なぜこの本がネット上に火柱を噴き上げながら燃えているのか?
これは人を選ぶ本である。まじめな人は絶対に読んではいけない。ちょっとシャレのわかる人、あなたは本書の読者層だ。人間の理解が進み、知的好奇心をくすぐられるとてもおもしろい本だと思うはずだ。
もうそこらじゅうで燃えていて全く手に負えない。
そもそも共著の2人がドぎついスキャンダルで有名である。スキャンダル(不満スタディーズ事件)のWikipediaはこちら。著者のひとりはSNSをアカBANされた経験がある。とはいえ、本書は海外の大手新聞が選ぶベストブックに選出されており、すこぶる評判が良いそうだ。
まずは巻末にある山形浩生さんによる8ページの「訳者解説」を読むこと。(ここでも無料で読める)。何を隠そう、この訳者解説が炎上の火種そのものである。かみくだいた易しい表現で、この本の全体像と、(西洋世界に比べてポリコレによるキャンセルや吊し上げが相対的に少ない)日本人にとっても「読んでおくと良いよ」と思わせる名文になっている。
ちなみに僕は『アニマルスピリット』や『この数学が戦略を決める』を訳しているときからの山形さんのファンだ。
本書では日本のツイッターでも常にどこかで火柱を噴き上げている「正義のキャンセル活動や吊し上げ」がどういう仕組みで仕掛けられているか、そのパターンについて書かれている。多くの流派があるが、基本的なパターンはひとつだという。よって、気になる章を読むだけでもこの仕組みが透けて見える「レンズ」を獲得できる。
なので、社会正義を振りかざす極端なツイッタラーたちを見てモヤモヤしてるあなたはたぶんこの本にハマると思う(僕もハマってる)。
僕が特に面白いと思ったのは第9章、「甘やかしと被害者文化の意識」あたり。昨今、台頭している「被害者文化」とはなにか。これを尊厳文化や名誉文化と比較しながら掘り下げている。
ここでいう文化とは、問題や争いが起こったときにどのように処理して解決するか、そのスタイルを指す。
名誉文化は次のリストのような特徴を持つ。
誰かからの支配を拒む
人々は侮辱に敏感で、不敬に対してすぐ腹を立て暴力に訴える
西洋世界は長らくこの文化を採用していた
ストリートギャングはいまだにこの文化を採用してる
その後、名誉文化に取って代わったのが尊厳文化である。その特徴は下記のとおりだ。
侮辱されても無視する
罵倒や悪口には反応せず、問題は個人同士で解決し、深刻な紛争は個人でなく法的手段で解決する
では昨今、世界にはびこる被害者文化はどんな文化か。それは下記のとおりだ。
名誉文化ばりに侮辱に敏感に反応する
侮辱に対して強さを誇示するのでなく、逆に自らの弱さをひけらかす
尊厳文化のように、平和的解決を目指すことは「しない」
同情してくれる第三者からの支援を引き出す
このように被害者という地位を利用して新たな仮想通貨ともいうべき「被害者Pay」を獲得したり「被害者ファンディング」を武器にしたりして、主にSNS上の敵と戦うのだ。
ネタは性差別でも人種差別でも肥満でも、マイノリティであればなんでもいい。本書を通じて、意識が高く新しい価値観に目覚めていると自称する彼らのパターンを知ることができる。