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呼吸‐04 呼吸に負荷をかける

先に述べたとおり、肺に取り込まれた酸素は赤血球のヘモグロビンと結合して、全身を巡ります。酸素の運び屋であるヘモグロビンが少ない状態は、運送会社でいえば、稼働できるトラックの台数が少ないようなものですから、どんどん回転数を上げて運搬するしかありません。血液をとにかく送り出すには心拍数を上げるしかないため、すぐにバテてしまいます。ですから「スタミナをつくる」とは、血液の面で考えると「ヘモグロビンを少しずつ増やしていく」ということになります。

 では、ヘモグロビンはどうすれば増えるのでしょうか? その鍵を握るのが、「エリスロポエチン」です。エリスロポエチンとは、腎臓で産生されるサイトカイン(細胞間の相互作用に関与する生理活性物質)のひとつで、主に赤血球の産生を促進する役割があります。

 よくマラソン選手などが高地トレーニングを行いますが、人体は標高の高い山など、低酸素の環境に置かれると、身体が酸素分圧の低下をキャッチし、腎臓でエリスロポエチンを産生します。エリスロポエチンは血液の工場として機能している骨髄に働きかけて、赤血球を増やします。


 赤血球が増えれば、酸素の運び屋が増えるので、酸素を全身に行き渡らせることがラクになります。その結果、心拍数もそれ以前より抑えられる、というわけですね。スポーツの世界でエリスロポエチン製剤の使用がドーピングとして禁止薬物に指定されているのも、エリスロポエチンの働きが赤血球を増やし、スタミナ面で競技力を向上させる効果がある逆説的証拠とも言えるでしょう。

 このように赤血球産生のシステムから考えると、動ける身体をつくるには、酸素摂取に、呼吸に適切な負荷をかけるのがよさそうです。いくつかの観点から、ノウハウを共有してみたいと思います。

呼吸回数をコントロールする
 1階から3階まで階段を上る、陸上トラックを3周する、スクワットを50回行う、縄跳びを3分間やる、なんでも構いません。距離、回数、時間などが決まっている運動に対して次のように行ってみましょう。

 A:息を吸って、はいて、を繰り返して行う。
 B:できる限り長い時間、連続的に息をはき、息を吸う回数を最小限にして行う。

 これらを比較した場合、Bのほうが取り込める酸素が少ないため、運動時の負荷になります。新しい酸素の供給をなるべく制限して動くことで、少ない酸素でなんとか身体を動かそうとしますので、身体がそれに順応して、スタミナがUPする可能性があります。
 そしてBをある程度やってからAを行うと、「運動に合わせて、自然に呼吸している状態」がいかに動きやすいか、を実感できるでしょう。


1回の呼吸における持続時間を延ばす
 ランニング、腕立て伏せ、ジャンプなど、簡単に行える基礎的な運動で大丈夫です。息を吸ったあと、息をずっとはき続ける中で、運動を持続して、次に息を吸った時点までの時間を計測します。

 格闘技のチャンピオン育成プロジェクトでは、ボクシングシャドーで計測を行っていました。「2キロの軽めの重りを左右それぞれの手にひとつずつもち、1回だけ息をはきながら、ハイスピードでシャドーを行い、息を吸った時点で強制終了」というルールです。

 スタミナが弱点だったある日本王者のキックボクサーは、初めて行ったときは15秒だったのですが、毎週必ず計測を行い、3か月後に60秒を超えて世界タイトルを獲得。最終的には84秒持続できるようになりました。それまで短期決戦型のスタイルでしたが、3分5ラウンドをフルに動いて勝てるスタイルに見事に変貌を遂げたのです。

実際はそんなことはやらないにしても、「1ラウンド3分を、3回息を吸えば私は動ける」という自信は、競技、競争には大きく影響するものです。そして数値化は、その自信の強力な裏付けになるはずです。(数値は比較そのもので脳が理解しやすいのです)もちろんこれはあくまで強化段階での負荷なので、試合が近づけば、試合用の呼吸にアレンジする必要はありますが。

 ボーカリストならば発声の持続時間を、野球選手なら1回の呼吸でベース間を何回走れるかを、水泳選手なら息継ぎ無しでどれくらいの距離と時間泳げるかを、数値化してみるだけで、スタミナUPに呼吸という強力かつ本質的な武器が加わってくれるはずです。


水の密度を利用する
 次に呼吸に物理的な負荷をかける方法を共有します。それは、プールなどで行う「水中トレーニング」です。

空気に比べ、水は約830倍の密度があります。陸上では問題なく走れても、水中では同じ速度で走れないのも、高密度ゆえの大きな抵抗が生じるからですね。ですから、呼吸の際、肺や心臓などを鳥籠のように取り囲む胸郭、そして胸郭を構成する肋骨と肋骨の間をつなぐ肋間筋は呼吸に大きく関与しています。空気中なら大きく拡がる胸郭も、水の中では拡がりにくくなりますから、これが呼吸筋群への外側からの物理的な負荷になります。

トップアスリートの中には、水中で投球の動き、シュートの動きを練習をする選手もいて、これらすべてがフォームへの負荷のみならず、呼吸筋群への負荷となっているのです。

またパフォーマーやアスリートの選手生命の向上にもつながります。心肺機能強化には、ランニングやジョギングなどの陸上系の種目が多く取り入れられていますが、キャリアを重ねれば重ねるほど、私たちの関節はダメージを受けてしまいます。特に膝関節は、自動車で言えばベアリングのようなもので、軟骨や半月板、関節内の環境が整っていれば、スムーズに動いてくれますが、体重増加や偏った負荷、過度な使用が積み重なると、関節内は摩耗したり、削れたり、変性・変形したりします。

「膝」はアスリートが引退する理由のひとつでもありますので、基本的に消耗品だと思っておいた方がいいでしょう。特にアスファルトなどの超硬な地面は、膝への微細なダメージが蓄積されやすい環境です。そういった意味でも、長期間活躍したいパフォーマーにとって、水中ウォーキングや水泳、海や川の中でのトレーニングなど、「水」という選択肢は有意義だと思います。


気道抵抗を高める
 気道抵抗(空気の通りにくさ)を高めることで呼吸筋群全体を内側から強化する方法もあります。口すぼめ呼吸ほか、いろんな方法がありますが、簡単に効果的に行えるのが、ストローを用いた運動です。数センチに切ったストローを口にくわえたまま息を吸ったり、吐いたりを繰り返す、それだけで結構きついのですが、気道抵抗はかなり高まります。

ストローをくわえた状態でウォーキングやジョギングなど軽く動いてみる。本格的にスタミナUPを狙うアスリートやパフォーマーであれば、ストローを加えたままフォームやプレイを行ってみる。たかが数センチのストローですが、呼吸筋群への負荷とコストパフォーマンスは抜群です。


・人間を知り、運動を知る。


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