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抹茶を立て続けて感じたこと。

おはようございます。僕は仕事柄毎日抹茶を立てています。通算すると何千杯もの抹茶を立てたことになります。

とはいえ僕は茶道を習ったことはありません。でも最近、なぜ茶道は現代にまで継承されているのかが、少しだけ見えてきました。

茶道だけではなく剣道や華道など、『道−ドウ−』が現代に継承されている理由です。

それは『道』と呼ばれるものたちが

正しいストレス発散になっているから、現代にまで引き継がれてきたのだと思います。

溜め込んだストレス、間違った発散になると、暴力や悪口になってしまいます。

そうしないために『道』はあるのだと。

溜め込んだストレスを茶道なら茶を立てるという行動によって、剣道なら剣を振ることで、ストレスを正しく発散させてくれるのです。

この時、邪念があってはいけない。あいつが憎いと思いながら立てたお茶は美味しいくないだろう。そうではなく、ただ目の前のお茶と対峙し、ただ茶せんを動かす。それだけでみるみるうちにストレスが発散されていく。

僕は暴力はもちろん、はたまた悪口も言わないが、ストレスフリーです。

それは日々、抹茶を立てる事で正しくストレス発散できていたからなのだと、これを書きながら気づきました。

そして茶を立てる、剣を振るという『行動』によってだけではなく、抹茶を立てている時、ほんの一瞬『無』の状態となることも、ストレス発散の手助けになっています。

それは本当に一瞬なのですが、この瞬間のおかげで、あれこれ考えていた事をリセットできるのです。

今流行している瞑想とかマインドフルネスも目的は同じだと思います。あれこれ考えていた事を一度リセットする事で、思考や心が整っていくのです。

そしてこのnoteもその一端を担っている。溜まった思いを邪念に染まらず書くことで、いつのまにかストレス発散になっているのだ。

もはやnote道だ。

noteも抹茶を立てるように無意識でも書けるようになったなら凄いだろうな。

note道の達人への道のりは長そうだ。

終わり


ここまで読んでいただきありがとうございます。