公教育の本当の役割とは
これは中学生の頃一年間不登校を経験した私の一意見です。
私は公立小学生に通っていましたが、家庭が裕福な子はみな塾に通っていました。私は学研に通っていましたが、そこは中学受験が目標ではないので
教材が面白かったことを覚えています。
しかし、中学生になってなんとなく友達と同じ進学塾に入塾したら途端に
勉強がつまらなくなりました。結局体力的に部活との両立ができなくなり、私はその塾を退塾しました。
塾に行かなくなってからはそれなりに学校の授業が楽しめるようになったのですが、その後私は些細なトラブルから不登校になります。
ところが、学校を休んでいる間も勉強をしていたとはいえ、学校に行き始めてからも特に授業についていけないということはありませんでした。
これらの経験から私が感じたことは
-公立小・中学校は勉強がメインの場所ではない。
-受験には家庭や塾での勉強が必要。
-勉強できない生徒は学校の授業が原因ではない。
の三つです。
私が考える公立小・中学校に行く意義は社会性を身に着けることであり、
その中には最低限の教養も含まれます。
社会性は人が生きていくうえで何よりも大切です。
なぜなら、例えどれだけ勉強が苦手でも社会性さえあれば人とつながることで生きていけるからです。
勉強を教える役割は塾に任せることができます。
なんなら公立小・中学校内で"出店"する許可を民間企業に売るのも良いかもしれません。その税収を国家の教育予算に充てれば公教育を改善できます。
学校の先生の立場で考えても、勉強を教える範囲が少なくなればより面白く実用的な授業をすることができます。
例えば英語の授業なら生徒同士のアクティビティが中心の授業にシフトすることができるので、英語が好きな生徒を増やすことができます。詳しい文法や単語の学習は家庭や塾に任せればよいと思います。
もはや公教育は学校の中だけでは完結することはできません。なぜなら、
今までのように先生が滅私奉公ですべての役割を担うことは無理があるからです。
実際に現状の教育制度は破綻し始めており、小・中学校における不登校生徒の数はついに約30万人に達しました。そして、この数はこれからも際限なく増加していく見込みです。
部活動の運営も含め、これからは民間企業の協力が必要不可欠です。
それにより教育現場の負担が減れば、学校が社会性を培う場所としてより
機能するようになるのではないでしょうか。