40代サラリーマン、アメリカMBAに行く vol. 6
Get the stuff done
口先ではなく、やる
昨日はクリスマス。ボストンは10月のハロウィンでは本場に来たという雰囲気を感じたが、クリスマスはかえって拍子抜け。街にクリスマスを彩るネオンはなく、街を歩いても他人の家の窓からクリスマスツリーが見える程度。ボストン中心地のボストンコモンズという大きい公園にクリスマスツリーがあったが、何とも言えない寂しい装飾。夕方4時、5時には店が次々と閉まり、常夏のシンガポールの方がむしろクリスマスを感じられた程。そういえばボストンコモンズ横の映画館では、宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」が英語で上映されていた。
冬休みになってもう10日も経ってしまった。毎日書いてきた簡単な日記を振り返る。8月28日の授業前のオリエンテーション初日のこと。当日の朝、日記では「上高地の朝のようで、8月なのに涼しく、空が透き通った青」とある。その日は少し早めに学校につき、MBA生向けの授業が行われる建物へ向かう。立食ランチが出迎え、初めて会う同級生たちと挨拶する。自己紹介をしているうちにオリエンテーションがスタートした。
自身もバブソンを卒業したマーケティングの教授が登壇。「なぜ今あなたたちはここにいるのか?」という問いから始まった。少し間があいて、何人かが手を挙げる。「ビジネスを立ち上げるために来た」「社会にインパクトを与える事業をつくる」といった回答が続く。そして彼からは、そうしたゴールのために「Get the stuff done」を身につける2年間が始まると言われる。Get the stuff done。つまり物事をやり切る、口先だけで終わるのではなく、仕事を前に進める。それこそがバブソンだと言う。彼が昔就職活動の面接を受けた際に面接官から「バブソン卒なら、ここにいる他の人たちとどうコミュニケーションをとって、どう仕事をやり切るのかを知っているね」と言われたと話す。
12月14日に行った新規事業の最終プレゼンでは、全チームが必ず実物のプロトタイプを提示しなければならなかった。スライドや動画でのイメージでは認められず、必ず実物を持って来いとのことだった。市場の大きさや売上の成長イメージをどれだけ語れても、プロトタイプが無ければ評価されない。まさに考えや口先で終わるのではなく、Get the stuff done の精神で必ず形にしてこいという教授たちからの強いメッセージだと受け止めた。
今すぐ教室から出て
AIと紙とダンボールで作れ
プロトタイプと聞くと大そうなことをやるのだとイメージしていた。そしてその偏見を、バブソンの最初の3ヶ月が見事に壊してくれた。必要なのはダンボール。もしくは紙とえんぴつ。そうしたものがあれば、どんなプロトタイプだって簡単に作れるのだと教えられる。例えばアプリのプロトタイプと聞いて、何から手をつけるだろうか。これまでの私なら、すぐにPCを開いてプログラミング不要で簡単なインターフェース(使用画面)を作れないかを検討していただろう。しかしダンボールか紙、そしてえんぴつがあれば良い。アプリの画面のイメージをダンボールか紙に直接書き込んだり、切り抜いたりして作る。ボタンをクリックしたらどんなプルダウンメニューが表示されるのか、どんな画面に遷移するのかもダンボールか紙で作る。それらを組み合わせて紙芝居のように使用イメージを相手に伝えれば良い。これらはローファイプロトタイプと呼ばれた。
Amazonで買い物したらダンボールはプロトタイプを作るために置いておけと言われた。ダンボールは誰でも簡単に使えて安く手に入る。ダンボールがいかにプロトタイピングに適しているかを説明される。そういえばグーグルが2014年に紹介したVRゴーグルもダンボールで出来ていた。グーグルつながりで、もう何年も前になるが、シリコンバレーのマウンテンビューにあるグーグルの本社に行って、グーグルXの方々にイノベーションについて一緒に話す機会があった。その時グーグルグラスの話になり、グーグルグラスのプロトタイプを作るのにどのくらい時間がかかったのかという話になった。答えは15分。今でも覚えている程、衝撃を受けた。最初のプロトタイプは、その辺にあるメガネの左上に小型カメラをつけただけのものだったと思う。とにかくまず手元にあるもので、すぐ作れということ。
バブソンの敷地内には、プロトタイプ製作所のような施設があり、そこで一度プロトタイプの授業があったのだが、その日講師に言われたのが「MBA生は教室から今すぐ出てきて、プロトタイプを作れ」ということ。そしてもう一つが、これからはプロトタイプ制作にAIをうまく活用していけということだった。グラフィックのアイデア、テキスタイル、プロダクトデザイン。アイデア出しをはじめとしてAIをうまく制作段階から入れていくことでより良いアウトプットを生み出していける例を聞く。そして10月末からスタートしたオペレーションの授業では、まさにそのAIを使ってデジタルプロトタイプを作れと言われた。Adobe Firefly、DALL-E、Midjourneyなど。簡単にデジタルプロトタイプを作れるAIを紹介され、自分たちが前期に考えた新規事業案のデジタルプロトタイプを複数作って持って来いという課題が出た。何度もAIにデジタルプロトタイプを作らせて検討を重ねれば、最終的な実物のプロトタイプづくりにつながると教えられる。
まず作って、聞いて、
また作る
“プロトタイプ製作所”での授業では、歯ブラシホルダーのプロトタイプを作るというお題に取り組んだ。まずはどんなホルダーにしたいかをペアで考えて、それを元にプロトタイプをつくる。ツールはやはりダンボール。ダンボールを使ってまずは一つ目を試作。10分で作る。それをみんなの前に出してフィードバックをもらう。ただし説明をする機会はない。誰がどれを作ったのかも分からず、ただ全員が作ったプロトタイプをみんなで囲んで、それぞれ思ったことを言う。そして二回目の試作。運良く自分たちのプロトタイプに対して出た意見や、他のクラスメイトが作ったプロトタイプに向けて聞いた意見も踏まえて取り掛かる。そしてまた10分後に全員がプロトタイプを持ち寄って囲む。すると明らかに二回目のプロトタイプは自分たちのものも良くなったし、他のクラスメイトのプロトタイプも目立ったものが出てきた。誰向けのものか分かりやすくなっていたり、使いにくい要素がなくなっていたり、色がついていたり、ユニークな形をしていたり。
プロトタイプを作ってフィードバックを受ける。あれこれ一生懸命考えて、渾身の作を一個作るより、まず作って意見を聞いた方がはるかに早くより良いものができることを体感する。作りながら、自分たちは本当はどういう人に向けて作りたいのか、どんなところが使いやすいものにしたいのかが整理されていった印象すらあった。
デジタルとローファイで、どれだけプロトタイプを作れるか。そしてフィードバックを受けて修正するサイクルを何回回せるか。何もやらずに、頭の中で考えているだけでは進まない。まずやる、そして聞く。その繰り返し。それが事業の形をつくる。社会人3年目に、今はなき広告学校で佐藤可士和さんに5回ほど広告デザインをどう手がけるかを直接教えてもらったことがある。その時彼が話してくれたのが、ユニクロのロゴを提案した時のこと。彼はUNIQLOのロゴを作るために、AからZまでのフォントを何種類も作ったと言っていた。最初のフォントを作ってみて、意見を取り入れて、また次のフォントを作ってみての繰り返し。結局500種類のフォントを作ったと話していた。その中のたった6文字が使われている。これもまた、まず作る、聞く、そしてまた作るの繰り返しだったんだなと考えさせられる。