「あなたを動物に例えるとしたら、どんなゴリラですか?」
これは友人が体験した就活での摩訶不思議アドベンチャーである。
舞台はピー年前。某鉄道会社の面接試験を受けた友人から聞いた話。
だからフェイクもあるし、当時彼が感じたことを読みやすく書いたつもりなので、あくまでもフィクションとして読んでくれたら嬉しいです。
面接で聞かれる質問にはトレンドがある。
有名なのは、グーグルが質問していた「ピアノ調律師は世界中に何人いる?」というフェルミ推定だろう。
「さすがグーグル!」
と囃し立て、真似する会社に苦しんだ就活生がいるとかいないとか。
後にグーグル人事責任者が「時間の無駄だった」と否定したことにより、一時期はYahoo!検索のサジェストが荒れたとか荒れてないとか。
とにかく、面接にはトレンドがある。
その中でも未だに使われているのが、
「あなたを〇〇に例えると?」シリーズだ。
〇〇の中身は、ものだったり、色だったり、様々だ。
なぜそんな大喜利みたいな質問するかと言うと、就活生の瞬発力や、お題に対する理解力と自身の強みを客観視して結び付けられるか等の理由があるらしい。
正直、草です。
就活生もその大喜利に応えようと頭を捻り、
「オロナインをつけたソイジョイです!」
と鏡の前で練習する日々が続いている。
友人の話に戻ろう。
彼の名前をMとする。
Mは今で言う陽キャに属しており、正真正銘テニサーの部長だ。
爽やかで清潔感もありイケメン、サークル内で3股をするぐらいの陽キャだった。
そんなMが受けた某鉄道会社は彼の第一志望であり、「お客様が満足するサービスを俺が作っていくんだ」と笑顔で語っていたことを未だに覚えている。
Mの友人誰もが、彼の合格を信じて疑わなかった。
そして就職試験の幕が切った落とされた。
丁寧に書き上げたESで書類選考を突破し、頑張って勉強した筆記試験もクリア。
そして3股できるほど得意なコミュニケーション能力を存分に発揮する――面接試験に進むことができたのだ。
不安はなかった。たかが一次面接、しかも他の就活生と明確に差を見せつけることのできるグループ面接だ。
Mの独壇場になることは明らかだった。
私を含めたMの友人たちは楽観的に考え、面接試験前日に彼を飲み会に誘ったが、「わりぃ。彼女と過ごす」と断られた。
ここから既に悲劇は始まっていたかもしれない。
面接前夜、Mは彼女と熱い夜を過ごした。
そう、面接対策をしていたのだ。この熱心で努力家の一面があるから彼女たちは惹かれていたのだろう。
そして迎えたグループ面接当日。
面接会場の前室には3名の男女が待機していた。M、そして2人の就活生だ。
「いま思えば、男の顔を見た瞬間嫌な予感がした」
当時を振り返る時、Mはこの言葉とともに顔に暗い影が差す。 まるでジャングルで遭難したみたいに。
「時間になりました。呼ばれた順番通りについてきてください」
男、M、女の順番だった。
Mはその時自分に追い風が吹くのを感じたらしい。
全体質問においても最初と最後に答える可能性が低く、1人目の様子を伺いながら回答を用意する時間もできるからだ。
洞察力に長けたMは後の先を取るのが得意であった。
グループ面接が始まった。
面接官は2人。ベテランと若手の組み合わせだ。
Mの口は淀みなく動き続けた。時にマジメに、時にユーモアを交えて。
他の就活生の回答に頷くことも忘れず、場の空気を暖めることにも気を遣った。
面接官の顔色や自分の回答時間に気を配る余裕があるぐらい落ち着いていた。
「このままいけば合格できる!」
自信はあるけど慢心はない。
しかし、それでも悲劇は起きてしまう。
「ええと…それでは次は...」
慣れていなさそうな若手面接官が質問をしようとしていた。
既に合格を確信していたMだが、最後まで油断しないように気を付けていた。いや、はずだった。
「...あなたを動物に例えると何ですか? では、そちらの方から」
「...っ!」
Mは思わず動揺が顔に出そうになるのを必死に耐えた。
練習していなかったわけでない。むしろその質問は想定内だ。
対策をしていたMにとっては街でアンケートを取られたぐらいのハプニングだ。
問題は一つだけ。
面接官に最初に指名された就活生――Mの右隣にいる男が問題なのだ。
ゴリラだった。
男は、ゴリラに似ていた。
例えるまでもなくゴリラだった。
予め決められていた質問かもしれないが酷なことを聞く。この空間で一番ゴリラなのは彼だけだし、彼だけがゴリラだった。
男は元気に話し出す。
「はい!私は――」
Mは祈り、そして衝撃に耐えるために腹に力を入れた。
おそらく「ゴリラです!」と男は言うだろう。むしろ言わないのはなしだ。逆に耐えられない。
でも現実は、時に想像を遥かに超えてくる。
「――やさしいゴリラです!なぜなら私は〜」
やさしいゴリラ。
素敵な言葉だ。森でバナナを貪っているただのゴリラが、“やさしい”と付けるだけでチンパンジーにバナナを譲っている姿が想像できてしまう。
「ウッホウッホ」
やさしいゴリラが自分がいかにやさしいゴリラであるかをゴリラ目線で語っているけどMの耳には届かない。それだけゴリラが発したドラミングは強烈だったのだ。
話を聞いていた私はこの時点で耐え切れず噴き出してしまったが、Mは耐えた。
「当時は人生がかかっていたんだ。やさしいゴリラぐらい手懐けるさ」
「お前真面目な顔で何言ってるの?」
「いや真面目な話なんだよ」
「真面目な話でなんでゴリラが出てくるんだよ」
第一志望にかけた想いが、やさしいゴリラを手懐けたのだ。ブラボー。
しかし、残酷にも耐え切れなかった者がいる。
「は、はい...ありがとうございます」
あろうことか質問した若手面接官だ。社会人の矜持で吹き出しはしなかったものの、明らかに動揺していた。
しかしベテラン面接官は「自分の強みを理解しているね」と言わんばかりに微笑んでいる。本当は笑い転げたい胸中を必死に押し殺していただろう。メンタルがゴリラだ。
一つの質問と回答で場の空気を男に持っていかれたMは焦った。
最早会場は一匹のやさしいゴリラが支配する檻の中だ。迂闊に手を出すとバナナをもらえてしまう。
「で、では次のMさん...あなたは――」
動揺している面接官が、それでも己の責務を全うしようとしていた。
Mは頑張った。
自己分析は幼稚園まで遡り、業界研究も寝る間も惜しんで行った。
全ては第一志望に受かるために。全ては面接で自分を語るために。
大丈夫。練習してきた成果を面接官に見せればいい。最後まで集中の糸を切らさぬように――
「――あなたを動物に例えるとしたら、どんなゴリラですか?」
Mは吹き出した。
後日談。
Mとゴリの2人は面接突破し、今も仲良くしています。
その会社に就職したかは書きませんが未だにその話で盛り上がるらしいです。