落ちこぼれシニアのリベンジ読書~『脂肪のかたまり』モーパッサン著 高山鉄男訳~
<<感想>>
普仏戦争が背景となった小説である。プロシア軍占領下のルアンを抜け出しディップに向かおうとする10人の、6日間の旅を描いたものである。
10人は、数組の夫妻を除いて見知らぬ者同士。貴族、ブルジョワ、修道女、革命関係者、そして娼婦の面々である。
途中、10人を乗せた馬車はある宿に宿泊する。
そこはすでにドイツ軍に支配されている場所。翌日目的地に向けて出発するに際し、ドイツ士官から「娼婦(ブール・ド・シェイフ=「脂肪のかたまり」という意味で名づけられている)が自分と夜に身をまかせなければ出発を認めない」とのお達しが出た。そこでの娼婦と他の9人の駆け引き、気持ちの変化(本音の顕在化)が実に印象深い。
ひと言で言えば、「人間の醜さ・残酷さ」「エゴイズム」「本音・差別心からくる優越感」か。
ポイントは、ブール・ド・シェイフが他の9人の「窮地」を救ったにもかかわらず、最後には彼女を冷酷な態度で捨てることにある。
ルアンからの移動中の馬車内、時間もたちみなが空腹で耐え切れなくなった中、ブール・ド・シェイフは自分の持ってきた弁当を分け与えた。
さらには、宿を出発するためのドイツ士官の要求に対して、他の人々はあの手この手で彼女が受け入れるように画策する。結局、彼女は他の人のために嫌々ながらもドイツ士官のいいなりになる。
それでなんとか宿を出発することになったが、他の人からはお詫びや励ましの言葉もない。そればかりか、次の目的地へ向かう馬車内では、他の人は、彼女の気持ちも考えず、無視したり、汚いものに触るような態度。挙句の果てに空腹の彼女に対して、誰も自分の弁当を分け与えようとしない。
これが人間の本性なのか。ブール・ド・シェイフがとってきた行動はいったい何だったのか。
それを他の人はどう受け取ったのか。自分さえ良ければいい。そんな利己的な考えが見え隠れする。
彼女は娼婦であったがゆえに最終的には人間性までさげすまれる。その背景には、他の人の社会的地位や財産などに対する優越感があるのだろう。
そうした人間性の本質としての悲惨さ・残酷さが実にわかりやすく描き出されている。
驚いたことには、主人公ブール・ド・シェイフにはモデルがいたそうである。
さらには途中で泊まった宿屋も実在し、現在でも営業を続けているという。
モーパッサンの「創作力」「観察力」を強く感じる著であった。
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