカバー装画は、親交のあった芥川龍之介が百閒を画いたものである。
芥川なりのイメージなのだろう。「つかみどころのない」ということなのだろうか。
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