【感想文】星の王子さま/サン・テグジュペリ
『それは私のおいなりさんだ』
作中、キツネの「なつかせて」という台詞に強い違和感を覚える。
<<おねがい…なつかせて!>>
<<そのきみがぼくをなつかせてくれたら、すてきだろうなあ!>>
<<きみも友だちがほしいなら、ぼくをなつかせて!>>
この「なつかせて」という言葉の問題点と解決策を以下、説明する。
【問題点】
まず、「なつく」の語意は「慣れ親しむ。慣れて付き従う」であり主従関係を想起させる。そして「なつかせる」の品詞には使役の助動詞「せる」が付いている。
この場面でなつかせるのは王子であり、なつくのはキツネという関係上、なつかせられ側のキツネが <<ぼくをなつかせて!>> と言うのは不可解ではないか?
例えるなら、新入社員が上司に対して『部長。私と懇意になるようあなたが仕向けて頂けませんか?』と言っている様なものである。
なお、この箇所は原文では「apprivoiser(アプリヴォワゼ)」であり、「飼いならす、手なづける、なつくようにする」という意味を持つ。
【解決策】
「apprivoiser(なつかせて)」を違和感無く翻訳するにはどうすればいいか。
そこで、私が考えたのは【語意は変えずに語調・言い回しを変える】という手段である。
その根拠として、上記手段に至るまでの思考プロセスを以下、ご覧頂きたい。
① 王子は <<絆を結ぶ>> ことで、特別なもの、生きることの喜びを学び、バラに適用した。
② ここでキツネの役割は王子と絆を結ぶことではなく、絆の重要性を王子に伝授する事である。
③ キツネはキツネでありながらも、物事の本質を理解するという境地に到達した、言わば超然者である。
④ キツネという動物は日本有史以来、「稲荷大明神」「おいなりさん」という神様として奉られている。
⑤ ってことは、「星の王子さま」に登場するキツネも神の権化とみなして差し支えはない。やったー。
以上を総合すると、神の権化たるキツネに相応しい和訳は次の通りである。
<<おねがい…なつかせて!>>
⇒ 汝に告ぐ…我を懐かせしめよ。
<<そのきみがぼくをなつかせてくれたら、すてきだろうなあ!>>
⇒汝、我を懐かせしめれば、道は開かれん。
<<きみも友だちがほしいなら、ぼくをなつかせて!>>
⇒この我を得てしがなと思はば、如何でか我を懐かせしむるまじ。
この様に、超然とした口調に変えるだけで違和感は払拭されたと私は思う。
といったことを考えながら、この持論を近所の子供達に披露したところ、子供達は『小鳥と歌い、舞踏を踊るのがそんなに高尚か。刺す。』と言った。
以上